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41 愛し子

 メルに言葉を続けようとして、聞き捨てならないことを言われてしまった。はっきりと敵意を込めてディーネを睨み付けるが、しかしディーネは涼しい顔をしている。勝ち誇ったかのような笑顔だ。対照的に、メルは沈痛な面持ちとなっていた。


「どういうことだ」

「どういうことも何も……。ご自分でおかしいと思わないのですか? あなたはこの子と会って、まだ半年も経っていないのでしょう? それなのに、どうしてそこまで大切だという感情が出てくるのですか。あなたにとっては所詮、赤の他人、ただの子供。父と慕ってきたとしても、本当の子供のように思えるなんてことはあり得ないはずでしょう」

「それは……」


 その後が、続かなかった。言われてみると、どうしてこう、簡単にこの子を受け入れているのか。おとうさんと慕ってくれるのは素直にかわいいと思えるが、しかし本来ならそれだけのはずだ。修司にとって、今ではメルは何よりも大切な守るべきものと思っている。思ってしまっている。


「教えてあげましょうか? それはその子が、神の愛し子だからです」


 そう言った瞬間、メルが泣きそうな顔になった。それが、印象的だった。


「全てにおいて、神はその子を優先します。何の対策もしていなければ、神のお力には勇者や魔王ですら抗うことはできません。それは、人の心、感情も同じことなのです」

「つまり、俺のこの感情は神によって作られたものだと?」

「ええ。そういうことです。簡単でしょう?」

「ああ、なるほど。うん。理解した」


 理解した。理解したとも。

 修司はそう言って何度か頷く。メルはもう俯いてしまっていて、表情は分からない。そのメルを、


「わっ」


 とりあえず持ち上げた。そのまま自分の膝の上に載せる。まだまだ軽い。そのまま撫でてやると、メルは振り向いて小首を傾げた。不思議そうな、戸惑いを浮かべた顔。


「おとうさん……?」

「うん。満足だ」


 にこやかに笑って、メルを抱き寄せて。そうしてディーネに言った。


「で? だからなに?」


 ディーネは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。呆気にとられるディーネへと、修司は言う。


「とりあえず、ものすごくどうでもいい。神に作られた感情? 知ったことか。だいたいそんなもの、俺が分かるわけがないだろ。これまでもこれからもも、神の介入なんて知らないし分からないし、だからどうでもいい」


 そう。全てどうでもいいことだ。修司にとって神なんて曖昧なものでしかないし、それから介入があったからといって何かあるわけでもない。だいたいそれを言えば、一目惚れとかどうなる、という話だ。

 出会えたことが運命だ、なんて使い古された陳腐なお話だが、それも神の介入と言えなくもない。それを気にする人なんてそうそういないだろう。修司も気にしない。

 メルが修司を頼ってきて、修司はそれを受け入れた。メルが修司におとうさんであることを求めて、修司はおとうさんになった。それが全てであり、それで十分だ。


「だからさ、メル。俺はメルのことが大切だからさ。どうしてここに来たのか、知りたいんだ。メルのことをちゃんと知っておきたい。だめかな?」

「おとうさん……」

「うん。おとうさんだぞー」


 うりうり、とくすぐってやると、わきゃ、と変な悲鳴を上げた。うん。かわいい。


「もう!」

「あっははは!」


 先ほどまでの緊迫した空気はどこへやら。そこにはいつもの親子がいて。自然と、アイリスもケイオスも、院長も笑顔になっていた。


「それじゃあ、改めて聞くけど。メル」

「うん」

「ちゃんと教えてほしい。メルのことを」


 そう言ってから、隣の椅子に戻してやる。メルはまだ少し逡巡しているようではあったが、やがてゆっくりと頷いた。

 その途端、かたん、と何か軽い音が対面から聞こえてきた。慌ててディーネへと視線をやれば、いつの間にいたのか、彼女の両隣にアイリスとケイオスが立っていた。二人とも、ディーネの肩に手を置いている。その視線は、鋭くディーネを睨めつけていた。


