06
この施設恒例、新入り歓迎の儀式だ。ある意味では転校生が来た学校に近いだろう。
「すごい! 金髪だ! 外人さんなの?」
「朝にシュウ兄ちゃんと一緒に来てたよね! どんな関係?」
「ちっちゃいね! 何歳何歳?」
怒濤の質問攻めに目を白黒させるメル。それでもどうにか一つずつ答えようとする姿はなかなかかわいいと思う。思わず頬が緩んでしまう。
「なんだ? 早くも親馬鹿になってんのか?」
いつの間にか近づいていた院長が声をかけてくる。修司はそちらを見て、軽く肩をすくめた。
「そんなんじゃないよ。……いや、近いかもしれないけど」
「どっちだよ」
「いやだって、かわいいと思うし。かわいいよな? うん。かわいい」
「自己完結するな」
だめだこりゃ、と笑いながら立ち去る院長。まあ、自分でもちょっと早すぎるとは思うのだが。それでも言いたい。メルはかわいい。
そんなほんわかした気持ちは、微かに聞こえてきたメルの一言で吹き飛んだ。
「か、関係? えっと、おとうさん、だよ?」
ぐるんと。子供たちが、どころかその場に居合わせた職員までもが一斉に、修司へと首を向けてきた。訓練されていたかのような揃い方に薄気味悪いものを覚えてしまう。単純に怖い。
「おとうさんだって! シュウ兄ちゃん、いつの間に結婚してたの?」
まだまだ純真無垢な幼い女の子からそう言われ。
「兄貴、年齢イコール彼女いない歴とか言ってなかった? ちょっと、詳しく話を聞かせてほしいんだけど」
中学生の少年がどこか冷たい眼差しで修司を睨み。
「修司君、見損なったわ。一体何をしてきたの?」
職員の皆々様が侮蔑を込めた視線を向けてくる。まさに針の筵である。
「い、言い訳をさせてください」
冷や汗をかきながら言う修司。そんな言葉も空しく、修司は職員や少年たちに連行されていく。
メルはその様子を見ておろおろと混乱しているようだった。まあ、院長あたりが話をしておいてくれるだろう。
連れてこられた玄関で、修司はその場にいた全員に事情を説明した。どうやら皆ある程度は察していたらしく、特に苦労せず納得してもらえた。また面倒事に巻き込まれたのか、という言葉には文句を言いたいところではあるが。
夕食後は自室に院長を招き、これからの相談だ。
院長曰く、どうやらメルは近くの学校に通うことになるらしい。見た目は小学生低学年程度なので、当然の流れだろう。メルは学校というものがよく分かっていないようなので、メルの世界にはそういったものはなかったのかもしれない。
修司にはそれよりも気になることがあった。
「メル。確か俺たちとの会話は魔法で翻訳してるって言ってたよな? この世界の言葉の読み書きとか、できるか?」
「え……」
珍しくメルが凍り付いた。緊張した面持ちで首を振る。別に怒るつもりはないと頭を撫でてやると、ほっと安心したようだった。
「読み書きか。考えてみれば当然だな。どうする?」
「ああ……。というよりさ、会話も無理なら、読み書きなんて教えられなくないか?」
「む……」
院長が難しい顔をして黙り込む。もちろん不可能というわけではないが、やはり会話が成り立たないなら文字を教えることは難しい。ほとんどの小学生は、会話はある程度できるものだ。全くできないというのは、教師も困るだろう。
「メル。一度翻訳魔法を切ってもらえるか? その上で何か話してほしい」
修司が言って、メルが頷く。メルが少しだけ目を閉じて、そして言った。
「 」
何かを言った。それは分かる。だが何故か全く聞き取れない。何かしら音がしているのは分かるのだが、何故か頭に残らない。困惑する修司と院長へと、メルが言った。
「あのね。あっちの世界の言葉は魔力を使うの。こっちの世界は魔力をあまり使ってないみたいだから、おとうさんたちは聞き取れないと思うよ?」
「そうかそうか。魔力か」
「ほうほう。魔力か」
修司と院長は顔を見合わせ、同じことを考えたことを理解する。即ち、お手上げだと。どうやら修司たちはメルの世界の言葉を話すことはできないらしい。
ならばこちらの世界の言葉は聞き取れるのかと聞いてみれば、一応意味は分からないが何かを話しているのは聞こえているとのことだった。
「それならこっちの言葉を覚えることはできるかな。メル、翻訳魔法で意味を調べつつこっちの言葉を聞いて……」
そこまで言って、しかし修司は言葉に詰まる。このまま、提案していいものだろうか。
修司の案は単純で、翻訳魔法なるものを使ったり切ったりして意味を調べ、覚えていくというものだ。だがよくあるゲームでは、魔法は使うたびにMP、つまり魔力を使っていた。それは、翻訳魔法にも当てはまるのではないだろうか。
「メル。翻訳魔法を使ったり切ったりとか、できるか? 体はきつくないか?」
修司が言わんとすることを察したのか、メルは笑って、
「だいじょーぶ! ちょっとだけ疲れるけど、だいじょぶ!」
「そっか。無理はしなくていいからな? きつかったら言うんだよ?」
「はーい!」
どうやらやる気はあるらしい。これならきっと覚えるのも早いだろう。がんばろうな、と頭を撫でてあげると、嬉しそうに抱きついてきた。ふわふわの金の髪が鼻をくすぐってくる。
「院長」
「なんだ」
「娘がすごくかわいい」
「俺はお前の将来が心配だよ……」
甘えてくる娘と甘やかす父親。それに呆れる祖父。何となくそんな構図になっている気がする。
院長が心配していることは何となく分かるが、別にこんな幼い子供に欲情とかしているわけではない。いわゆるロリコンではない、と思う。
ただ、院長からすれば今朝出会ったばかりの少女ということを考えれば、心配されるのも当然というのも分かっている。
だが、何故だろう。
この子は、他人ではない。不思議とそう思える。理由など分からないが、身内だと認識してしまう。同じ施設で育った仲間以上の繋がりを感じている。
そのことを不思議には思うが、しかし、
「えへへ。おとうさーん」
こんなに素直に甘えてくる子を邪険になどできるはずもなく。修司は開き直ることにした。
この子は自分に助けを求めて来た。なら、自分が責任を持って保護しよう。父になれと言うなら、未だ未熟だと自覚はあれど、それでも親になろう、と。
壁|w・)今日はここまで。
ちなみにサブタイトルが数字だけの時は思い浮かばなかった時です。
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ではでは。