07 メル
それからの日々はなかなか忙しいものになった。
修司はコンビニの夜勤でアルバイトをしている。それを急に辞めることなんてできないし、辞めるつもりもない。唯一の収入源なのだから手放せるわけもない。
院長は昼の仕事が見つかるまで面倒を見てやると言ってくれたが、それに甘えるつもりもない。修司も、フリーターとはいえ成人した大人だ。親のすねをかじるようなことは続けられない。食費も利用料も全て出すと言ってある。告げられた金額は予想よりも上だったが、子供を育てる以上当然の出費だ。
故に。修司は夜に働いて朝に帰り、メルと一緒にご飯を食べて遊んで、昼に眠り。夜に起きて一緒に夕食を食べて、メルを寝かしつけてから出勤するという生活になった。ちなみにメルは昼の間は院長と言葉の練習、職員と読み書きの練習をしているそうだ。覚えが良いらしく、一ヶ月ほどで学校に通っても大丈夫だろうと言われている。
さすがは自分の娘である。血は繋がっていないけど。
・・・・・
もぞもぞと。メルはお布団から出て、小さく欠伸をしました。周囲を見回して、おとうさんと一緒に暮らしている部屋だということを確認して。安堵のため息をつきます。
大丈夫。夢じゃない。
あちら側にいた時では考えられないほどに平和です。ここには自由があります。それだけで、メルはとても嬉しいのです。
ベッドから出て、ドアの上の時計を確認します。午前六時。ちゃんと起きられました。
今のうちに、日課である魔力の訓練を行います。以前は毎日の午前中続けさせられていたこの訓練も、今では起床しておとうさんが帰ってくるまでの短い時間のみです。
自分の中の魔力をこねこねします。ぐりぐりします。くるくるします。きっとこの感覚はこの世界の人には分からないでしょう。こうしていると、少しずつ魔力が増えていく、らしいのです。
メルは知っています。実際には気休め程度の効果しかないことを。他でもない神様が教えてくれたから。
ですが魔力を動かす訓練にもなるので、今でもこうして朝だけ行っているのです。
そうして時間を潰していると、ドアが開いておとうさんが帰ってきました。
「ただいまー」
ちょっと疲れているのか、朝のおとうさんはいつも気怠げな声です。
「おかえりー!」
「おっと」
それでもメルが抱きつくと、いつも優しく応じてくれます。よしよしと頭を撫でてくれて、そのなで方がなんだか慣れていないながらも、とても丁寧な手つきです。
「良い子で寝てたか?」
「うん!」
「よしよし、それじゃあプリンをあげよう」
「わ! ありがとー!」
おとうさんはいつも、こうしてお菓子やでざーとを買ってくれます。中でもぷりんというものはメルのお気に入りの一つです。本当は朝に食べるのは避けた方がいいらしいのですが、おとうさんはいつもみんなに内緒で買ってきてくれます。
ぺりぺりとふたをはがして、紙のお皿にひっくり返します。ぷるぷると震えるぷりんは美味しそうです。早速スプーンを使って一口食べます。
「んー……!」
「美味しい?」
「うん!」
あちらでの食事は、悪いというわけではありませんでしたが、幼いメルには耐えられないものでした。
魔力を増やすと信じられている果物。それがメルの主食でした。その果物はとても酸っぱく、食べるのに苦労したものです。それが三食、それも毎日。魔力を栄養に変える魔法を独自で作り上げる程度には辛いものでした。
かなりの高級品である果物だったそうですが、それならまともなご飯が良かった、と今でも思います。
それに比べて、こちらの食事のなんと美味しいことか。
「しあわせー」
「やっすい幸せだなあ」
おとうさんは笑いながら頭を撫でてくれます。もっと撫でて欲しいので頭を押しつけると、わしゃわしゃと撫でる力が強くなりました。
そうして七時まではおとうさんとのんびり過ごします。おとうさんの膝の上でまったりしていると、いつもうとうとしてしまいます。するといつもおとうさんは背中を撫でてくれて、それが心地良くて、気づけばいつも七時になっています。
おとうさんと一緒に食堂へ。すでに席についているみんなが迎えてくれます。
「おはよう兄貴! メルちゃん!」
「おはよー!」
「おう、おはよう」
みんな笑顔です。心がぽかぽかしてきます。あちらとは大違いです。
「おはよー!」
メルも元気よく挨拶して、おとうさんと一緒に座ります。
朝ご飯はいつも職員さんが用意してくれます。並べるのは子供たちの仕事ですが、メルはいつも免除されています。その代わりに、おとうさんが寝るお昼以降に頑張っています。
朝ご飯はお米だったりパンだったりと様々です。職員さんが一日の献立を決めているらしいので、決めている人によって変わるそうです。
今日の朝ご飯は焼き鮭にお味噌汁、炊きたてのお米にお漬け物。おとうさん曰く、じゅんわふう、だそうです。意味は分かりません。
メルにとってはどれも美味しいものです。職員さんはいつも、メルちゃんは美味しそうに食べてくれると言ってくれます。美味しいので当然です。
朝ご飯の後は、お父さんと運動がてら朝の散歩です。手を繋いで、特に目的地を決めずに歩き回ります。時々公園で遊んだり、コンビニというお店で買い食いしたり。メルにとってはどれもが新鮮です。
お散歩の後はお勉強です。翻訳魔法に頼るのは良くないということで、この世界の言葉を学びます。この世界の言葉は魔力を使わないので扱いやすいのですが、同時に誤魔化しもきかないので大変でもあります。
それでも、おとうさんの世界の言葉です。頑張って覚えます。
そうして勉強を終えた後、おとうさんは夜のお仕事のために寝ることになります。ちょっと寂しいですが、我慢です。我が儘を言って嫌われたくなんてないのです。
お昼からはお手伝い開始です。職員さんと一緒に、お掃除をしたり洗い物をしたり。大変ですが、頑張ると飴をもらえるので、それを楽しみに頑張ります。
ちなみにですが、朝食以降は子供の多くがいなくなります。院長先生曰く、学校に通っているとのことです。メルも言葉を覚え次第、通うことになるそうです。楽しみなような、怖いような。学校については分からないので、またおとうさんに聞きましょう。
お昼を過ぎると少しずつみんなが帰ってきて、夕方には全員が戻ります。それから晩ご飯の準備をして、夕方六時に晩ご飯です。
それを食べ終えて、次はお風呂です。五人が入れるお風呂に順番に入っていきます。メルはこの世界に来て、お風呂というものに初めて入りました。とても気持ちが良くて、楽しいです。




