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51 夏祭り

 昼食は浜辺にある海の家での食事だ。大勢の海水浴客たちと同じように、注文して、外のテーブル席で食べる。修司が頼んだのは大盛りの焼きそば、メルは子供用の小さい焼きそばにかき氷のセットだ。


「おとうさん」

「うん?」

「あーん」

「あーん」


 メルが差し出してきたかき氷をぱくりと一口。赤いシロップは苺味だ。定番だが、だからこそ外れもない。

 ふとメルを見ると、かき氷を口に含んで固まっていた。いや、よく見るとぷるぷる震えている。


「頭が……! 頭がきーんって!」

「ああ、夏の定番だな。うん」


 かき氷を急いで食べるとなる定番の現象だ。確か小難しい名称があったはずだが、さすがにそこまで覚えていない。頭がきーん、で通じるのだからそんなものだ。むしろ名称を言われる方が分からないだろう。

 ただ、かき氷を初めて食べるメルはどうやら不安になったらしく、なんだか元気がなくなっていた。


「病気、なのかな……?」

「いやいや、違うよメル。病気じゃない。これは誰だって起きることだ。俺が食べてもきーんってなる」

「そうなの?」

「ああ、そうだよ」


 良かった、とメルがにっこり笑う。不安も解消できたらしい。一安心だ。


「父上殿、少しいいか?」


 向かい側に座るケイオスに声をかけられたので視線をやれば、一枚の紙を持っていた。どこかでチラシをもらったらしい。そのチラシを受け取りながら、ケイオスの声に耳を傾ける。


「どうやら近くで夏祭りというものがあるらしい。ホテルから歩いて行ける距離とのことだ。昼からは少し休み、夕方から行ってみてはどうだ?」


 なるほど。


「昼からあれをやりたくないと」

「否定はせぬ」


 どうやらメルがお願いした遊びはケイオスにとってはなかなか疲れるものだったらしい。詳しく聞けば、体力的には問題ないが気疲れはする、とのことだった。力の加減にとても気を遣ったそうだ。それは受け取る側のアイリスも同じだったようで、口を開かずに黙々と焼きそばを食べていた。


「夏祭りか。せっかくだし、行くか」


 施設の側でも小さな花火大会はあるが、本当にささやかなものだ。出店も少なく、テレビで期待してしまうと落胆する。改善しようとする動きもあるが、まだすぐには無理だろう。

 対してこの側の夏祭りなら、それなりの規模なのではないだろうか。こうしてチラシまで配布しているのだから、期待してもいいかもしれない。


「じゃあ、メル。夕方から出かけるから、お昼はちょっとホテルに戻ろうか」

「はーい」


 メルも海での遊びにはそれなりに満足しているようで、特に不満は出てこなかった。

 アイリスとケイオスがあからさまに安堵の表情を浮かべていたことには、気が付かないことにしておいた。




 夕方。修司はケイオスたちの部屋で、少しだけそわそわしながらメルを待っていた。そんな修司を、ケイオスが呆れたような目で見てくるが、今は全く気にならない。メルは今、隣の修司たちの部屋でアイリスと共に着替えている最中だ。

 このホテルは夏祭りの時期は外出用の浴衣を貸し出ししていた。アイリスが持ってきたチラシにまで書いていたことなので、何かしら提携しているのかもしれない。数に限りがあるとのことだったが、昼過ぎに戻ってきたのが幸いしたのだろう、問題なく借りることができた。


 修司は黒を基調とした浴衣だ。さすがにこの年で派手なものを着ようとは思えなかったので、この色を選んだ。

 ケイオスは夏祭りそのものに行く気がないとのことで辞退している。隠すことなく疲れたからと答えたあたり、本当に気疲れしていたらしい。あとでもう一度、メルにお礼を言うように言っておこう。


「父上殿。少し落ち着け」


 ケイオスに言われて、修司はむ、と立ち止まった。部屋を行ったり来たりしているのは少し鬱陶しかったのかもしれない。


「そうは言うけどな、ケイオス。お前、メルの浴衣だぞ? メルの、浴衣だぞ? 今からすごく楽しみなんだけど」

「親子仲が良いのは素晴らしいことだがな……」


 ケイオスが疲れたようなため息をついたのと同時に、部屋のドアがノックされた。そしてすぐあに開いて、メルたちが入ってきた。


「おとうさん!」

「おー……」


 メルが着ているのは桜色の浴衣だ。笑顔でくるりとターン。なんだか桜の花びらが舞っているのを幻視してしまう。もちろん気がするだけだ。

 続いて入ってきたアイリスは、薄い青色の浴衣だ。こちらは少しだけ恥ずかしそうに顔を背けている。あまり見られない珍しい態度だ。表情はやはりいつもの無表情だが。


「どう? どう?」

「うん。メル。かわいいぞ」

「そう? えへへ、かわいいって、おねえちゃん!」


 満面の笑顔でアイリスへと振り返る。アイリスは小さく頷いて、修司を見てくる。


「うん。アイリスもかわいい」

「え……。あ、うん。ありがと」


 アイリスがわずかに頬を染めて、また顔を背けた。珍しい態度だ。少しだけ微笑ましいものを感じながら、早速三人で夏祭りに行くことになった。




 徒歩十分の場所にある大きな公園。そこが夏祭りの会場だ。広い公園の外周部分に様々な出店が並んでいて、店主たちが声を上げて客寄せをしている。公園の中央では打ち上げ花火の準備中だ。祭りの最後を彩る予定となっている。

 花火に関してはホテルの部屋から見えるとのことなので、今回は出店を巡るのが目的だ。

 修司の手を握るメルに連れられる形で、通りを歩いて行く。修司のすぐ後ろにはアイリスが続く。

 そして、やはりというべきか、かなり目立っている。

 前を歩くのは金髪浴衣幼女。後ろを歩くのは銀髪浴衣美少女。目立たない方がおかしい。


「さて、メル。まずはどうする?」

「あれが食べたい!」


 そう言ってメルが指差したのは、フランクフルトを売る店だ。早速その店に向かい、フランクフルトを三本注文する。メルのフランクフルトにはしっかりとトマトケチャップをかけてやってから、手渡した。


「はい。こぼすなよ」

「うん!」


 嬉しそうに受け取って、早速一口。メルの相好が崩れた。どうやらお気に召したらしい。


「アイリスも」

「ん……。ありがと」


 アイリスにも渡してやると、こちらもすぐに口に入れた。表情は変わらないが、やはり美味しいのか食べるペースは早い。

 修司もケチャップとマスタードをかけてから食べる。いつもの味だ。いつもの味だが、祭りの雰囲気がそうさせるのか、とても美味しく感じられる。


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