「大人しく聞きなさい、ディーネ」

「貴様らは己の行いを自覚するべきだ」


 どうやらディーネが何かをしようとしたらしい。それを察した二人が止めてくれたようだ。こうなることが分かっていて、この二人はこの場に残っていたのだろう。

 アイリスが視線でメルを促す。メルは小さく頷くと、口を開いた。


「私はね、作られた愛し子なの」




 エルフは世界樹ユグドラシルを守る種族だ。そのため人族と魔族、どちらの勢力にも属しておらず、神の民とも言われている。エルフもそのことに誇りを持ち、ずっと世界樹を守り続けてきた。

 だがそれは、干渉もされなければ、干渉もできないということだ。世界が様々な動きを持って回り続ける中、取り残されたかのようにエルフたちは日々を生き続ける。

 それが嫌で森を飛び出す若者もいるが、彼らはほとんど帰ってこなかった。数少ない帰還者から聞いたところによれば、外にいる珍しいエルフだからと、奴隷として捕まってしまったらしい。帰ってこなかった多くの者が奴隷となっていたそうだ。


 エルフの長たちは危惧した。いずれ、人族もしくは魔族が攻め入ってきて、自分たち全員を奴隷にするのではないかと。

 かといって、今更エルフが力をつけることは困難だ。魔法を扱う才はあるが、人数が少なすぎる。今も増え続ける人族や魔族に勝てるとは考えられない。

 ならばどうするかとなった結果、目を付けたのが愛し子という存在だ。


 愛し子は神に愛された者。愛し子がいれば、その者がいる国は栄え、どのような困難からも襲われなくなるという。

 彼らは独自の資料から、愛し子の特徴を見いだした。それは、何かしらの異世界の関わりがあったことだ。


 最初の愛し子は異世界からの転移者だった。

 次の愛し子はその転移者の孫。

 さらにその次は百年ほど間を置いて、異世界人の魂を持つ人族。転生者だと思われる。

 そのように、愛し子には必ず何らかの異世界の関わりがあった。


 故にエルフは、限定的な転移魔法を用いて、異世界から魂の欠片を略奪した。略奪といっても、適当に目を付けた誰かの魂の一部をはぎ取ってきた、ということらしい。

 その魂を、最も魔力の多い若いエルフの女へと取り込ませ、そうして経験もない女は妊娠した。その結果生まれたのが、メルティアという規格外の魔力を持つエルフだった。

 メルティアは成長していき、そして間もなく愛し子だということが察せられた。病気にもならず、怪我になるようなことは様々な不思議な現象で防がれる。


 エルフたちは歓喜して、そしてこの奇跡を盤石のものにするため、メルティアに魔法の英才教育を施した。厳しく、けれど敵意は向けられないように配慮して。

 そしてある時、禁術の一つである読心の魔法を覚えた時、メルティアは母に対して使ってしまった。ちょっとしたいたずらのつもりで。厳しい母親の気を引きたい一心で。


 そうして分かったことは。

 誰一人として、メルティアを『メルティア』として見ていなかったということであり、そして母親が愛情の一欠片すらも持ち合わせていないことだった。

 彼らはメルティアを『愛し子』としてしか見ていなかった。それは母も全く同じだ。母であるディーネからすれば、誰かを愛した結果の子供ではないのだから、愛せるはずもないのかもしれない。それでも、メルティアは母が厳しいのはきっと自分に期待してくれているからだと思っていた。

 その期待は『メルティア』にではなく、『愛し子』に向けられているものだった。


 だからメルティアはエルフを見限った。母を捨てた。寂しくない、恋しくない、そう言えば嘘になる。けれど、全てを知った後では、あの場に残ることなんてできなかった。

 そうしてメルティアは異世界への転移を強行した。逃げる先を異世界に選んだ理由は、人族の国も魔族の国も、やはり愛し子としてしか扱わないだろうと思ったためであり。

 そしてそれ以上に。異世界にいるはずの、知らぬとはいえ自分に魂を分け与えてくれた『父』なら、少しでも自分を見てくれるかなと思ったためだ。


壁|w・)いわゆる説明回。

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