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63 運動会(障害物競走)


 メルが最初に出るのは、一年生全体でのダンスだ。体操服姿の子供たちが可愛らしい踊りを踊っている。一緒に踊るメルも楽しそうだ。一年生だけといっても百人近くいるわけだが、幸いメルを探すことに苦労はしない。目立つ、とにかく目立つ。黒髪の集団の中に唯一金髪がいるのは、当然ながら相応に目立つものだ。

 人の価値観は千差万別。きっと、学校の中だけでも、嫌なこともたくさん言われただろう。今も一部の保護者は心無い言葉を言っているはずだ。それでもメルは、楽しそうに、心の底からの笑顔でみんなと一緒に踊っていた。


「うん。見れて良かった。安心したよ。……ところで、下ろしてくれない?」

「ん。まだだめ」

「ですよね」


 アイリスはメルたちのダンスを食い入るように見つめている。あまりに真剣な表情なので何を考えているのか分からなくなってくるが、よくよく見ると頬が少し緩んでいるのが分かる。純粋に楽しんでくれているのなら良いのだが。

 ダンスが終わり、一年生たちが戻っていく途中、メルがこちらへと振り向いた。メルの口が動く。何かを言ったのは分かるが、当然ながら聞き取れるわけがない。


「お昼はどうするの、だって」

「へ? ……聞こえたのか?」

「口の動きがそうだった」

「そ、そっか……」


 何だその無駄な技能は。頬が引きつりそうになるのを堪えながら、修司は目を逸らした。勇者というのはここまでの技能が求められるものなのか。勇者といえども、アイリスも一人の少女だ。異世界の闇の深さが垣間見えた気がした。


「メルの次の競技は?」

「ん? 障害物競走だな」

「ん。じゃあ、それまで休憩」

「良かった、それじゃあ……。おおおおい!?」


 ようやく地面に下りられる、と思ったのもつかの間、むしろ逆でさらに上空に舞い上がっていた。どこに連れて行くのかと思いきや、目的地は屋上らしい。申し訳程度にある小さなフェンスの向こう側へと下ろされた。


「ん……。意外と汚い。アニメとかドラマだと、お弁当を食べる場所なのに」

「ああ……。この学校は立ち入り禁止になってるから。危ないからな」

「そう……。残念」


 肩を落とすアイリスに苦笑しつつ、修司は改めて屋上を見回した。

 屋上には何もない。アイリスの言う通り、何かしらのアニメなどなら花壇があったりベンチがあったりと憩いの空間になっているものだが、立ち入り禁止となっているこの学校には本当に何もない。授業の一環として利用されることがあるためか、何かしらの機械やタンクすらもないようだ。

 アイリスが指を軽く振る。するとそれだけで、屋上に散らばっていたゴミなどが隅に追いやられた。次にシートを取り出して、敷き始める。どうやらここで見守るつもりらしい。


「さすがに遠すぎて見にくくないか?」


 修司がそう言うと、アイリスは首を傾げて、


「メルが出ていないものを見るの?」

「なんてこと言うんだお前は。……見ないけどさ」


 頑張っている子供たちには悪いが、修司とアイリスの目的はメルの応援だ。直接言うことなどしないが、他の子供はわりとどうでもいい。施設の子供ぐらいは応援してもいいとは思うが。


「まあ、のんびり見るとするか」


 フェンスに体重を預けて、運動場を見下ろす。どうやら短距離走をしているらしく、何人かの子供たちが走っている。少しだけ、懐かしい。

 ふと気付けば、アイリスも隣で競技を見守っていた。興味がない、というわけでもないらしい。修司は小さく笑って、また運動場に視線を戻した。




 いくつかの競技を挟んで、メルの出番、障害物競走の時間になった。再びアイリスの浮遊魔法で運動場の真上へ。もちろん強制である。抵抗しても無意味なので諦めた。

 今回の障害物競走は、最初は大きな網が広げられていた。網の下をくぐるのだろう。その次は、平均台。さらに次はダンボールで作られたキャタピラのようなもの。キャタピラの中に入って目的地まで進むというものだ。

 四つ目は、白い粉、おそらく小麦粉だろうもので満たされた皿が載った台。飴探しだろう。これに関しては毎年あったはずだ。そして最後は、手で抱えられるほど大きな箱を教師が持って待っている。おそらく、借り物競走。


「今までの走るものと、違う?」

「ああ。何て言えばいいかな……」


 アイリスへと簡単にルールを説明する。修司が子供の頃のルールだが、この競技でルールの変更などまずないだろう。聞き終えたアイリスは、少しだけ興味を持ったようで、じっとメルへと視線を向けている。

 メルが前に出てきた。どうやら一年生から始めるらしい。スタートラインに立ったメルが、ちらりと修司たちへと視線を向けてきた。


「がんばれ」


 聞こえはしないだろうが、それでもしっかりと応援はする。伝わったのか分からないが、メルは笑顔で頷いた。

 ぱん、とスタートの合図であるピストルの音。メルたちが一斉に走り始める。最初の大きな網をくぐって、進む。多くの子が手足を取られているのに、メルは特に何もなく突破した。


「いや、いくらなんでも、あっさり突破しすぎじゃないか? 神様とやらが何かしたか?」

「ん……。どうだろう? 運が絡むことならともかく……。あ、でも、たまたま手足にひっかからなかった、で押し通せる?」

「もしそうなら少しは自重しろよ……」


 次は平均台だ。これは、神が介入する余地もなく、メルにとっては障害になり得ない。軽やかに平均台に跳び乗ると、勢いを殺すことなく走り抜けた。見ているこちらが怖くなるほどだ。

 これはメルから聞いていたので、予想できた結果になる。エルフの里は木々の上にも家があり、枝から枝へと飛び移ることはよくやっていたらしい。揺れないなら簡単だよ、とのことだった。


 平均台の次は、キャタピラだ。丸く切り取られたダンボールの中に入り、這っていく。これは特に何事もなく突破した。今のところ一位だが、ある意味次からが問題だろう。

 次は、飴探し。メルは立ち止まって、じっと白い粉を睨み付ける。どうしたのかと保護者たちが心配そうになり、そして二位以下の人が到着し始めてから、メルはおもむろに顔を突っ込み、そして一瞬で上げた。その口には、しっかりと飴玉がある。勢いよく顔を下げたためか顔は真っ白になっているが、それでもメル本人は満足そうだ。


 飴を口の中にしっかりと入れて、側に置かれている濡れたタオルで顔をふく。そしてすぐに、次へと向かう。

 最後は、借り物競走。教師が持っている箱へと手を入れて、小さな紙片を取り出した。


「ん。ちょっと行ってくる」

「はい?」


 気付けばアイリスがいなくなっていた。修司が困惑していても、競技は進む。


「外国人!」


 教師が読み上げた声が聞こえてきた。どうやらメルは外国人を連れて行かないといけないらしい。

 難易度が高い、と思うかもしれないが、実はそうでもない。この学校では英語の教師に外国人を数名雇っていて、受付などを兼ねる大きなテントに今もいるのが分かる。おそらく今日はこのために、あのテントで待機しているのかもしれない。手を振ってメルへとアピールしている。


 普通なら、あの外国人の先生を連れて行くのだろう。普通なら。だがメルには、その外国人の先生よりも身近な外国人が知り合いにいる。

 アイリスがいなくなった理由が分かってしまった。


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