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38 バーベキュー

「シュウ」

「ん?」

「メルから聞いた?」


 質問の意味が分からない、と言いたいところだが、何となく察することはできる。きっと、メルの過去のことだろう。わざわざ聞いてくるということは、メルが何かを言っていたのかもしれない。

 だが、修司は何も聞いていない。

 修司が首を振ると、アイリスが目を大きく見開いた。頭痛を堪えるように頭をおさえ、長いため息をついている。


「アイリスは、事情を知ってるんだっけ?」

「ん……。知ってる」

「メルには内緒で教えてもらうことはできないか?」

「本気で言ってる?」


 じっと、アイリスが修司のことを睨み付けてくる。修司はいや、と首を振った。

 確かに知りたい気持ちはあるし、保護者として知っておきたいという想いもあるが、だがこれはメルの問題だ。あの子がまだ伝えられないと考えているなら、無理して聞き出す必要はないだろう。きっと、メルが自分から話してくれる。そう信じている。


「まあ、ああして楽しそうなメルを見てたら、どうでもいいかなとも思うけどね」


 修司の視線の先、メルは楽しそうに泳いでいる。時折水の中に潜っては、石を拾っていた。ないとは思うが、サワガニを探しているのだろうか。さすがにいないと思うのだが。


「おとうさーん!」


 こちらの視線に気付いたメルが手を振ってきたので、振り返しておく。するとメルはまた嬉しそうに、今度は両手を使って振ってくる。それを見て思うのは、やはり自分の娘が一番かわいい、だ。

 そんな修司を、アイリスは薄く微笑んで見つめていた。




 夜はキャンプの定番、バーベキューだ。テレビで見ただけなので誰もがやっているのかは分からないが、こういうものは気分が大切だ。きっとそうに違いない。

 そんなわけで、アイリスがせっせと肉や野菜を串に刺しては焼いていく。手伝おうかと聞いたところ、必要ないとのことだったので任せている。せめて片付けぐらいはやろうと思う。


「メル。お肉もいいけど野菜も食べる」

「うん」


 まるでお母さんのようなことを言うアイリスに、メルは笑いながら頷く。だが野菜に手を伸ばそうとしたところで、


「でも今日みたいな日は別にいい。お肉を食べよう。どんどん食べよう。たくさん用意した」

「え? あ、うん」


 言っていることがひっくり返ったアイリスに困惑しつつも、メルはそれならと肉の串を手に取る。焼き肉のたれで満たされたお皿に浸して、ぱくりと食べる。途端に幸せそうに頬が緩む。ふにゃふにゃしている。釣られて修司も笑顔になる。

 それにしても、美味しいお肉だ。比喩でも何でもなくとろけているような気がする。普段自分が食べている肉とは違うなと、そんなことを考えながらアイリスが手元に重ねていく包装を見る。先ほどまで肉が入っていた包装だ。貼り付けされているシールを見て、修司は凍り付いた。

 二百グラム六千円。


「アイリス……それ……」

「ん?」


 修司の視線に気が付いたアイリスは、包装を手早く、物理的に片付けた。詳しく言えば、一瞬で燃やして灰にした。魔法の無駄遣いである。


「シュウは何も見ていない。いいね?」

「あー……。分かった。でも、いいのか?」

「いいの」


 アイリスがメルを見る。メルは先ほどと変わらず、美味しそうなふにゃふにゃの笑顔だ。アイリスは何度か頷き、言う。


「うん。この笑顔で満足」

「はは。そっか」


 その気持ちは分かる。十分に分かる。

 修司は何度も頷く。ここは素直に感謝しておこう。


「ふむ……。このままでは俺の立つ瀬がないではないか。俺ももう少し提供しよう」


 突然そう言ったのはケイオスだ。彼も様々な食材を持ってきてくれているので、気にしすぎだと思うのだが。私も買ってきた、と肉を出したアイリスがある意味大人げないだけだ。

 ケイオスが指を鳴らすと、テーブルの上にぼとんと巨大な何かが落ちてきた。修司とアイリスが驚いてそれを見ると、それは肉の塊だった。一応配慮したのか、大きな皿も一緒に召喚されているのでテーブルは汚れていない。


「何これ」


 修司が半ば呆然と聞いて、ケイオスは胸を張って答えた。


「ドラゴンの肉だ」

「どら……」

「聞いて驚くなよ。スカイドラゴンの肉だ」

「すかい……?」

「スカイドラゴン!」


 意味が分からず首を傾げる修司とは対照的に、アイリスが目を丸くして叫んだ。まじまじと、肉の塊を凝視している。どうやら珍しい肉らしい。


「説明を求める」


 なんとなく蚊帳の外になりそうな気がして、少々憮然とした態度で修司が言う。すると、それに答えたのはふにゃふにゃ笑顔のメルだった。


「スカイドラゴンはお空を飛び続けているドラゴンだよ。ドラゴンとしての力もあるし、何よりもずっと空を飛び続けているから捕まえるのはもちろん、見つけるのも難しいの」

「つまりはとても貴重な肉と」

「うん。あと、すっごく美味しいって有名!」


 メルの瞳が期待に輝いている。ケイオスは自慢気に、そして勝ち誇ったようにアイリスに視線を送り、そのアイリスは、


「これ焼いていいの? いいんだよね? 焼くよ?」


 こちらもすっかりお肉に夢中だ。アイリスにとっても、あまり食べられない珍しい肉らしい。


「父上殿。俺は一応、勇者に軽く勝負を仕掛けたつもりだったのだが」

「うん。いいか、ケイオス。食欲の前ではそんなもの、何の意味もありゃしない」

「なるほど。学習した。一つ賢くなったぞ」

「おう。偉いなケイオス。その調子で学べ」


 軽口を交わして、どこか遠い目をするケイオスの肩を叩く。ちょっとだけ哀れだ。だが、メルの好感度は上がっていると思う。


「お姉ちゃん! お肉! お肉!」

「待っててメル。しっかり焼かないと。お肉」


 いや、好感度すらお肉に持って行かれているかもしれない。改めて、肩を叩いておいた。さすがに本当に哀れに思えた。


壁|w・)ドラゴン肉は超高級品、という定番。


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ではでは。

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