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62 運動会(開会式)


 十分ほど待っただろうか。最初に来たのは、アイリスだ。手ぶらだが、いつものように荷物は自分の空間とやらに入れているのだろう。


「ん。お待たせ」

「いや、待ってないさ。弁当は納得の出来か?」

「ん。時間を固定させておいたから、作りたての味が楽しめるはず」

「なにそれずるい」


 世のお母さん垂涎物の魔法だ。修司としても羨ましい。


「魔王は?」

「まだだよ。……あ、いや、来たな」


 入口の方を見ると、ケイオスがこちらへと歩いてくるところだった。ただ、その表情は少し硬く見える。アイリスも同じことを思ったのだろう、二人で顔を見合わせた。


「悪いが今日は行けぬ」


 二人の元まで来たケイオスの、開口一番の言葉がそれだった。ケイオスもそれなりに楽しみにしていただろうに、と目を丸くする修司へと、ケイオスが言う。


「少し国に戻る用事ができた。愛し子にはよろしく伝えてくれ」

「それはまあ、いいけど……。用事って何だ?」

「む……」


 ケイオスは言葉に詰まり、視線を泳がせる。しかしすぐにため息をつくと、口を開いた。


「半年も我らが不在の中で持ったのだ。上出来だろう」

「は? 何を言って……」

「父上殿。忘れてはいないか? 我らの世界は、人族と魔族で戦争中だ」


 それを聞いた瞬間、アイリスが顔を青ざめさせた。修司も思わぬ言葉に絶句してしまう。

 忘れていた、わけではない。知っていたし、二人が何度も殺し合いをしていることを知っている。最初の出会いからしてそうだったのだから。それでも、今はもう、自分たちには関係のない話だと思っていた。


「心配せずとも、小さな小競り合いのようだ。うまくいけば、二、三日中に戻ってくることができる」

「そう、か……」


 言葉が出てこない。見つからない。何を言えばいいのか分からない。

 そんな修司の様子を、アイリスとケイオスは心配そうに見ていたが、やがてアイリスはケイオスの方へと視線をやって、


「魔王。大丈夫そう?」

「うむ。まあ、我らがいないのだ。大きな争いはできないだろう。俺がいると分かれば、すぐに撤退するだろう」

「ん……。そのまま、人間を滅ぼせ、とかならない?」

「案ずるな。俺が王だ。どうとでも止めてやろう」


 その会話に、少しだけ違和感を覚えた。二人の間で何かしらの共通認識があり、修司には分からないもの。今までの知識と少し矛盾しているような会話。

 それを考える前に、ケイオスが言う。


「では失礼する。父上殿、くれぐれも体調には気を遣え」


 そう言って、ケイオスはその場から忽然と姿を消してしまった。

 ケイオスがいなくなった場所をしばらく見つめていたが、やがて修司はため息をついた。ここで待っていても仕方がない。うまくいけば二、三日、逆に言えば、二日は戻ってこれないということだ。色々と言いたいことも聞きたいこともあるが、今は目先のことに集中しよう。


「とりあえず運動会だ」

「ん」

「それが終わったら、メルと一緒にもう少し話を聞きたいな」

「ん……」


 横目で睨みながら言うと、アイリスは視線を逸らしはしたものの、頷いた。話す意志があるなら、今はもういいだろう。


「それじゃあ行こうか」

「ん……。ごめん」

「何に対する謝罪なのか分からないな」


 そう笑いながら、修司は学校へと歩き始めた。




 昔は広く感じた小学校の敷地も、大人となった今では少し狭く感じる。そんなことを、修司は現実逃避気味に考えていた。

 修司がいるのは、運動場、ど真ん中、その上空十メートルほど。隣にはアイリスがいるはずだが、姿は見えない。ちなみに修司も、自分の体すら見えなくなっている。

 何故こうなったか。別に難しいことではない。




「あー……。人が多いな。ちょっと見にくいけど、仕方ない……」

「ん。大丈夫。任せて」

「は? ……あの、アイリスさん? 急に消えて……、俺の体も消えてる!? うわ、浮いた!? なんだこれ!?」

「ん。魔法。騒がないで」

「ちくしょうこれだからファンタジーは!」




 と、そんな流れで修司は今ここにいる。修司のためにしてくれたことだと理解しているので文句を言うつもりはないが、せめて一言言ってほしかった。切実に。アイリスにとっては浮くことなど歩くことと変わらないのかもしれないが、修司にとっては恐怖でしかない。

 今突然魔法が切れたら。さすがに即死するような高さではないが、大怪我は免れない……、いや、当たり所が悪ければ即死するな、これ。それを考えると、なかなか怖いものだ。

 それよりも何よりも。


「…………」


 こちらをじっと見つめてくるメルが怖い。何やってるのおとうさん、という心の声が聞こえてくるかのようだ。見えないのではなかったのか。


「言い忘れてたけど、メルは姿を消してる私たちにも気づける。理屈は分からない」

「だろうと思ったよ」


 小声でのアイリスの注意に、修司は遅すぎると肩を落とした。もう一度メルを見ると、苦笑いになっていた。おそらく隣にいるアイリスから何となく事情を察したのだろう。さすがメル、俺の娘、できる子である。今日の晩ご飯は外食にしてあげよう。

 今は開会式の途中。校長先生の有り難い話が始まったところだ。修司にとって校長先生の話は長いという認識があったが、どうやら今の校長先生はそうでもないらしく、一分程度で話を終えていた。少しだけ、今の小学生が羨ましい。


 その後は別の先生が注意や保護者へのお願いなどの話があったので、こちらは真面目に聞いておく。修司もメルと一緒に二人三脚に出る予定なので、他人事ではない。

 話が終わった後に全校生徒がそれぞれの待機場所に移動して、そうして最初の競技が始まった。


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