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43 ディーネ


   ・・・・・


「いいのか?」


 施設の玄関で、ドアを開けてディーネが外に出ようとしたところで、この施設の院長が声を掛けてきました。少々億劫に思いながらも、振り返ります。


「何がでしょうか?」

「昔はともかく、今はあの子に戻ってきてほしいと思っているんだろう?」

「…………」


 ディーネは何も答えません。それが答えだと院長は判断したのでしょう、続けてきます。


「修司たちは気付かなかったみたいだが、一瞬だけ泣きそうな顔になってたからな。メルがいなくなって、ようやく気付いたってところか?」

「どうでしょうね。例えそうだとしても、身から出た錆です。確かにあの子がいなくなって、一人という寂しさを思い出しました。ですが、それだけです。ええ、それだけですよ」




 メルがいなくなって、エルフの里が蜂の巣をつついたような騒ぎになる中、ディーネは一人、メルと暮らしていた部屋にいました。メルが生まれる前はずっと一人でいた部屋で、メルが生まれてからは二人で生活していた部屋です。

 その部屋で一人になって、メルがいないことを自覚して、そこでようやく、ディーネは自分が寂しいと感じていることに気が付きました。気付いてから、後悔の念に押し潰されそうになりました。どうしてあの子をもっと見てやれなかったのか、もっと母親らしくできなかったのか、と。


 自分と、そして周囲がメルに対して行ってきたことを考えれば、メルが里を捨てた気持ちは容易に想像できます。本来なら自分はメルを守らなければならなかった立場です。それなのに、周囲に同調してメルを追い詰めてしまいました。

 本当に。自分のことが許せなくなります。最低最悪の母親でしょう。メルの行為は正当なものです。むしろよく今まで我慢していたものです。

 それでも。それでも、寂しさは誤魔化しきれませんでした。


 だから、ディーネは長たちに言わずに里を出ました。一人で転移の儀式を行い、ディーネの心情を知った神様からたった一度だけチャンスをもらいました。もしも連れ帰ることができたなら、その時は今度こそディーネがエルフたちから守るのだと誓って。

 そうして久しぶりに見た我が子は、里にいた時では考えられないほどに幸せそうな笑顔でした。

 あれは、曇らせてはいけないものです。愛してくれている父親から引き離してはいけないものです。瞬時にそれを察しました。そして、正しい親の姿を見て、心底自分に軽蔑しました。


 だからこそ。ディーネは悪になることにしました。

 考え得る限り全ての可能性を潰したはずです。神に作られたかもしれない感情。母親への郷愁。父親の裏切りの心配。きっと、断ち切れたはずです。

 まあ、あわよくば。あの父親が大人しく引き渡してくるようなら、連れ帰ろうと思っていたことは否定しませんが。


 あとはもう、あの子の、あの親子次第です。きっと、何があっても乗り越えていけるでしょう。後悔は、ないと言えば嘘になりますが、これでいいのです。

 今までの行いへの贖罪として、全ての悪役を引き受ける。それが、ディーネの下した結論でした。あの二人の絆を確固たるものにするために。




 ディーネはふっと笑みを浮かべ、院長に言いました。


「では私はこれで。……ああ、そうだ。あの子の養育費としてこちらを使ってください。換金すればそれなりの額になりましょう」


 懐から小さな包みを取り出して、それを院長に渡します。訝しげに中身を見た院長は、驚愕に目を瞠りました。

 中身は大小様々な宝石です。ディーネの全財産となっています。この世界でも宝石は貴重品のようなので、あの子の養育費ぐらいにはなるでしょう。


「ああ……。分かった。あの子のために使わせてもらう」


 それだけで何かを察してしまったのか、院長は悲しそうにしながらも受け取ってくれました。こちらとしては助かります。

 そうして今度こそ出ようとして、


「おかあさん」


 他でもないメルに呼び止められて、ディーネは心臓が止まるかと思いました。慌てて冷徹な仮面を被り、振り返ります。


「なにかしら。まだ何か用でもあるの?」


 そう問うと、メルはびくりと体を震わせました。メルの後ろ、修司が苦笑しています。


「あのね……。えっと……」


 メルがとことここちらへと歩いてきます。そして、足が汚れることも厭わずに、ディーネの元まで来ました。

 驚きで固まるディーネの手を、メルが握ってきます。


「今まで、ありがとう、おかあさん」

「……っ!」


 思わず目頭が熱くなってきます。これは、少々、まずいものです。見られるわけにはいかないものです。


「何を思い上がっているのか知らないけれど、私は愛し子を育てただけよ」

「うん。それでも。ありがとう、おかあさん。大好きだったよ」

「…………。く、くだらない。失礼、するわ」


 そう言い切って、メルの手を振り解いて、今度こそディーネは外に出て、ドアを閉めました。

 本音を言えば。抱きしめたかった。最後に一度だけでも抱きしめたかった。けれどそれでは、今までのことが無駄になります。

 あの子は、ここで幸せになるべきなのです。

 ディーネは溢れてくる涙を見られないように、すぐにその場を後にしたのでした。


壁|w・)おかあさんも決して悪人だったわけではなかった、というお話。

本文中ではさらっと書いてしまっていますが、エルフはこの母親に子供を産ませています。

支えるべき夫なんてもちろんいません。

メルからの視点だとひたすらに冷たい印象になるように書きましたが、

この人も被害者だったというお話、です。

もっとも、擁護されるような人ではないのもまた事実ではありますが。


さて、本来ならこの後にエピローグを投下して完結、でした。

まだエルフとか神様とかは残ってますが、ぶっちゃけそこまで重要要素とは思ってないので……。

ですが目標もひっそり達成していたので、もうちょっとだけ続けようかなと思います。

せめて作中で一年書きたいな、と。

なので、もう少しだけ修司とメルのまったり生活にお付き合いいただければ幸いです。


ではでは!



あ、ちなみに。

クリスマス特別編はないです。本編書くだけで精一杯なのです。

作中での冬までお待ち下さい。

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