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いつの間にそんな関係を持っているんだと言いたくなるが、メルとよく一緒にいるのだから自然とそうなったのかもしれない。もしかすると、本当に母親候補として認識されているのではなかろうか。それは少し困るのだが。
「じゃあ、えっと……。道具と料理、移動手段はアイリスに任せる。食材はケイオス。場所選びと必要な道具、食材の書き出しは俺だな。……アイリスの負担が大きくないか?」
「気にしなくていい。いつもお世話になってる。そのお礼」
「そうか……? ならお言葉に甘えるよ」
若干の申し訳なさを感じるが、かといって代わることもできない。せめて料理ぐらいは手伝いたいものだ。
「私も何かてつだう!」
ぴょこぴょこ飛び跳ねながらアピールするメルに、思わず修司とアイリス、ケイオスが頬を緩める。ただ、今回は初めてのキャンプということで、メルにはたっぷり遊んでほしいところだ。そう言うと、メルはしょんぼりと俯いて小さく頷いた。
「あー……」
何か役割が欲しいのだろう。少し考えて、
「よし。俺と一緒に朝ご飯を作ろうか。あとは、周囲の警戒。一緒に外を見回りだ」
もちろんこれは建前で、メルを遊びに連れ出すための口実だ。これならメルも文句など言わず遊んでくれることだろう。
果たしてメルは笑顔になると、嬉しそうに頷いた。
「うん!」
「よし。それじゃあ悪いけど、協力よろしく」
修司がアイリスとケイオスにそう言うと、二人は任せてくれとばかりに頷いてくれた。
・・・・・
「だめ?」
「う……」
「どうしても、だめ?」
「ううう……」
現在、アイリスは窮地に立たされています。場所は施設の玄関です。早朝にシュウから予約したキャンプ場なる場所の地図と行き方を教えてもらい、修司が寝てからさあ行こうというところでした。靴を履いたところで、メルが待ったをかけてきたのです。
曰く、一緒に行きたい、と。
あまり我が儘を言わないメルの我が儘なので聞いてあげたいところではあります。ですが、勝手に遠出に連れ出してしまうと、後々シュウに怒られそうです。授業参観を勝手に見に行ったことはメルのおかげもありお咎めなしになりましたが、さすがにこれはだめだと思うのです。
「あ、あのね、メル。ちょっと遠いし、やっぱり危ないし……」
「アイリスおねえちゃんがいれば、大丈夫だよね?」
「うぐ……」
そう言ってもらえると嬉しいです。それに愛し子であるメルなら間違っても危険な目には遭わないでしょう。ですが、それとこれとは話が別です。ばれるとアイリスが怒られるのです。
上目遣いに見つめてくるメルと、今にも視線に負けてしまいそうなアイリス。強敵です。魔王よりもよほど強敵です。
しばらくその膠着状態が続き、やがて助けが現れました。二階から院長先生が下りてきたのです。今後の計画と魔法のことについて知っている院長先生は、アイリスとメルの二人の様子を見て全てを察したようでした。そして、口を開きました。
「俺が責任を持ってやる。メルを連れて行ってくれ」
メルに対する助けでした。アイリスは頬を引きつらせて、言います。
「いや、でも、やっぱり……」
「もちろん交通費はこちらで出すし、修司にばれたらこちらで責任を持つぞ」
「ん……」
交通費を出してくれるなら有り難いです。それに、シュウへの口添えも助かります。けれど。
「あまりこういう機会はないんだ。頼むよ」
院長先生に頭を下げられて、アイリスは小さくため息をついて頷きました。
メルを連れて、アイリスは駅へと向かいます。一緒に行く条件として、アイリスの手を放さないことを付け加えました。きゅっと、メルはアイリスの手を握っています。
駅で切符を購入して、改札を通ります。電車に乗って、何度か乗り継ぎをして。いつの間にか寝てしまったメルをだっこしつつ、のんびり電車に揺られます。
五時間ほど電車に揺られて、目的の駅にたどり着きました。
駅の周辺は田園地帯でした。少し遠くに山が見えていて、その山にキャンプ場があるそうです。
メルの体を揺らして起こすと、いつの間にか変わっていた周囲の景色にメルは驚いているようでした。
「おねえちゃん、どれぐらい乗ってたの?」
「五時間ぐらい?」
「え……。あ、あの、ごめんね……。重たかったよね……?」
「大丈夫。メルはとても軽いから」
ただの少女ならともかく、アイリスは魔王とすら渡り合うことができる勇者です。メル一人ぐらい、どれだけでも抱えていられます。そう言ってあげると、メルは安堵の吐息をついていました。
メルをもう一度抱き上げて、念のために誰にも見られない場所で姿を消して。そうしてから、アイリスは走り始めました。
メルを抱えているとはいえ、それなりに本気で走ればあっという間にキャンプ場に到着しました。夏休みに入って間もない時期ではありますが、すでにいくつかのテントを見つけることができました。一人だけの大人もいるようですが、やはり子連れが多いようです。
予約についてはシュウがやってくれているはずなので、アイリスはこの場所をしっかりと覚えることに専念します。メルは興味深そうにきょろきょろと周囲を見ていますが、探検には行かないようです。曰く、おとうさんと行くからいい、とのことでした。ちょっとだけシュウが羨ましくなります。
「メル。近くにシュウがいないから、今のうちに聞くけど」
「なあに?」
「シュウには、いつ話すの?」
何を、とは言わないでおきましたが、メルは察したようです。途端に苦しそうに顔を歪めました。
「私と魔王はもう無理矢理メルを連れて行こうとは思ってない。もちろんできればどちらかの庇護下に入ってほしいけれど、無理強いはしない。でも、だからこそ、いずれエルフが来る」
「…………」
メルは押し黙ったまま俯いてしまいました。言いにくいことだとは分かっていますが、けれど、アイリスは続けます。
「その前に、メルの口から話してあげてほしい」
でないと後悔するよ、と最後に言えば、メルは泣きそうになりながらも頷きました。
「ん。それじゃあ、帰ろう」
「うん……。お願いします」
「お願いされた。では……。てんいー」
気の抜けた声が、静かなキャンプ場の空気を揺らして。誰かが振り向いた時には、すでに二人とも姿を消していました。
・・・・・
壁|w・)てんいー。
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