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 どうやらメルは納得してくれたらしい。三人で安堵のため息をつく。同時に、発端になった魔王を睨んでおく。魔王は申し訳なさそうにそっと目を逸らした。


「まあ、でも、大丈夫。気にしなくていい」

「ああ。二人は気にせず休むといい」


 そう言い残して、アイリスとケイオスは自分たちの部屋に入っていった。正直なところ、少しどころかかなり心配ではある。あの二人は最近まで殺し合いをしていたのだから。だがそれでも、二人が大丈夫だと言うなら信じてみよう。メルが隣にいるので、さすがに突然殺し合いを始めるようなことはないはずだ。


「メル」

「なあに?」

「もし隣から変な力を感じたら教えてくれ」

「はーい!」


 元気良く返事をするメルの頭を撫でて、修司も部屋に入った。

 ホテルの部屋はシンプルではあるが、快適そうな造りだった。部屋は奥と手前に一つずつあり、手前はリビングのような部屋で、テーブルや椅子などの家具が置かれている。奥の部屋にはベッドが二つ並び、さらに奥にはベランダがあるようだ。

 小さいながらも浴室も用意されていた。ボタン一つで指定の温度でお湯がたまるらしい。ホテルには一般客も使える大浴場もあるが、一人でゆっくりしたい人のためのものだろう。


「お風呂あるよ! キャンプにはなかったのに!」

「キャンプと比べちゃだめだよ。メルはお風呂が好きだな……」

「うん! あったかいから!」


 エルフの里では基本的には水浴びだったそうだ。世界樹のある森は温暖な気候だったそうでそれほど苦ではなかったらしいが、それでも温かいお湯に入るお風呂の方が良いとのことだった。


「おとうさん、一緒にはいろ?」

「ああ。あとでな? 先にご飯に行こう」

「ごはん!」


 荷物をテーブルの上に置いて、部屋を出る。同じことを考えたのか、アイリスも出てくるところだった。お互いに顔を見合わせ、そしてメルが口を開いた。


「あれ? ケイオスさんは?」

「え、と……。べ、別行動……」


 やはりかなり気まずいらしい。アイリスの視線が泳いでいる。無理もない、宿敵とも言える相手と隣り合わせで眠るのだ。緊張しかしないだろう。

 そこまで考えて、ふと思い出した。キャンプの時はケイオスは寝てなかったな、と。今回も同じだとしたら、ずっと起きている宿敵の隣で眠ることに。


「アイリス、本当に大丈夫か……?」

「ん……。平気。気にしないで。とりあえず、ご飯に行くんだよね?」

「ああ。一緒に行くか」


 修司がそう声をかけると、アイリスは小さく頷いた。




 このホテルのレストランは二つある。本格的なフレンチとやらが楽しめる高級レストランと、一般的なファミリーレストランに近いもの、この二つだ。修司たちが利用するのはもちろんファミリーレストランの方で、宿泊費に含まれているとのことでここでの食事は無料でできる。もちろん二食目からは有料だが。

 店内ではクラシック曲が流れていて、ちょっとした高級店のようにも思える。もちろんただのイメージだ。店内の雰囲気は和気藹々としている。

 店員にテーブル席に案内された修司たちは、早速メニュー表を開いた。


「さて、どれにするかな……。メルは何にする?」


 隣に座るメルへと聞けば、メルは迷うことなく、


「おこさまランチ!」

「うん。だよね。……お、ここのお子様ランチ、ちっちゃいぬいぐるみがつくみたいだぞ」

「ぬいぐるみ!」


 メルの瞳がきらきら輝いている。そう言えばメルにはぬいぐるみを買ってあげたことがなかった。もちろん施設にはいくつかあるが、小さい子供たちも触るため少しかわいそうなことになっている。

 メルも女の子だ。ぬいぐるみぐらいは買い与えた方が良かっただろうか。少しだけ反省する。


「アイリスは決まったか?」


 向かい側に座るアイリスに聞くと、アイリスはメニュー表を一瞥して頷いた。すぐに決めてしまったが、大丈夫なのだろうか。


「気を遣ってないか? ゆっくり選んでも大丈夫だけど」

「ん。大丈夫」

「そうか……?」


 それなら、と修司はテーブルの隅にあるボタンを見る。店員を呼び出すためのボタンだ。修司の視線に気付いたメルもボタンを見て、


「…………」


 そわそわしている。すごく押したそうにしている。思わず笑みがこぼれてしまう。


「メル。そのボタン、押してもらえるか? 一回だけでいいから」

「うん!」


 嬉しそうに返事をして、メルが手を伸ばしてボタンを押した。どこか遠くから、チャイムの音が聞こえてきた。

 間もなく店の制服を着た男が小走りでやってきた。修司たちの元までたどり着くと、丁寧に一礼する。しっかりと教育がされているのだろう、綺麗な礼だった。


「お待たせ致しました。お伺いさせて頂きます」

「ああ。俺はこのハンバーグ定食。この子はお子様ランチだ。えっと、女の子にはぬいぐるみがつくんだよな?」

「はい。シロクマとペンギンの二種類がございますが、どちらになさいますか?」


 店員と一緒にメルを見る。問われたメルは視線があちこちに彷徨っていた。えっと、えっと、と考えて、考えて、そうして考えている間に、


「先に注文、いい?」


 アイリスが割って入った。


「え? あ、はい。どうぞ」


 驚きながらもアイリスへと向き直る店員に、アイリスが言う。


「私もその子と同じお子様ランチ。大人でも大丈夫?」


 店員は一瞬だけ不思議そうにしていたが、すぐにアイリスの意図を察したのか笑顔で頷いた。


「もちろんです。ぬいぐるみは、二種類ともでよろしいですか?」

「ん。お願い」


 畏まりました、と恭しく一礼して、厨房へと去って行く。その顔はどこか微笑ましそうに緩んでいた。


「アイリス。いいのか?」

「ん。もちろん。童心に返りたい気分」


 なんだその言い訳は。思わず修司が噴き出すと、アイリスは憮然とした表情になったが、すぐにいつもの無表情になっていた。少しだけ口角が上がっている。


「え? え? なに?」


 メルだけがしきりに首を傾げていた。


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