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短く挨拶を交わして、修司は自室に戻る。そっとドアを開けて中に入り、静かに閉める。メルが起きていないことを確認して、安堵のため息をついた。
買ってきたプリンをスプーンと一緒に机に置く。常温保存が可能なプリンなので、このまま置いておけば勝手に食べるだろう。ただメルは容器から出して食べる冷たいプリンが好きなので、いつかこういう時のために小さい冷蔵庫を買っておくのも良いかもしれない。
そんなことを考えていると、メルが起き上がったのが分かった。驚いて振り返ると、目をこしこしとこするメルと目が合う。メルはぼんやりと修司を見つめ、そしておもむろに両手を差し出してきた。
「んー……」
「はは……。仕方ないなあ」
メルを抱き上げて、軽く背中を叩いてやる。メルは何も言わず、されるがままだ。
だがしばらくすると、ぎゅっと修司にしがみついてきた。
「メル? どうした?」
聞いてみるが、メルは何も言わない。何か、怖い夢でも見たのだろうか。
どうしていいか分からず、とりあえず引き続き背中を優しく叩いてやる。そうしていると、落ち着いてきたのかメルが顔を上げた。少しだけ照れたような笑みを浮かべて、
「おかえりなさい、おとうさん」
「ああ。ただいま」
メルは何も言わない。だから、修司も何も聞かないことにした。きっと、聞いてほしくないことだろう。
「何かあったら言えよ」
それだけ言うと、メルは小さく頷いた。
「プリンあるぞ。食べるか?」
「たべる!」
メルが嬉しそうに笑う。修司が下ろしてやると、早速椅子に座った。置いていたプリンのふたをあけて、スプーンを手にとって、ぱくりと一口。メルの頬が緩む。
「おいしい!」
「そっか。良かった」
仕事で疲れていても、この笑顔だけで頑張ろうと思えてくる。美味しそうに食べるメルをしばらく眺めてから、よしと立ち上がる。
「それじゃあ、メル。俺はちょっとだけ寝るけど、どうする?」
「一緒にねる!」
「仕方ないな」
予想していたので、驚きはしない。普段は寝る時間が別々ということもあり、こういう機会は貴重だ。チャンスがあれば、メルは必ず一緒に寝ようとしてくる。
二段ベッドの上側だとメルが起きた時に危ないので、下段に一緒に入る。メルが使っているのは大人用の布団なので、修司も問題なく入ることができる。大人用を希望したのはメルなので、その時から一緒に寝ることを考えていたのかもしれない。
「おとうさーん」
嬉しそうにしがみついてくるメルの頭を撫でながら、修司は目を閉じる。何となく、良い夢が見れそうだ。
「おとうさん、おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
メルの温もりを感じながら、修司は意識を手放した。
スマホのアラームで目を覚ました修司は、体を起こして大きな欠伸を一つした。隣を見て、メルがいないことを確認する。ちゃんと学校に行ったようだ。
手早く着替えて部屋の外へ。そこでちょうどノックをしようとしていた院長と出くわした。どうやら起こしにきてくれたらしい。
「起きてる」
「見れば分かる。メルの競技まではまだ時間はあるが、どうする?」
「行くよ。開会式も見たいし」
「おう。ならさっさと準備をしろ」
「あいよー」
院長に促されて部屋を出る。こちらにはアイリスやケイオスもいるので一緒に見るつもりはないが、学校までなら別にいいだろう。
毎年恒例ではあるが、運動会には院長の他、二名の職員も同行する。他の職員はいつも通りの仕事だ。全員出席が院長の理想のようだが、さすがにそうなるとこの施設が回らなくなる。疲れて帰ってきた子供たちに晩ご飯がない、なんてことになりかねない。
一階に下りると、すでに院長が待っていた。職員の姿はない。院長曰く、後ほど合流するそうだ。
「行くか」
「ああ」
院長と共に施設を出て、小学校へと向かう。幼い頃は何度も通った道だ。
それにしても、
「何を好きこのんで、男二人で学校に行かなきゃならないのか」
「俺が言いたいがな?」
二人で苦笑を漏らす。別に院長のことを嫌っているわけではないが、娘の運動会を見に行くのに男二人というのは、なかなかない光景だろう。
「そう思うなら早く嫁を見つけろ」
「うるさい。誠とかもまだだろ」
「誠には奏がいるからなあ……。あの二人はいつ結婚するんだ?」
「さあ?」
それは修司も聞きたいところだ。同棲しているのだから、そういう関係性というのは分かるのだが、本当にいつになったら結婚するのだろう。
「まああの二人はお互いの良い部分も悪い部分も知り尽くしているからな。今更どうこうはならないだろう」
「まあな」
「ちなみにその二人はどうした? メルのことをかわいがっていただろう」
「ああ、うん。アイリスと一緒に弁当を作ってるはずだ。アイリスが相談して、誠が引き受けてた」
「なるほどな」
アイリスは一人で料理もある程度できるようになっているらしいが、それでもやはりまだ不安は残るらしい。本当は施設で作ろうかと考えていたようだが、当日は弁当作りで急がしいと知ると断念して、誠に相談したという経緯がある。誠は二つ返事で快諾していた。
そうして雑談している間に、途中の公園にたどり着いた。院長とはここで別れることになる。修司はここで、異世界組と待ち合わせだ。
「なんというか……。異世界組という言葉に慣れてしまった自分が悲しい」
「ああ……。なんだ、頑張れ」
院長が修司の肩を叩いて、そのまま立ち去っていく。修司はため息をついて、ベンチに腰掛けた。
壁|w・)ご無沙汰のメルちゃん。ちょびっとだけですが。




