29 授業参観
修司は、かつて通った小学校の廊下を、感慨深いものを感じながら歩いていた。目指すはメルのクラスだ。
今日は参観日。子供たちの学校生活の様子を見ることができる、数少ない機会だ。修司としても、ずっと楽しみだった。
普段から、メルはとても楽しそうに学校での様子を話してくれる。そのため、いじめなどの心配はしていないが、それでもずっと気になっていた。
メルは、この近辺ではまず見ることのない金髪だ。子供というものは、外見のちょっとした違いからいじめをしてしまうものだ。少々偏見があるかもしれないが、きっとさほど間違っていないものだと思っている。
と、そんな言い訳じみたことを考えているが、けれどもやはり大丈夫だとは分かっている。何かあれば、施設の子が報告してくれるはずだ。
考えているうちにメルの教室にたどり着く。まだ休憩時間なので教室もやはり騒がしい。
教室に入ると、子供たちが一斉にこちらを見た。大勢の子供が落胆しているのが分かる。自分の親を期待していたのだろう。その中で一人、瞳を輝かせるのは、
「おとうさん!」
メルが嬉しそうに声を上げて、こちらへと駆けてくる。すでに到着していた保護者たちがざわついているが、気にしない。元気よく突撃してきたメルをいつものように抱き留めて、やさしく頭を撫でてやる。
「来たよ、メル」
「うん! うれしい!」
ぐりぐりと頭をこすりつけてくるメルに苦笑しつつ、ほら、と背中を軽く叩く。みんな見てるぞ、と小声でつぶやけば、メルは慌てたように顔を上げた。さっとメルが周囲を見るので、修司も視線だけで教室を見回す。多くの視線がこちらを向いていた。
「あう……」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にするメル。その様子に和みながら、メルへと言う。
「俺は後ろで見てるからな。がんばれ」
「うん!」
メルが自分の席へと駆けていく。修司はそれを見送ってから、教室の後ろに立った。
しばらくその場で待っていると、保護者の一人が声をかけてきた。短い黒髪にスーツ姿の男だ。
「失礼。あの子のお父さんですかな?」
「ああ、はい。そうです」
「これは驚きました。お若いですね」
「ええ、まあ。義理ですから。あの子も俺も、施設出身ですよ」
この近辺で施設といえば、あの児童養護施設のことになる。男もそれが分かっているのだろう、はっと息を呑むと、申し訳なさそうに顔を伏せた。
「それはまた、失礼しました」
「いえ、気にしないでください。俺もメルも、そんなこと気にしませんよ」
喜んで語るようなことはさすがにないだろうが、聞かれた程度では何とも思わないだろう。それでも気を遣ってしまうというのももちろん分かるつもりだ。いつものことだから。
「ちなみに、どちらのお父さんですか?」
修司が聞くと、男は慌てたように、
「ああ、申し訳ない。自己紹介がまだでしたね。山田です。あの子の父親ですよ」
そう言って山田さんが示したのは、メルと一緒に話すなのちゃんだった。思わず目を丸くする修司に、山田さんが言う。
「娘がいつもお世話になっています。クッキーも」
「あ、いや……。こちらこそ。これからも是非よろしくお願いします」
「いえいえ。こちらこそ、ですよ」
なのちゃん、みいちゃんは施設を除くと、メルと最も仲の良い二人だ。そのお父さんに挨拶できただけでも、今日は来た価値があったというものだ。
山田さんも同じことを考えていたようで、しかも父親同士ということもあって、とても話をしやすかった。
山田さんの娘自慢を聞いている間に、時間になった。おなじみのチャイムが鳴り、先生が教室に入ってくる。若い女の先生だ。
それと同時に、駆け込みで入ってくる保護者二人。何気なくそちらを見て、修司は絶句した。
アイリスとケイオスだった。
「今は何も言うまい……」
修司は呆れながら、視線を前へと戻す。視界に入ったメルも二人を見て、固まっていた。気持ちは分かる。
