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35 メル


   ・・・・・


 晩ご飯を食べて、シャワーを浴びて、歯磨きをして。後はもう寝るだけです。

 この世界に来るまで、メルは他のエルフ同様、日が昇ったら起きて、沈んだら寝て、という生活でした。大人たちは夜の見張りとかもあったようですが、少なくともメルにとっては太陽と共にある生活だったのです。

 それがこの世界に来てからは一変しました。子供たちは日が昇ってもまだ熟睡していますし、日が沈んでもまだ起きています。時間的なずれは数時間程度のものですが、メルにとっては大きな差異でした。


 このキャンプでは以前と似て、さっさと寝るようです。というのも、やることがないためです。他に泊まっている人はえいせいテレビとか、ぽーたぶるなんとかぷれいやーとか、そういったものを持ち込むこともあるそうですが、メルたちは何も持ってきていません。

 ただ、星はとても綺麗でした。あの世界と比べるとこれでもまだ少し空気が汚れていますが、それでも施設のある場所よりも空気が澄んでいて、この世界の星空に感動しました。

 その後はみんなでテントの中に入ります。みんなで仲良く寝るのです。

 と、思っていたのですが。


「あれ? ケイオスさんは寝ないの?」


 未だ椅子に座って本を開いているケイオスさんに問いかけます。ケイオスさんはこちらを見ると、肩をすくめて言いました。


「見張りぐらいは必要だろう?」

「え? そんなのいらないと思うけど……」

「ふむ。失礼ながら、少々平和ぼけしているのではないか? あちらにいた頃は見張りを立てないなどあり得なかったぞ」

「えっと……。そう、だね」


 エルフの里を思い出します。森の中にある静かな里でしたが、それでも夜は大人たちが見張りをしていましたし、夜の番の大人たちが昼に寝ている家屋に近寄ることは禁止されていました。あちらで行商に来ていた商人さんも、夜の見張りをする護衛がいると言っていたと思います。

 でもそれは、あちらの世界の話です。こちらの世界で夜の見張りなんて聞いたことがありません。いえ、確かに全ての建物に鍵があるからこそかもしれませんが、少なくともおとうさんたちはキャンプ中の夜の見張りなんて考えていないようでした。

 むむむ、とメルが唸っていると、すでにテントに入っていたアイリスおねえちゃんが出てきました。メルとケイオスさんを順番に見て、首を傾げます。


「何してるの、魔王」

「夜の見張りだ。この世界で生まれ育った父上殿はともかく、お前は平和ぼけしすぎではないか?」

「あー……。うん。否定はしない。でも、気にしすぎ。この世界はとても治安がいい」

「確かにあちらの世界と比べると驚くほどに治安が良い世界だ。いや、テレビとかいうものを見る限り、この国特有のようだが、それでも驚異的なほどだ。だが、だからといって油断していいわけでもなかろう」

「ん……。それは、まあ、そうだけど……」


 おねえちゃんは何かを考え込んでいるようです。それは説得の言葉を考えているというよりは、この後どうしよう、という沈黙だったと思います。


「俺のことは気にするな。俺は一週間程度眠らなくても問題ないが、貴様ら人間はそうもいかないだろう。心配せずとも、俺が襲うようなこともせん」

「ん。まあ、それは心配してないけど」


 おねえちゃんがそう言うと、ケイオスさんは意外そうに目を瞬かせました。おねえちゃんを凝視して、まじまじと見つめて、口を開きます。


「そちらを心配しているのかと思ったのだがな……」

「今更そんな心配はしない。その程度には信頼してる」

「そうか……」


 ケイオスさんは、どことなく照れているようです。嬉しそうというか、そんな感じ。見ていてほんわかしてきます。


「それなら、いいだろう。お前は素直に休んでおけ。明日は早いのだろう?」


 そうです。夜早く寝る代わりに、明日は早起きの予定なのです。おとうさんと一緒に朝のお散歩の予定なのです。

 メルがそわそわし始めたことを察してくれたのでしょう、おねえちゃんはメルを一瞥すると、微かに微笑んだようでした。


「ん。分かった。それじゃあ、甘えさせてもらう」

「ああ。そうしろ」

「メル。寝るよ」

「うん。ケイオスさん、おやすみなさい」

「ああ。おやすみ」


 メルが手を振ると、ケイオスさんも小さく振り返してくれました。

 おねえちゃんと一緒にテントの中に入ります。テントでは中央に小さな光の玉が浮いていました。おねえちゃんの魔法でしょう。おとうさんは寝袋というものを用意しています。


「ああ、メル。寝る時はどうする? 一人で……」

「おとうさんと寝る」

「あ、うん。分かった」


 せっかく一緒に寝ることができるのです。別々だなんて認めません。

 寝袋はテントの奥側に用意されました。メルの希望通り、二つ並んでいます。おねえちゃんの寝袋は入口側のようです。

 寝袋はなんだか薄い布団のようでした。おとうさん曰く、丸くしたり広げたりできる、とのことです。ほら、というおとうさんの視線の先を追えば、おねえちゃんは丸まっていました。芋虫みたいでちょっとかわいいです。


「メルもあっちの方がいいか?」

「んー……」


 ちょっとだけ考えて、そして結論はすぐに出ました。


「今のままでいい」

「そうか? ならこのままだな」


 まるまるのもいいですが、今はお布団がいいです。理由は単純です。

 もぞもぞ寝袋のお布団に入ったおとうさんに続いて、メルも入ります。そのままおとうさんの側へ。おとうさんに体を寄せると、おとうさんは少し驚いていたみたいですが、すぐに仕方ないなと笑ってくれました。


「えへへ。おとうさん」

「うん」

「おとうさん」

「おう」

「えへへー」

「まったく」


 メルがおとうさんのお腹にぐりぐり頭をこすりつけると、おとうさんはそのあたたかい手で撫でてくれます。メルはその心地良い温もりに身を委ねて、まぶたを閉じました。


   ・・・・・


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