73 水族館
そんなメルのためなのか、天気は快晴、雲一つない青空である。ちなみに昨日までの天気予報は降水確率八十パーセントだった。何があったのかは考えたくもない。きっとたまたまだ。間違い無い。
快速電車の待ち合わせ含めて、十五分程度で電車から降りた。メルは知らない町に興味津々で、きょろきょろとあちこちを見回している。
「ここからはバスだよ。ほら、メル」
「うん」
メルの手を引いて、駅を出る。駅の側にはいくつかのバス停があり、修司は端の方でとまっているバスに向かう。駅と水族館を往復しているバスだ。デフォルメされた魚の絵が描かれたバスで、そのバスを見ただけでメルがわあ、と歓声を上げた。
「おとうさん! おさかなたくさん!」
「うん。イラストだけどな」
「わあ! わあ!」
バスに走って行き、そのイラストを眺め始める。そのメルの様子を、とりあえずスマホで撮影しておいた。うん、なかなか良いかもしれない。修司はあまり写真を撮る方ではないのだが、せっかくなのでたっぷりと撮影してみよう。
未だバスを眺めているメルを促して、車内へ。車内は一般的なバスと同じ造りだ。誰もいないので、一番後ろの席に座る。
しばらく待っていると、ブザー音の後に扉が閉まり、バスが走り始めた。なにやらうずうずしているメルを大人しくさせるために膝の上に載せて、宥めておく。今か今かと、メルはずっと窓の外を眺めていた。
「なんというか……。そこまで楽しみなのか?」
予想以上にメルに落ち着きがない。修司も子供の頃は水族館など学校行事で行く時は確かに楽しみにしていた覚えはあるが、メルほどではなかったはずだ。どうしてかと不思議に思っていると、メルは頷いて、
「お魚、あまり見たことないから」
「ん? エルフの里にも湖とかあったんだろ?」
「浅瀬で水浴びするぐらいだよ? 危ないからって。誰かが釣ってきたお魚はたまに見たけど、食べさせてもらえなかったし……」
どうやらメルは、テレビなどはともかく、生きた魚を直接見ることはあまりなかったらしい。この世界に来てからも、わざわざ魚を見に行くようなことはなかったはずだ。もっと早く連れてきてあげてもよかったかもしれない。
そんなことを考えている間に、バスは水族館の駐車場にたどり着いた。
バスから降りて、正面ゲートへと向かう。平日の朝だというのに、子供連れの親子がいるのはどういうことだろうか。人のことは言えないが。
平日なら人は少ないだろうと思っていたのだが、思いの外多い。子供連れはちらほらと見かける程度だが、男女二人組のカップルらしき姿や、単純に一人でいる青年なども見かけられる。暇なのだろうか。これもやはり人のことは言えないが。
ただそれでも、休日ほどではないだろう。ゆっくり見ることはできるはずだ。
「メル。何を見たいのかは決まってるか?」
「イルカショー!」
修司の問いに、メルは間髪入れず答えた。何よりもイルカショーが楽しみらしい。修司は小さく笑うと、メルからパンフレットを借りて時間を確認する。最初のイルカショーは十一時からとなっていた。
「他に希望は?」
「ひとで……? に触ってみたい!」
パンフレットを見てみると、なるほど確かにヒトデに触れるというコーナーがあるらしい。なら最初はヒトデのコーナーで、そのまま隣接するイルカショーを見に行けばいいだろう。
そうして計画を立てている間に、開園時間になった。
円形の、他と比べると小さな水槽がある。その水槽にはヒトデがたくさんいて、幾人かがおっかなびっくり手を突っ込んでいる。
メルはと言えば、怖れるものはないとばかりに躊躇いなく手を突っ込んで、べったりとヒトデに触っていた。
「あれ? かたい!」
「ああ。ヒトデはかたいぞ。あと、ヒトデも生きてるからほどほどにな?」
「あ……。うん。ごめんね?」
手を引っ込めて、素直に謝罪するメル。ヒトデに伝わるわけがないのだが、見ていてなんとなく心が温かくなる光景だ。
その後は、手を出すことなくメルはヒトデを眺めていた。何が面白いのか分からないが、飽きることなくじっと眺めている。来る時とはまるで違って、大人しいものだ。
三十分近く眺めていたが、そろそろイルカショーの時間なのでメルの肩を叩く。メルははっと我に返ると、恥ずかしそうな照れ笑いを浮かべた。
「もうすぐイルカショーだけど、まだここで見てるか?」
イルカショーは一日三回だ。今を逃しても、昼過ぎに見ることができる。ヒトデが気に入ったのなら、ここでもうしばらく眺めていてもいいし、先に昼食でも構わない。そう提案したが、メルは勢いよく首を振った。
「イルカショー!」
「はいはい」
どうやらヒトデやご飯よりもイルカを見たいらしい。修司は笑いながら、メルの手を握って会場へと向かった。
壁|w・)ごめんなさい、遅れました。




