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「おとうさんひどい」


 メルを頬を膨らませると、おとうさんは小さく笑いました。

 そして、施設の前にたどり着いたところで、その姿に気が付きました。・


「あ、ケイオスさん」


 施設の前にいたのは魔王ケイオスその人でした。ケイオスさんは少しだけ目を見開き、こちらへと振り返ります。


「む……。父上殿」

「ああ。おかえり、ケイオス。こんな時間にどうしたんだ?」


 今はまだ六時を少し過ぎたところです。確かに多くの人が起き始める時間ではありますが、人の家を訪ねると迷惑がられる時間でもあります。この世界での常識に少しでも触れれば、まず訪ねることはしないはずの時間です。

 アイリスおねえちゃんもケイオスさんも、この世界にかなり順応しています。今更そんな常識が分からない、なんてことはないはずなのですが。


「ああ……」


 ケイオスさんは何か迷うように視線を彷徨わせた後、メルを見据えて言いました。


「愛し子殿。そろそろ、どちらの陣営に立つか、答えてもらいたい」

「え……?」


 それは、予想もしない言葉でした。どちらの陣営も何も、メルに帰るつもりなんてありません。それは、ケイオスさんもよく分かっているはずです。ケイオスさんもおねえちゃんも、いずれは連れて行きたいと考えているのは分かっていますが、それでもこんなに突然言われるとは思いませんでしうた。


「ケイオス。どういうつもりだ?」


 おとうさんが、ケイオスさんを睨みます。ケイオスさんは何も言いません。ただじっと、メルのことを見つめてきます。答えを、急かすかのように。


「魔王」


 おねえちゃんが口を開きました。ケイオスさんの視線が、おねえちゃんへと向きます。


「何かあった?」

「何もないと思うのか?」

「ん……。愚問だった。詳しく聞きたい」


 どうやら、あの世界で何かがあったようです。おねえちゃんがケイオスさんの方へと歩いて行きます。


「シュウ。メル。今日はここで解散。少し、魔王と話をしてくる」

「そうか……。分かった」


 おとうさんが頷いて、おねえちゃんも頷いて。そしてそのまま、ケイオスさんと一緒に歩いて行ってしまいました。

 何となく。そう、何となく。ケイオスさんの背中がとても小さく見えてしまいました。(修正)


   ・・・・・


 夜の公園。ここは数ヶ月前、勇者と魔王が争った場所です。争った、といっても、一方的なものでしたが。特に理由はありませんが、二人揃って自然と足がこの場所へと向いていました。

 この公園は、かつての市の方針でとても広く造られています。子供たちがのびのびと遊べる場所を、という目的だったそうです。そんなことをシュウが話していた、はずです。


 ともかく、ここは広さは十分にあるので、何かしら争うことになった時はとても便利な場所なのです。結界さえ忘れなければ、それなりに暴れられますから。

 アイリスは結界を張ると、魔王へと言いました。


「で?」


 とても短い問いかけです。ですが、それ以上の言葉は不要でしょう。事実、魔王は苦々しい顔色になりながら、口を開きました。


「小競り合いがあった」

「ん。でも、それはよくあること。それとも、そろそろ、殺し合う頃?」

「いや、それはまだ必要ない。だが……」

「だが?」

「エルフ共が、暗躍しているようだ」

「…………。へ?」


 言葉の意味が分からず、思わず変な声が出てしまいました。自分らしくない、とアイリスは咳払いをして、視線で続きを促します。魔王は頷いて、続けます。


「どうやらエルフ共は三つの勢力に別れたらしい。一つは、穏健派。かつてのように、世界樹を守って静かに暮らすことを選択した者。エルフの半数はこれになる」

「ん。評価できる賢い判断。……待って、半分? 残りの半分は?」


 半数。エルフの集落の規模を考えれば少ないように思えますが、影響力を考えれば無視できない数です。彼らは世界樹の守護者。どちらの勢力にとっても、その発言は無視できないものになります。王族ですら、彼らの言葉にはどのような荒唐無稽なものでも耳を傾けるでしょう。

 そこまで考えて、何となく察しがついて、アイリスの頬がわずかに引きつりました。


「まさか……」

「そのまさか、だ。半数は、さらに半数に別れた。片方は人族共存派、そしてもう片方は、魔族共存派だ」

「うわあ……」


 どうやら、思っていたよりも大事になりつつあるようです。彼らの意図は、メルの過去から察することができます。

 エルフは、自分たちの場所を作ろうとしているのでしょう。確固たる足場を求めているのでしょう。どちらが勝っても、生き残るために。

 実際は。そんな必要はありません。世界樹というのはあの世界にとって必要不可欠なものです。そこに攻め入るようなことはまずあり得ませんし、その守護者を隷属させようなどと考えることもしません。


 確かに森を出たエルフが奴隷にされた、ということは時折聞きます。人族も魔族も、どうしても妙な考えを持つ者が出てくるのです。ですがそれらも、世界樹そのものに、エルフの里そのものに手を出そうなどとは考えもしません。間違い無く、全人類を敵に回すのですから。

 かといって、それを説明しても、納得などしないでしょう。納得したとしても、今更引き返せないでしょう。彼らはもう、国の中枢に入ってしまったのですから。


「エルフは何を言ったの?」

「どちらも同じだ。相手がすでに愛し子を確保して、隠していると。故に取り返すべきだ、と」

「なにそれ……。私たちが何のためにこの世界に来てると思ってるの?」

「そうだな。だが、普段姿を見せないのは、直接愛し子を守護している、とされていれば、どうだ?」

「…………。否定できないし、信じてもらえない」

「そうだ。隠しているわけだから、わざわざ表に出すわけがないからな。魔族側では俺が否定しておいたが、騙されているだけだろうとなるのは時間の問題だろう」

「頭が痛い……」

「まったくだ……」


 解決しようと思えば、愛し子を、メルを直接連れて行くしかないでしょう。どちらの国かでまた諍いは起こるでしょうが、恩恵を分け与えるようにすれば、ある程度は制御できる、はずです。

 ですがやはり、アイリスとしては、あの子を父親と離れ離れにはさせたくありません。


「先に言っておくが」


 魔王が口を開いて、アイリスは魔王へと意識を戻します。


「俺は、この世界をある程度は気に入っている。だが俺は、魔王だ。何よりも優先すべきは、あの世界の魔族となる」

「ん……」

「故に俺は、愛し子を諦めることはない。お前も、考えておけ」

「…………」


 魔王はそれだけ言うと、踵を返してしまいました。そのまま、歩き去ってしまいます。一人残されたアイリスは、大きなため息をついて天を仰ぎました。ままならないな、と。


   ・・・・・


壁|w・)次回の更新(月曜日)は夕方になりそうです。

その後は6時更新に戻せます。予定です。戻せたらいいなあ……。

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