77 クリスマス準備
「何でもいいよ?」
「うん。それ一番難しいからな? 何かないのか? 高すぎるものは困るけど、できるだけ買ってやるぞ」
「うん。あのね? いつも買ってもらってるよ?」
「…………。あー……」
今度は修司が視線を上向かせた。記憶をたどってみる。言われてみれば確かに、メルが欲しいと言ってきた時は、ほぼ例外なく購入しているような気がする。甘やかせていると思われるかもしれないが、メルのおねだりは月に一回あるかないかなので、問題ないはずだ。多分。
だが少し困ったことになった。メルにとっても、今すぐ欲しいものはなさそうだ。
親子二人で真剣に悩んでいると、先ほどまで口論していたアイリスがやってきた。
「シュウは、そのクリスマス? とかいう日は休みなの?」
「え? あー……。どうだったかな……」
クリスマス前後は平日だったはずだ。まだシフトは出ていないはずだが、何も言っていないので恐らく仕事だろう。だが、まあ、徹夜すればどうにでも……。
そう考えていると、メルが修司の服の袖を引いてきた。
「おとうさん」
「ん?」
「それじゃあ、ね。あのね。平日だけど、一緒にいたいな……?」
上目遣いの、おねだり。今回は物ではなく、修司の時間。そして修司は、
「よし分かった。ちょっと待っててくれ」
メルを頼む、とアイリスとケイオスへと告げて、修司は走り始めた。
「店長! 急にすみません! クリスマス、休ませてください!」
コンビニのバックルームに入るなり、修司は店長へと頭を下げる。机で何か書類を書いていた店長は一瞬呆けたような顔になった後、首を傾げて、
「元から休みにするつもりだったけど?」
「へ? ……そうなんですか?」
「うん。メルちゃんと一緒に過ごすかなと思って。ああ、お礼は他の夜勤の子にね。あの子たちから、休ませてあげてくださいって言ってきたから」
「あー……。そうですか」
なんだろう。仕事仲間の優しさでちょっと泣きそう。
「ちなみに同じ理由で年末年始、さすがに全部は厳しいらしいけど、三十一日から二日まではお休みになるからね」
「了解です……。今度メシでも奢ることにします」
「そうしてあげて」
くすくすと、店長が楽しげに笑う。提案してくれた同僚にも、それを笑顔で受け入れてくれる店長にも、本当に頭が上がらない。いつか、何かしらの形でお礼をしたいものだ。
「ちなみに、もしお礼をしたいとか思ってるならね。クリスマスケーキ、買ってくれない? むしろ買ってくださいお願いします」
頭を下げてきた店長に一瞬呆けてしまったが、慌てて修司はその場でケーキを予約した。これでお礼になるか分からなかったが、ノルマ達成、と喜んでくれたので良しとしておこう。
公園へと戻ってからメルたちに結果を告げると、メルはこれ以上ないほどに喜んでくれた。それだけ、いつも寂しい思いをさせてしまっているということだろう。できるだけ早いうちに、まともな仕事を見つけた方がいいかもしれない。
「ん。じゃああとは、クリスマスの予定、だね」
「ああ、それは決まってる」
アイリスの言葉に、修司は言う。施設の子は施設内でささやかなパーティを行うことになっているが、修司とメルに関しては部屋を借りているだけという立場なので、誠たちの喫茶店にお邪魔することになっている。誠が一日店を閉めて、腕によりを掛けて料理を提供してくれるそうだ。クリスマスなのに閉めていいのかと聞けば、ケーキは前日販売までにしてあるとのことだった。どうやらかなり前からその予定になっていたらしい。
なお、料理は施設にも提供される。ささやかとは建前で、料理に関しては一般家庭よりも豪華というのは毎年恒例のことだ。クリスマスぐらいいじゃないか、というのが誠の言い分である。
「アイリスたちはどうするんだ?」
む、とアイリスが言葉に詰まった。ケイオスも、何も言わずにそっと目を逸らしている。どうやら二人とも、特に予定はないらしい。
「メル。いいか?」
メルへと聞くと、メルはすぐに頷いた。何を聞いたか、ちゃんと理解しているらしい。
「二人とも、こっちのパーティに参加な。拒否権は認めない」
「ん……。でも……」
「メルもいいらしいからな。とにかく、決定だ」
半ば強引に話を打ち切って、修司はメルの手を取って歩き始める。これから誠たちとクリスマスについての相談があるのだ。別に、二人の遠慮を聞きたくないとか、そういった理由ではない。本当に。
アイリスとケイオスはしばらく呆然としていたが、やがてどちらともなく苦笑いを浮かべ、すぐに修司たちを追った。
時間は流れて、クリスマス当日。
午前中は施設でパーティの準備を手伝ってから、昼過ぎにメルと一緒に喫茶店に向かった。
喫茶店では、勇者と魔王による準備という、なかなか言葉に言い表せない、あえて言うならどこかシュールな光景が広がっていた。厨房から誠の指示が聞こえてきて、それにアイリスとケイオスは唯々諾々と従っているようだ。
「なかなか面白い光景よね。指示を出すのがただの人間の誠なのに、それに従う勇者と魔王。思わず写真を撮っちゃった」
修司を見つけた奏が、カウンター席から言う。彼女だけは何もしていない。のんびりとパソコンを開いて紅茶を飲んでいる。いいご身分だ。
「いや、手伝えよ」
思わず修司が言うと、それに奏が目を輝かせた。驚く修司の目の前で、奏が勢いよく立ち上がる。
「そうよね! やっぱり手伝うべきだよね! それじゃあ……」
そう、奏が一歩踏み出そうとした瞬間、
「奏」
静かな、しかし有無を言わさない声が、アイリスの方から聞こえてきた。
「手は足りてる。あなたはそこで座って、待つの。いい? 動かないで」
「…………」
ぴたりと。奏が動きを止めた。けれど諦められないのか、さらに一歩、今度はケイオスの方へと体を向けて、
「動くな。こちらは問題ない。いいか? そのまま、腰を下ろして、座るんだ」
ケイオスの冷たい声。再び動きを止める奏。なるほど、と修司は頷いた。
「お前は何をやったんだ」
「むう……。何もしてないわよ。ちゃんと手伝った!」
「飾りを壊されて買い足しに行くことになった」
「何やってんのお前」
「う、うるさいわよ!」
叫んで、そしてふて腐れてそっぽを向いてしまった。修司はアイリスたちに肩をすくめて、けれどそれ以上は何も言わない。これはいつものことだ。
壁|w・)プレゼントよりも、一緒に過ごす時間が欲しい、というおはなし。




