08
「メルの髪は綺麗だよね。羨ましいなあ」
五つ上のお姉さんがお風呂でメルを抱いて撫でながらそう言います。メルは不思議そうに首を傾げました。
「そう、かな?」
「うん。染めてる人はいても、地毛の人はまずいないからね。さらさらだし」
確かにおとうさんとの散歩の時も、メルと同じ髪色の人はあまり見かけません。ほとんどの人が黒か、おじいさんおばあさんの白色です。中には金色や、何故か緑色とかピンク色とかもいましたが、おとうさんやみんな曰く、それは染めてるだけだそうです。
わざわざ髪の色を変える理由が分からないと言うと、お姉さんは困ったように笑いながら、憧れてるんだよと言いました。それなら少しだけ、分かります。
「そう?」
「うん。私はみんなの色の方が良かったから。おとうさんとおそろいが良かった」
「あー……」
お姉さんの返事はありませんでした。ただただ何度も頭を撫でてくれて、それがとても心地良かったです。
お風呂からあがった後は、メルは歯磨きをして寝る準備です。みんなはまだ起きてお勉強とかゲームとかするそうですが、メルはもうこの時間だと眠くなります。あちらでは日の出と共に起きて日の入りと共に寝る生活だったので、当たり前かもしれません。
歯磨きを終えて部屋に戻ると、おとうさんがお仕事の準備をしていました。優しい笑顔で迎えてくれます。
「メル。寝るのか?」
「うん」
言いながら、メルはもううとうとしています。本当はまだおとうさんに時間があるのでお話ししたいのですが、限界が近いと自分でも分かります。
「ほら、メル」
「んー……」
おとうさんがだっこしてくれます。甘えるように抱きつくと、おとうさんは笑いながら撫でてくれます。いろんな人がメルのことを撫でてくれますが、おとうさんの撫で方が一番好きです。
そのままベッドに寝かされます。ちなみにメルは下側です。お布団をかけてもらうと、すぐに温かくなって眠気が増してきます。
「おやすみ、メル」
「おやすみ、おとうさん……」
おとうさんはメルが眠りにつくまで撫で続けてくれます。その手に安心感を覚えながら、メルはゆっくりと夢の世界へと潜りました。
これが、最近のメルの、とても幸せな一日の流れです。
・・・・・
すやすやと寝息を立てるメルを見ながら、修司は頬を緩めていた。
どうしよう。義理の娘がすごくかわいい。
無条件に甘えてくれるのがすごくいい。なんかもう、かわいい。とてもかわいい。語彙力が崩壊する程度でかわいい。とにかくかわいい。世界一かわいい。
「修司……」
声がして、そちらへと振り返る。院長が修司を、引きつった笑顔で見つめていた。
「なんかあれだ、オブラートに包んで言うが、気持ち悪いぞ」
「オブラートに包まれてそれっすか」
一応自覚はある。修司は苦笑しつつ、そっとベッドから離れた。
院長と共に、廊下を歩く。向かう先は院長室だ。
「あの子の読み書きの修得速度なら、来月頭には学校に通い始めることができるだろう」
「へえ。それはすごい。話すのも自然になってきてるみたいだし、さすがは俺の娘。かわいい」
「血は繋がってないけどな」
「かわいいは正義です」
自分にはもったいない娘だと、修司は思う。本当の両親がきっと良い親だったのだろう。そう一瞬だけ考え、即座に否定した。素晴らしい親だったのなら、メルが一人でここに来るなんてあり得ない。
「まあ、こちらも引き受けたから。しっかりやれよ、お父さん」
「分かってるよ……」
いまいち慣れない部分は確かにあるが、それでもメル曰く、修司はおとうさんらしい。それなら修司は、メルを守るだけだ。
そうして時間が経ち、ついにメルが学校に通うことになった。
他の小学生たちと一緒に、ランドセルを背負って玄関に集まっている。その瞳はどこか不安そうに揺れていた。メルの小さな手はぎゅっと修司の手を握っている。
「大丈夫だ、メル」
メルの頭を撫でながら、優しく声を掛ける。
「学校は楽しいところだ。それに、友達もたくさんできる」
「うん……」
「あー……。校門まで、一緒に行こうか」
「……! うん!」
過保護すぎるだろう、と院長の小さな声が聞こえてくる。修司もそう思うが、最初の登校ぐらい付き合ってもいいだろう。初めて学校に行くのなら、きっと不安のはずだ。
皆と一緒に施設を出て、学校へと向かう。小学校はここから徒歩十分ほどの場所にある。遠くはないが、それは大人ならだ。子供の足を考えれば、十分遠い方だろう。
皆から少し遅れて、メルと二人で歩く。手は繋げたままだ。その手の震えから、そして表情から、緊張が伝わってくる。自分も昔はこうだったのだろうかと思うが、すでに遠い記憶で覚えていない。
すぐに校門にたどり着いた。大勢の子供たちが門の中へと入っていく。その多さにさらに萎縮してしまったようで、メルは怯えたような表情になっていた。
「メル」
呼びかけると、メルは顔を上げた。その頭を撫でて、言う。
「俺は口下手だからさ、あまり説明してやれないけど……。きっと大丈夫だ。それに、何かあったら言うといい。いつでも助けてあげるから」
その言葉を聞いて、メルの表情は少しだけ和らいだ。手を放し、施設の他の子供たちの元へと向かう。皆がメルのことを待っていてくれている。ここまで気に掛けてくれているのだから、きっと大丈夫だ。
「いってらっしゃい、メル」
そう声をかけてやると、メルは振り返って、弱々しくはあるがしっかりと笑顔を見せてくれた。
「いってきます、おとうさん」
それは、しっかりとした日本語だった。
と、送り出したものの、やっぱり父親としては心配なわけで。
「ああ、やっぱり授業が始まるまで見ておいてやるべきだったかな……。でもそこまでやると、本当に過保護だし……」
そんなことを考え続けている。それだけ心配ということだ。
メルは、他とは違う。異世界や魔法とかそれもあるが、金髪で、そして尖っている耳。からかわれたりするかもしれない。いじめられたりするかもしれない。それが、不安だ。
「まあ、その時こそ守ってやればいい、かな……」
そう考えながら、歩き続ける。
「ん……?」
ふと。目の前を横切る女が目に入った。美人だったから、とかそんな理由ではない。ないとは言えないが、他に大きな理由がある。
銀髪だった。老人の白髪とは違う、きらめくような銀の髪。その美しい髪の色に、道行く誰もが振り返り、見惚れている。
背格好から、年は十代中頃か後半ぐらいか。まだどこか幼い顔つきにも見える。少し距離があるので、はっきりとは見えなかったが。しかしどうにも、気になってしまう。
珍しい髪の色。思い出すのはメルのこと。連想するのは異世界のこと。
「いや、まさかな……」
修司は首を振って、歩き始める。銀の少女のことを意識的に頭から追い出して。
だから。
修司が曲がり角を通り過ぎた時、銀の少女が修司をじっと見ていることに気が付かなかった。
壁|w・)ほのぼの子供一人称視点からの親馬鹿発言がやりたかった。
構成上、ここまでが第一話扱いです。