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「むう……」
メルが何度か跳びながら、どうにか見ようとしている。修司は噴き出しそうになるのを堪えながら、メルへと言う。
「肩車しようか」
「かたぐるま!」
嫌がられなかったので、早速とばかりにメルを肩車する。視界が一気に上がったことに、わあ、とメルが歓声を上げた。
「どうだ? 見えたか?」
「うん! なんかね、まるいのをぐるぐる回してる!」
「うん」
「あ、おねえちゃんが回してる!」
「うん……、うん?」
メルが施設外でおねえちゃんと言うということは、おそらくアイリスだろう。どうやら彼女も福引きをしにきたらしい。耳を澄ませて、結果を聞き取る。
「おしい! 三等のお菓子詰め合わせだ!」
「ん……。メルが喜ぶ」
その声の後、こちらへと歩いてくるアイリスと目が合った。お互いに視線を合わせ、少し固まり、そして首を傾げた。
「どうしたの?」
「いや、福引きをしにきたんだ。メルがもらったから」
「うん! まわすの!」
じゃーん、と自慢気に福引き券を見せるメルに、アイリスは頬を緩めた。そっか、と頷いて、
「じゃあ私も見に行く。いい?」
「ああ、別にいいぞ」
そうして順番にアイリスが加わった。会話の流れでアイリスが見学だと分かったのだろう、文句を言う人はいなかった。
しばらく待つと、ようやく修司たちの番になった。受付をしているのは、町内会長だ。施設への支援者の一人であり、メルとも面識がある。町内会長はメルの姿を認めると、顔を綻ばせた。
「おや、メルちゃんか。いらっしゃい。回すのかい?」
「うん! 一回!」
はい、とメルが修司の上から福引き券を渡す。町内会長はそれを受け取ると、どうぞと手で促してきた。
「メル。下ろすぞ」
「うん」
「で、抱き上げるぞ」
「え?」
メルの両脇に手を入れて持ち上げる。取っ手を持ちやすい高さにしてやってから、言う。
「それじゃあ、メル。これをゆっくり回すんだ」
「うん!」
「一応言っておくとね、青色が三等のお菓子詰め合わせ、赤色が二等のお肉詰め合わせ、銀色が一等の家電引換券、そして金色が特賞の旅行のペアチケットだ」
「旅行!」
メルが瞳を輝かせる。町内会長はうんうんと頷きながら、続ける。
「海が近いホテルだからね、引き当てることができれば、夏休みの良い思い出になるよ」
「うみ……! 行きたい!」
ふんす、と鼻を鳴らすメル。いちいち仕草はかわいいのだが、残念ながらこれは完全に運の勝負だ。狙って当てられるものではない。そこまで考えて、そして、
「ああ……」
後ろのアイリスの、やっちゃった、と言いたげな声を聞いて、修司は頬を引きつらせた。
運の勝負。神の愛し子らしいメルに、これ以上ない有利な状況ではなかろうか?
そうしてメルが回して出した玉は、やはりと言うべきか、金色だった。
「大当たり! 特賞、旅行ペアチケットだー!」
「わあ! やったあ!」
盛り上げてくれる町内会長と、嬉しそうにはしゃぐメル。修司はちょっとだけずるをしたような気分になりつつも、今更辞退などできるはずもなく、そのまま受け取ることになった。
夜勤のメンバーに相談して、休みを一日ずらしてもらう。ついでに休みを一日多くする。次の給料が心配だが、贅沢は言えない。メルが喜んでいるのだから、最大限活用するべきだ。勤務を代わってくれたメンバーにはお礼と、後日何かおごると約束して、そうしてから修司はメルを連れて旅行に行くことになった。
当然のように、アイリスとケイオスも一緒だ。たまたま、そう、たまたま同じホテルで部屋に空きができたため、そこに宿泊するそうだ。ちなみに勇者と魔王で同部屋である。
そうして当日。今回も電車を乗り継いで、そうしてたどり着いたのは多くの海水浴客で混雑する砂浜だった。
「予想しておくべきだったかな」
そうして、今に至るというわけだ。
・・・・・
「みず! つめたい!」
波と一緒に行ったり来たりしながら、メルが楽しそうに笑う。本当に楽しそうな笑顔だ。連れてきて良かったと改めて思う。
先ほどまで一緒に砂で城を作ろうとしていたのだが、メルが波を気にしているようだったので切り上げることになった。目の前でちらちらと海の方を見られると、修司の方が罪悪感でなかなか辛くなってきてしまい、仕方なくこうして一緒に波の側まで来ている。
「おとうさん! 水がぶわあって! その後すすすうって!」
「うん。そうだな」
何を言っているのかは分からないが、推測することはできる。波の様子を言っているのだろう。海を見るのが初めてなのなら、この反応も分かるというものだ。
波と一緒に走り回るメルの姿を、周囲も微笑ましそうに見守っている。
「わっ!」
いつかそうなるだろうと思っていたが、案の定メルは盛大に転倒した。顔面から思いっきりいったので少々痛そうだ。
「メル。大丈夫か?」
慌てて助け起こすと、メルは泣きそうな顔をこちらに向けてきた。
「おとうさん……」
「どうした?」
「お口の中が……」
どうやら海水を飲み込んでしまったらしい。想像するだけで、修司は顔をしかめた。これは、メルには辛いものだろう。
「一度アイリスたちのところに戻るか。飲み物があったはずだ」
「うん」
すっかり元気をなくしてしまったメルの手を引いて、修司はアイリスの元へと向かった。
壁|w・)ちなみに、旅行ではなくお菓子を望んでいたら、当然のように青色が出ます。
次回更新は1に特別編、2日に本編でs。