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57 和解

 食堂の片隅で、修司は斉藤家と向かい合っていた。子供二人はなんだか居心地が悪そうだ。決して良い雰囲気というわけではないので、当然かもしれない。


「息子がそちら様のお子様に失礼なことをしてしまったようで。本当に、申し訳ありません」


 深々と頭を下げる両親。修司としてはこういうのは初めてなので、どうしていいのか分からない。


「いや、まあ……。悪口程度なら、メルも気にしていませんし」

「いえ……。どうやら愚息は、メルちゃんの髪を強く引っ張ったそうで」


 なんだそれ、聞いてないぞ。

 メルを見る。さっと目を逸らされた。


「おい。メル」

「だって……。ひっぱられただけだから……。あの時と比べると……」


 メルの比較対象はエルフの里が基準らしい。どのような扱いなのか知ることはできないが、かといって最悪に近しい境遇と比べるのは間違っているだろう。


「メル。俺だって心配するんだからさ。ちゃんと話してくれ」

「うん……。ごめんなさい」

「よし。良い子だ」


 心配させたくない、と思っていたことは分かるが、相談ぐらいはしてほしい。

 そこまで考えて、修司は内心で自嘲した。無理を言いすぎかな、と。

 メルはまだまだ幼い。何かがあれば、それは修司が気付いてやらねばならないことだ。きっとそれが、父親というものだろう。両親がいなかった修司にはなかなか分かりにくいものだが。

 メルを抱き上げて、膝の上にのせる。メルが不思議そうに首を傾げるが、何でも無いと言って撫でておいた。


「ごめんな、メル」

「なにが?」

「気にするな」

「……?」


 きょとん、と首を傾げるメル。ただ途中から気にしないことにしたのか、体を預けてきた。


「さて、と。まあメルがこんな風に気にしてないみたいなんで、俺も厳しく言うつもりはありません。ただ、どうしてそんなことをしたのか、理由ぐらいは知りたいですね」

「はい。それはごもっともです。ただ、その、なんと言いますか」


 父親の方がどうにも歯切れが悪い。母親の方は呆れたような顔で父親を見ている。


「話しかけるきっかけがほしくて、気付いたらやっていた、と……」

「は? ……えっと、はい? それっていわゆる、あれですか。仲良くなりたい子にちょっかいをかける、みたいな」

「いわゆるそれ、ですね」


 見つめ合う父親二人。どちらともなく、ふっと、微笑んだ。


「若いって、いいなあ……」

「そうですなあ……」


 しみじみとつぶやく。こんな頃が自分たちにもあったなあ、と。

 だがそれで許さないのが母親だった。母親は勢いよく立ち上がると、思いっきり父親を殴りつけた。笑顔で固まる修司の前で、次は息子を殴りつける。もちろんグーだ。あれは痛い。


「へらへらしてんじゃないよ! こんな可愛らしい女の子の髪を引っ張ったって、冗談でもしていいことじゃない! 何考えてるんだあんたは!」

「はい。本当にすみません。おっしゃる通りです」


 尻に敷かれてるな、と修司は他人事のように思った。助けなんてできるわけがない。怖い。


「ほら馬鹿息子! ちゃんと謝るんだよ! 土下座しな土下座!」

「いやいや、ほんと、そこまではいいんで。ほら、メルも怯えちゃってるから。ね?」


 幼い子に土下座なんてさせられない。慌てて母親を宥める。事実、メルは父親が殴られた瞬間から身を竦ませて修司にしがみついている。今にも泣きそうに瞳を潤ませている。


「ああ、これはすみません。ごめんねえ、メルちゃん。怖がらせるつもりはなかったんだけどね?」


 猫撫で声。突然の豹変。母親って怖い。

 メルは修司にしがみついたまま、母親へと言う。


「あ、あのね。私は気にしてないの。だから、あまり、怒らないであげて……?」

「ああ、なんていい子なの! それに比べてうちの子は! ……あ、もう殴らないから、そんな怯えた目で見ないでね?」


 さすがにメルの怯えた目は心にくるものがあったらしい、母親は苦笑しつつそう言った。

 それにしても、見た目とは違ってとてもパワフルな人だ。いや、ある意味では見た目通りなのだろうか。おそらく何もなければ、きっと気の良いおばちゃんのような人なのだろう。だからこそ、温厚な人ほど怒ると怖いというのは、事実なのだなと思ってしまう。


 父親の方は見た目とは真逆だ。体つきがしっかりとしていることから、何かしら力仕事をしているのだろうとは思う。だが奥さんに頭が上がっていない。完全に尻に敷かれている。男親として同情してしまう。

 ただ、女性の方が強い家庭の方が円満になるとどこかで聞いたことがあるので、これはこれでいのかもしれない。多分。修司としては遠慮したい立場ではあるが。


「ほら、あんたも謝りな」


 母親に促されて、これまで一度も口を開いていなかった男の子が前に出てきた。よくよく見ると目が真っ赤になっている。きっと話を聞いた母親にこれでもかとばかり怒られて、さんざん泣いたのだろう。直接会ったら怒るつもりであった修司でも、さすがに追い打ちをかけようとは思えない。


「ごめん、なさい……」


 男の子が涙声で謝る。ちゃんと謝罪を口にできるのはいいことだ。

 メルはじっと男の子を見つめていたが、修司の膝の上から下りると男の子の前に立った。俯いている男の子へと、メルが言う。


「お名前、教えて」


 知らないのかよと一瞬思って、一緒に遊ぶ間柄でもなければ仕方ないかと思い直した。


「おれ、その……。斉藤、健太」

「うん。ケンタくん。……けんちゃんでいい?」

「え? あ、うん。いい、けど……?」

「じゃあ、けんちゃん。友達になろ?」


 男の子改めけんちゃんの手を取って、メルは笑顔で言った。うちの子天使。もちろん親のひいき目こみだ。


「う、え、あ……」


 落ち着けけんちゃん。思うが、口には出さない。ふと見れば、彼の両親も固唾を呑んで見守っている。


「いい、の?」

「うん! お友達!」


 にこにこ満面の笑顔だ。けんちゃんはしばらく呆然とした後、顔を歪ませて涙を流し始めた。これに慌てたのはもちろんメルで、大混乱に陥っている。


「あ、あり、ありがと……」

「ど、どういたしまして? え? 私何か言っちゃった? あれ?」


 泣きながらお礼を言うけんちゃんと、どうしていいか分からずにおろおろしているメル。その二人を眺めながら、修司は万感の思いでつぶやいた。


「若いって、いいなあ……」

「いや、あなたも若いでしょう。同意見ですが」


 父親に笑いながら言われて、修司は苦笑しつつ肩をすくめた。




 後日、メルの話ではけんちゃんはメルたち女の子三人のグループに加わったそうだ。女の子三人に囲まれてしまう男の子の気持ちはいかほどか。少しだけ同情してしまった修司だった。


壁|w・)スピード解決。

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