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スカイドラゴンとやらの肉は、メルの説明通り、とても美味しかった。口に入れただけでほろほろと溶けていき、さらに不思議なことに肉そのものに味がついているようにも感じた。全ての肉がそうというわけでもなく、部位によっては歯ごたえと旨みが両立していて、食べていて飽きない。
ちなみに値段を聞いてみたところ、聞くな、という答えが返ってきた。どうやら本当に高級品らしい。
食後の休憩は昨日と同じくのんびりと。メルは修司の膝の上で、牛乳を飲んでいる。メルが飲み終えたらシャワーを浴びに行く予定だ。
「おとうさん、飲み終えたー」
ぷはー、とメルがコップを掲げる。修司はそのコップをテーブルに置かせてから、メルを立たせた。二人分の着替えとタオルを持ってから、メルの手を取る。
「それじゃあ、行ってくる」
メルの手を引いて、シャワー室へと向かう。歩きながら、すぐにその違和感に気が付いた。メルが、珍しく何も話しかけてこない。
メルの様子を窺うと、じっと何かを考え込んでいるようだった。
「メル? どうした?」
気になって声をかけてみる。メルは修司を見て、何度か視線を彷徨わせて、そうしてから改めて修司に視線を向けてきた。
「あのね、おとうさん」
「うん」
「その……」
「うん?」
「えっと……」
「…………」
本当にどうしたのだろうか。修司が首を傾げていると、メルは小さくため息をついた。力無く首を振って、なんでもない、と顔を逸らしてしまう。見るからに元気がなくなっていた。
もしかすると、何かを話してくれようとしていたのかもしれない。だが、もう話す気はなくなってしまったようだ。修司の態度が悪かったのか、それとも何かが足りなかったのか。もしくは、やはりメルにとって話しづらいことなのか。
修司には分からない。何も、分からない。
「まあ、無理して話す必要はないさ」
そう言ってメルの頭を撫でてやると、メルが小さく頷いたのが分かった。
翌日。メルが作ったサンドイッチを皆で食べて、片付けを済ませる。大きな荷物のほぼ全てがアイリスの荷物なので、簡単なものだ。アイリスが触れただけで消えていく荷物はなかなかに不思議な光景だった。
メルはそれを寂しげな目で見守っていた。メルの頭を撫でてやると、潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。
「また来年、だ。毎日いても飽きるからな。来年の楽しみにしておこう」
「うん……。また来年……」
ぎゅっとしがみついてくるメルを撫でている間に、アイリスも片付けを終えたようだ。もう与えられたエリアには最初に持ってきたかばんしか残っていない。あとは我が家へと帰るだけだ。
帰る前に最初のログハウスへと立ち寄る。帰宅する旨を伝えてから、人気のない山中へと移動。帰りももちろん転移魔法だ。
転移先に誰もいないかの確認のため、修司は院長へと電話した。一コールで繋がったことに驚きつつも、用件を言う。
「修司だ。今から帰るよ。庭には誰もいないかな?」
「誰もいない。しばらく入らせない。だから早く帰ってこい」
その声に。その言葉に。違和感を覚えた。院長が早く戻ってこいというなど、予想もしていなかった。あの人ならむしろ、どこか遊びにでも行ってこい、と言いそうなものなのに。
何かあったのかもしれない。院長ではどうにもできない何かが。
「アイリス、すぐに帰るぞ!」
修司の声から焦りを感じ取ったのだろう、アイリスはすぐに頷くと、軽く周囲を見回す。誰もいないか、そして忘れ物がないかの簡単な確認だ。
「おとうさん、何かあったの?」
不安そうな面持ちでメルが聞いてくる。それを見て、修司は少し冷静になった。のんびりはできないが、メルを不安にさせるようなことはしてはならない。もしもの時は、預かってくれる友人たちもいる。一先ずは、大丈夫のはずだ。
「大丈夫だよ、メル。何もない」
「そう……?」
「ああ、大丈夫だ」
メルの頭を撫でてやれば、気持ち良さそうに目を細めた。何かがあっても、この子だけは守ってやりたい。
そう考えている間に、突然浮遊感に襲われ、そして気が付けば施設の庭に戻ってきていた。
「到着。それで、どうする?」
「何か協力できることはあるか?」
アイリスとケイオスが聞いてくる。修司は少し考えて、二人へと言う。
「それじゃあ、中の様子は分かるか? 誰かが襲われているとか……」
そこまで考えて、いや、と首を振った。もしもそうなら、早く帰ってこいとは言われない。つまりは犯罪関係ではない。
「んー……。特に何も。強いて言うなら、中に二人しかいないこと、ぐらい」
「二人? 子供たちは?」
「町中を調べてみたが、全員近くの公園にいるな。先に言っておくが、誰かが怪我しているわけでもない」
「あー……。と言うことは、だ……」
覚えのある状態だ。これは、ここに実子が預けられている親が訪ねてきた時によくあることだ。その親の目的や現在の経済状況から、この後の展開が変わってくることになる。だが、心配するほどのことではない。
「例えば、俺の親が見つかったとか、か?」
あり得ない可能性ではない。修司は捨て子だ。修司が物心つく前に、両親はどこかへと蒸発した。近隣の住民が修司の泣き声に気付いて保護された、という経緯がある。修司にとっては、今更どうでもいいことなのだが。
だがそれもやはり可能性としては低い。もう二十年近くも前に置き去りにされて、それきりだ。本当に、今更すぎる。わざわざ修司を訪ねてここに来るとは思えない。
「とりあえず中に入るか」
三人言って、そこで気が付いた。メルがどことなく、先ほどよりも不安そうにしていることに。
「メル? どうした?」
声をかけてやると、メルは首を振って、そうしてから修司にしがみついてきた。メルの背中を撫でてやりながら、首を傾げる。何が起こっているのか、分からない。
「なんだか、すごく嫌な気持ちなの……。すごく、不安というか、もやもやしてて……」
「そっか……。なら、ここで待ってるか?」
「んーん……。それをすると、だめな気がする……」
意味が分からない。アイリスとケイオスへと問うような視線を投げれば、二人も困惑を表情に出して首を振った。この二人にも分からないことらしい。
「考えても仕方ない、かな……。行くけど、大丈夫か?」
「うん……」
弱々しくメルが頷く。不安になってくるが、これ以上ここで悩んでいても解決案など出てくるはずもない。修司はメルの手を引いて、表の玄関へと向かう。
とりあえず呼び鈴を鳴らしてから、修司は扉を開けた。
「ただいま」
「お帰りなさい、修司さん」
「は……?」
入ってすぐ、目の前に立っていたのは、見たこともない絶世の美女だった。淡い金髪は腰まで届くほど長く、柔らかく微笑むその顔は聖母のようで。この近辺では見たこともない、しかし修司にとっては見覚えのある薄緑色の衣服。そして最大の特徴は、尖った耳。つまりはエルフ。
「おかあ、さん……」
メルが、かすれた声を漏らした。
壁|w・)来襲。