メルと視線が合う。修司が肩をすくめると、メルは小さく頬を膨らませた。修司に怒られても困る。まさか来るとは思っていなかった。
あとで問い詰めるぞ、という念を込めて二人を睨めば、勇者と魔王は揃って目を逸らした。どうやら少しは悪いと思っているらしい。
もう一度内心でため息をついて視線を戻す。先生は勇者と魔王の二人を怪訝そうに見ていたが、修司が小さく頭を下げると施設の関係者だと察してくれたらしい。笑顔で頷きを返した後、授業が始まった。
修司から見たメルは、一言で言えば甘えん坊だ。おとうさんおとうさんと、いつもくっついてくる。撫でてあげたり、だっこしてやれば、それだけで嬉しそうに笑ってくれる。
なんとなくだが、愛情を確かめているような、そんな様子に見える。
周囲から見たメルは、修司には分からない。修司がいればいつもくっついてくるから。だから院長にどうなのか聞いてみると、良くも悪くも良い子だそうだ。
メルは自分に向けられる視線というものを気にしているらしい。嫌われないように、良い子を演じているとのことだ。
そしてそれは、修司も時折感じていることでもある。
メルは甘えん坊だが、我が儘は少ない。何か食べたいものがあるかと聞けばちゃんと答えるが、逆に自分から何かが欲しい、と言うことはほとんどない。例えばコンビニに買い物に行ったとしても、修司から聞かなければお菓子を持ってこようともしない。何か欲しいものがあれば持っておいで、と言えば、喜んで持ってくるのだが。
メルはまだ七歳だ。正確な誕生日は分からないので六歳かもしれない。ともかく、まだ幼い。小学校低学年、まだまだ我が儘を言うものだと思うのだが。修司としては、我が儘放題はさすがに困るが、メルはもっと我が儘を言うべきだと思っている。
おそらくだが、あの子は周囲から、特に修司から嫌われないようにと思っているのだろう。あんな幼い子が、だ。その原因が自分かどうかは分からないが、我が儘を言わせることができないということに少しだけ情けなさを感じている。
ぼんやりと、授業風景を眺める。この日の授業はいわゆる道徳というもので、生徒たちが順番に作文を読み上げている。お母さん、お父さんについての作文だ。
そう言えばメルも何か書いてたな、と思い出しながら、メルを見る。他の子の作文を真剣な様子で聞いている。
他の子の作文を聞きながら思うのだが、これは親にとってかなり恥ずかしいものではなかろうか。今も、顔を真っ赤にしている保護者が多い。怒りではなく、羞恥で。メルの番はまだだというのに、修司も少し恥ずかしくなってきた。
少しだけ緊張しつつ待っていると、やがてメルが立ち上がった。
「わたしのおとうさん!」
メルの読み上げが始まった。
結論を言えば。恥ずかしいなんてものではなかった。羞恥で死ぬかと思った。
メルの作文は長かった。とても長く、そしてべた褒めだった。保護者の皆様から修司に注がれる生暖かい視線がそれはもう辛かった。
あまりにも長いので要点だけまとめれば。
急に現れた自分を受け入れてくれた優しいおとうさん。深夜に働いているのにいつも自分のことを構ってくれる素敵なおとうさん。よく買い物に連れて行ってくれる大好きなおとうさん。えとせとら。こんなことが続いた。ひたすらに。
「いやあ、愛されてますなあ」
山田さんがにやにやと笑いながら小声で言う。修司は頬を引きつらせながら、
「はは……。恥ずかしいですね、これ。死にたい」
「誰もが通る道ですよ」
山田さんは二人目なので慣れているとのこと。羨ましいと言うべきなのか、どうなのか。
ふとドア付近にいるケイオスを見れば、こちらもにやにやと意地悪く笑っていた。こいつらは本当に何をしにきたのだろうか。
壁|w・)メルの作文は、気が向いたら短編で出すかも……?
今回は周囲の目が多すぎるため異世界組は大人しいです。仕方ないね。
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ではでは。