34 キャンプ
川遊びを終えてテントに戻ると、アイリスが鍋をかき混ぜていた。メルの小さな鼻がぴくぴくと動く。その香りに覚えがあったのだろう、メルは顔を輝かせると、
「カレー!」
その声が聞こえたのか、アイリスが顔を上げた。メルを見て、次に修司を見て、そして何故か一瞬で目を逸らされた。不思議に思うが、気にせずに走って行くメルへと続く。
「アイリスおねえちゃん! カレー!?」
「ん。カレー。テーブルにお皿を置いてるから、持ってきて」
「うん!」
お手伝い、と嬉しそうに言いながら、メルは側のテーブルへと駆けていく。そこで、ようやく修司は首を傾げた。
ここを離れる時はテントしかなかったのは間違いない。それなのに、いつの間にかテーブルと椅子が並んでいる。木製の、シンプルな造りのものだ。どこかから借りてきたのかと聞いてみると、アイリスは首を振って、
「取り出した」
「ああ……。なるほど。え? テーブルとか椅子まで持ってたのか?」
「ん。他にもいろいろある」
「そ、そっか……」
空間魔法というのは、修司の想像以上に便利そうだ。また同じことがあれば、もっと遠慮無く頼んでもいいかもしれない。
「ところで、ケイオスは?」
「知らない」
「え? ああ、そっか……。いや、ならいいんだけど……」
口調は普段通りなのだが、何故か雰囲気が刺々しい。よくよく見れば、アイリスは少し機嫌が悪そうだ。何か、口論でもしたのだろうか。やはり二人きりにしたのは失敗だったかもしれない。
「アイリス。明日は三人で行くか」
「ん……? せっかくの親子水入らずなのに」
「まあ、うん。俺は構わないし、多分メルも大丈夫なはずだ。メルに聞いてからになるけど」
「私はいいよ?」
いつの間にいたのか、修司の真後ろにメルが立っていた。持ってきたお皿をアイリスに渡し、にっこり笑顔で続ける。
「おねえちゃんも一緒だと楽しそう!」
「そう……? それじゃあ、うん……。一緒に行く」
そう言ったアイリスの表情は、珍しく微かに笑っていた。
アイリス特製のカレーライスがテーブルに並んですぐに、ケイオスが戻ってきた。ケイオスが現れてすぐにアイリスが睨み付けているので、やはり口論でもあったのかもしれない。二人に会話をさせるとまずい、と考えて、修司がケイオスへと話しかける。
「どこに行ってたんだ?」
「森の中を散策していた。人間の喧噪の中よりは落ち着くぞ」
森の中ということは、このキャンプ場では立ち入り禁止区域になる。だがそれをこの男に言っても無駄だろう。見咎められなければ良し、と思うしかないかもしれない。
ケイオスも戻ってきたので、カレーを食べ始める。一口目を食べたメルは、美味しい、と感想を告げてから勢いよく食べ始めた。その様子にアイリスもどことなく嬉しそうだ。
「ケイオスは明日はどうする?」
仕方ないとはいえ、明日はケイオスを一人残していくことになる。それはそれで心配になるというものだが、さて、どうするか。
そうしてケイオスから返ってきた答えは、
「昼寝だな。気が向いたら散策にでも行くかもしれんが」
失礼だとは思いつつも、どこのおじいちゃんだと思ってしまう。ご近所さんにいそうな過ごし方だ。だがこちらとしては助かるので、止める必要はないだろう。
「そっか。分かった。俺たちは三人で出かけることになるけど……」
「かまわん」
それだけだった。本当に何も気にしていないらしい。
その後はメルが川での出来事を楽しそうに話すのを聞くだけになった。
夕食のあとは、のんびりとした時間を過ごすことになる。テレビなどは持ってきてないので、本当にやることがない。メルを膝の上にのせて、メルの言われるがままに頭を撫でてやっている。
「おとうさん、空がきれいだよ」
「ああ、そうだな。あの町からだと見れないな」
頭上には数え切れない星が輝いている。普段は例え快晴だとしても見ることができない光景だ。メルはその星空を、じっと見つめている。
「やはり星空も違うものだな」
ケイオスの声。そちらへと視線を向ければ、ケイオスも缶コーヒーを片手に同じものを見つめている。ちなみに缶コーヒーはカフェオレだ。ブラックは飲めないらしい。
「それじゃあ、星座とかも違うのかな」
「せいざ? なんだそれは」
ケイオスが怪訝そうに眉をひそめ、修司は予想とは違う反応に困惑してしまう。お互いに黙ってしまった二人の代わりに、メルが口を開いた。
「あのね、おとうさん。あっちには星座なんてないんだよ」
「そうなのか」
「うん。えっとね、ケイオスさん。星座っていうのはね……」
そうして始まるメルによる星座講座。ただしテレビか何かで見た内容をうろ覚えで語っているのか、所々でつっかえている。その辺りは修司が補足していき、十分ほどで簡単な説明を終えた。
「ふむ。こちらの人間は不思議なものを考えるな。なるほど星座か。理解した」
ケイオスが再び視線を上げる。星空を眺め、しばらく眺め、そして一言。
「わからん」
「ああ、うん。大丈夫だ。正直俺も分からない」
「メルもー」
星空を見ただけで星座が分かるほど、修司も詳しくはない。北斗七星など、その辺りの有名どころは知っているが、それでも満天の星空から探せるほどでもない。
「きれいだからいいの」
「はは。それもそうだな」
ぎゅっとしがみついてくるメルの頭を撫でながら、修司は笑って頷いた。
分からなくても、知らなくても、特に問題はないものだ、と。
ただ、アイリスだけが難しい顔をして自分たちのことを見つめていたことだけは気になった。
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ではでは。