81 大晦日
大晦日。朝まで働いていた修司は、夕方に目を覚ました。今日は休みなのでいつもなら仮眠程度にするのだが、今日はしっかりと寝ておいた。二段ベッドの下側では、メルもぐっすり眠っている。
今日は二人で年越しの番組を見て、一緒に初日の出を見に行く予定だ。昼に起きていると夜で間違いなくメルは寝てしまうので、長いお昼寝を許可しておいた。子供にやらせるべきではないとは分かっているが、本人の希望でもあったし、年越しぐらいはいいだろう。
ベッドから下りて、手早く着替える。そうしてからメルの体を揺すると、メルがぼんやりとした目で修司を見つめてきた。
「おはよう、メル。夜だぞ」
「うん……。おはよう、おとうさん」
メルも起きて着替え始める。こちらはうとうとしながらなのでゆっくりだ。急ぐ必要はないので、のんびりと待つことにする。クリスマスにもらったもこもこセットを着込んで、準備完了だ。
もこもこメルを連れて部屋を出て、一階へ。食堂ではわいわい子供の声が聞こえてくる。食堂に入ると、全員の視線がこちらを向いた。
「シュウにい、遅いぞ!」
「はやくはやく!」
「メルちゃんも!」
子供たちに急かされて、修司は苦笑しながらいつもの席へ。メルもすぐに続く。そしてすぐに、年越しそばが運ばれてきた。
「はい、シュウ。メルちゃん。ゆっくり食べなよ」
年越しそばを持ってきたのは、誠だ。誠は毎年、年越しそばを作りに来る。奏も一緒に来ているはずなので視線を巡らせてみれば、院長と何かを話していた。奏の苦い表情から察するに、おそらくお説教だ。触らぬ神に何とやら。見なかったことにしておこう。
「いただきます」
「いただきます!」
メルと一緒に手を合わせて、箸を手に取る。大きな海老天にかき揚げまで入った、なかなか豪華なおそばだ。揚げたてらしく、海老天をかじると衣はまださくさくとしていた。この海老も誠が直接選んだのだろう、しっかりと身が詰まっている。これがコンビニの海老天なら、中は小さい海老で衣ばっかりだっただろう。コンビニで働く修司が言ってはいけないかもしれないが。
「うん。美味い。これ、十分に店売りできるだろ」
「喫茶店で年越しそばって、なかなかシュールじゃない?」
「ハンバーガーとかも売ってるんだから今更だろ?」
「なるほど確かに」
頷きながら、けれど誠は首を振った。この年越しそばを店で売るつもりはない、と。これはあくまで、施設のみんなのためのものだ、ということらしい。
「まあ俺としては食えれば満足だけど。メルも気に入ったみたいだし」
誠と共に、隣に座るメルを見る。メルはずるずるとそばをすすっているところだ。海老天もかき揚げもなくなってしまっている。真っ先に食べたらしい。
「はは。メルちゃんは美味しそうに食べてくれるから作りがいがあるよ」
誠はそう言って笑いながら、キッチンの方へと戻っていった。
「メル。俺のかき揚げも食べるか? 半分食べちゃってるけど」
「いいの?」
「いいよ」
「わーい」
残りのかき揚げをメルのおそばに入れてやる。するとメルはすぐに、そのかき揚げを口に入れた。にこにこと、嬉しそうだ。本当に美味しそうに食べるものだと思う。
年越しそばを食べ終えた後も、子供たちは大いに騒ぐ。大晦日の今日だけは夜更かしが許されているので、限界まで遊ぶことだろう。だが修司は、そしてメルも、それには参加しない。誠と奏、院長に挨拶してから、自室へと戻る。
この部屋には小さいながらもテレビがある。修司がここに来る前に使っていたテレビで、この部屋に持ってきたものだ。小さなノートパソコン程度の大きさだが、メルと二人で見るには十分な大きさだ。
テレビをつけて、二段ベッドの下側に座り、リモコンでチャンネルを変えていく。メルも見たいものはないらしく、修司の膝の上で大人しくしていた。
「年越しと言えば、歌番組かお笑いのバラエティなんだけど……。興味あるか?」
「あんまり?」
「だよなあ……」
メルは歌にあまり興味を示さない。いや、学校の成績や他の子の話を聞いていると、歌うことは好きだというのは分かる。いつも楽しそうに歌っているとのことだ。友達が歌っていても、やはり楽しそうだとのことで。けれど、歌番組や、店で流れる有名な曲にはあまり興味を示さない。
メル曰く、みんなで歌うのが楽しい、とのことだった。
お笑いの方は単純に、メルが意味を理解できないことが多々あるためだ。メルにとって、日本語は外国語だ。まだ覚え切れていない言葉や慣用句もあるので、お笑いも難しいのだろう。
「答えにくかったらいいんだけど、エルフの里だと年越しって何をするんだ?」
チャンネルを変えながら修司が聞いて、問われたメルは首を振った。
「別に何もないよ。いつも通り」
「ん? そうなのか?」
「うん。おねえちゃんとケイオスさんとも話したことあるけど、二人とも何かをすることはなかったから、人も魔族も変わらずいつも通りなんだと思う」
「へえ……。世界が違えば風習も違うものだな」
生まれも育ちも日本の修司にとっては、年越しはいつも大騒ぎだ。普段通りというのがあまりイメージできない。だが日本でも、年末年始だろうと働く人は働くので、それに近い考え方なのかもしれない。
「じゃあ、気にしなくていいか。確か、アニメ映画もやってたな……」
チャンネルを変えていくと、修司の記憶通り、アニメ映画を放送しているチャンネルがあった。番組表を見ると、深夜三時まで何かしらのアニメ映画を続けるらしい。夜更かしが当たり前になりつつある子供向けだろうか。
すぐにメルがテレビに集中し始めたので、修司もテレビを見ることにした。
三時まで二人でのんびりと映画を楽しんでから、静かに部屋を出る。メルはうとうとと眠そうではあったが、出かける時間になるとしっかりと目を覚ました。夜のお出かけを楽しみにしていたらしく、見てわかるほどにそわそわしている。
さすがに子供たちは皆就寝しているようで、施設内はしんと静まり返っていた。足音を立てないように静かに部屋を出て、一階へ。まだ明かりがついている食堂を覗いてみると、院長と職員、さらには誠と奏が酒を飲みながら小声で会話をしていた。
「ん? どうした?」
院長がこちらに気づき、声をかけてくる。いや、と修司は首を振って、
「そろそろ行こうかなって。そうしたら食堂に明かりがついていて驚いた」
「ああ、そうか。いつも毎年、大晦日はここで酒を飲んでいるぞ」
「何それ。初耳なんだけど。なんで誘ってくれないんだよ」
「いつも仕事だと断ってるのはシュウじゃないか」
苦笑まじりに口を挟んできたのは誠だ。そうだっけと記憶を探る。そう言えば誘われたことがあるような気がする。そしていつも仕事だからと断っている、気がする。
「今年は誘ってないわよ。誘ったところでメルちゃん優先でしょ?」
奏が言って、確かにと頷いた。メルとお出かけが最優先。酒はどうでもいい。
「親馬鹿になったわねえ……」
職員さんの楽しげな声に、修司の顔が赤くなる。自覚はあるので、あまり言わないでほしい。
「あ、メルちゃん。せっかくだからおつまみあげる」
「おつまみ?」
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ではでは。




