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65 運動会(閉会)

「あー……。この後は場所を変えておいた方がいいかな?」


 せめて後半だけでも、視線を気にしないようにしてやりたい。そう思って聞いたのだが、メルはきょとんと首を傾げて、


「だいじょうぶだよ? 気にしないから」

「そうか? それならいいけど」


 気を遣っている、という様子にも見えない。メルは本当に気にしていないらしい。それならば、修司もあの特等席で楽しませてもらう。ただやはり、少し怖いが。


「位置について」


 教師の声。もうすぐだ。修司はメルの動きに集中する。メルがどう走り出しても、大丈夫なように。

 そしてすぐに、ぱん、とピストルの乾いた音が響いた。

 メルの初動に合わせて、修司も足を動かす。いち、に、いち、に、と一歩ずつしっかりと。今回は早くゴールすることは目的としていない。メルと決めたことは、転倒しないように気をつけることだ。

 そうして走ることに集中していると、いつの間にかゴールしていた。


「とうちゃーく!」


 楽しげなメルの声に、修司も笑って頷く。どうやら修司たちは二着のようだ。転倒せずにゴールもできたし、十分な成果だろう。そう思いながら後ろへと振り返って、


「うわあ……」


 メルと二人、思わず頬を引きつらせた。

 どうやら転倒しなかったのは、修司たちと一着の親子だけだったらしい。今も倒れかけて慌てて親が助けたりといった様子だ。それでも、誰もが楽しそうなのは、純粋にこの競技を楽しんでいるからか。


「楽しかったか?」


 メルはどうなのだろうと聞いてみると、メルは元気よく返事をしてくれた。


「うん!」




「おかえり」


 アイリスが指示していた校舎裏に着くと、アイリスはいつもの無表情でそう言った。修司が返事をする間もなく、体が浮かび上がる。分かっていたことなので驚かないが、せめて一言言ってほしい。そのまま一気に上空へと浮かび上がり、屋上にたどり着いた。


「あとは大玉転がし、だっけ」

「そうなるかな。ただ、大玉転がしは全員参加だから、メルの出番は少ないけど」


 この学校の大玉転がしは、クラス別に二列に並び、生徒たちの間を転がしていくというものだ。最初と最後以外の生徒は、大玉に触れる程度のものになる。やる気がない生徒はそれすらせずにただ見送るだけだ。


「そうなんだ」


 それを聞いたアイリスは、あからさまに落胆してしまった。こればかりは仕方ないので諦めてもらおう。




 のんびりと屋上から観戦していると、やがて大玉転がしの時間になった。全校生徒が校庭に集まり、組ごとに並んでいく。この学校は全学年が三クラスで統一されているので、三本の長い道ができた。用意された大玉も、もちろん三つだ。


「メルは……あそこか」


 列は学年ごとに並んでいるので、比較的見つけやすかった。最初の方に並んでいるのが分かる。隣の子と談笑していた。


「大玉、重くない? 危険じゃないの?」

「中はすかすかだからな、かなり軽い。一年生で持ち上げるのは厳しいかもしれないけど、間を通っていくだけだから大丈夫だろ」


 少なくとも修司はこの大玉転がしで誰かが怪我をしたという話を聞いたことがない。準備の時にわざわざ大玉転がしの下敷きになる子供がいるほどだ。もちろん怒られる。修司は怒られた。


「何やってるの」


 アイリスからの呆れたような視線に、修司は肩をすくめて、


「若気の至りってやつだよ。誠と悪のりしてな」

「誠も? 意外」

「まああいつも男の子だったからな」


 今となっては懐かしい思い出だ。記憶そのものも朧気になりつつあるが、それでもまだはっきりと思い出せることも多い。怒られる苦い記憶とセットなので忘れにくいのだろう。


「お、始まった」


 大玉が動き始める。最初と最後は六年生の役目だ。四人一組で大玉を転がし始め、そしてすぐに人の列の間に入る。そこからは大勢の生徒が手を伸ばして、大玉を押していく。


「本当にメルの出番は一瞬だった」

「まあ、一応手は触れたみたいだけどな。メルも満足そうだし」


 ごろごろと転がっていく大玉は、あっという間にゴールにたどり着いていた。




 全競技と閉会式が終わって。あとは後片付けをして解散となる。

 後片付けは学年ごとに違い、メルたち一年生は善意で残る保護者たちと一緒にゴミ拾いだ。一年生の担当なので、一年生の保護者はほぼ全員残っている。

 修司もアイリスと一緒にゴミを拾っていると、すぐにメルが駆け寄ってきた。


「おとうさん!」

「おう。お疲れ」


 嬉しそうに駆け寄ってくるメルを優しく抱き留める。いつものように撫でてやると、メルも頭をこすりつけてきた。


「ほら、掃除するぞ」

「はーい」


 メルは素直に修司から離れると、一緒にゴミを拾い始める。ただ、幸いなことにこの地域の住人はモラルの良い人が多いので、ゴミは少ない方だろう。自ずと雑談が多くなってくる。


「惜しかったね」


 アイリスがそう言うと、メルはうん、と頷いて、


「でも、楽しかった!」

「そっか」


 満面の笑顔のメルに、アイリスも頬を緩めた。

 この学校の運動会はクラス対抗で順位付けされるが、形式的なもので実際は特に何もない。一位に賞品があるわけでもなければ、最下位に罰ゲームがあるわけでもない。なので、順位を気にする人なんてほとんどいない。

 何よりも重視されるのは生徒たちが楽しめるかどうかだ。笑顔の子供たちが多いので、きっと成功と考えても大丈夫だろう。


「明日は休みだし、何か食べに行こうか。頑張ったからな、ご褒美だ」


 修司がそう言うと、メルは嬉しそうに笑ってくれた。

 そしてふと、メルが周囲を見回す。どうしたのかと思えば、どうやらケイオスを探しているらしい。運動会の間も見なかったから気になったそうだ。


「ん……。魔王は少し、戻ってる」


 どこに、とは言っていないが、それでもメルは察したのだろう。顔を曇らせて、そっか、と短く返事をした。


「でもメルが気にすることはない。魔王のことだから、すぐに戻ってくる」

「うん……。分かった」


 アイリスの言葉に、メルは少し不安そうにしながらも頷いた。


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