25 遠足
こっそりとメルから聞き出した遠足の日になりました。シュウは元気よく手を振るメルを見送ってからベッドに潜っています。そのシュウがしっかり眠ったことを確認してから、二人は行動に移しました。
「魔王。お金は?」
「用意したとも。抜かりはない」
「ん。同行を許可する」
「許可など必要ないが、感謝する」
民家の屋根の上に、勇者と魔王がいました。家族みんなで登校する様子を眺めています。
アイリスは白銀の鎧を身に纏っています。同色の銀の髪が風に揺れ、神秘的に見えることでしょう。対する魔王は漆黒のローブ。こちらは禍々しさを感じます。
二人にとっての、戦装束です。当然ながらとても目立ちますが、けれど通行人は誰も二人に目を向けません。まるでそこに誰もいないかのようです。
事実、今二人の姿は見えなくなっています。体を透明にする魔法です。戦いの時は風の流れ諸々が隠せずに意味のない魔法になるのですが、こうして子供の遠足を尾行する程度なら問題ありません。
「…………。おい、勇者。今、愛し子がこちらを見なかったか?」
「見た。間違い無い。気付いてる」
どうやらメルにも通用しないようです。一瞬だけこちらを見たメルの顔は、仕方ないなあ、と呆れているような顔でした。少しだけ情けなくなるのは何故でしょう。
「もし、愛し子から父上殿に話をされてしまった場合、どうなる?」
「怒られる。……やめる?」
「はっ! ここまで来てやめるものか! たかが人間の怒り、怖くともなんとも……」
「愛し子のお父さんを怒らせるって、なかなか怖いことだと思う」
「…………」
ケイオスの顔が引きつりました。魔王にとっても恐ろしいことのようです。
「い、いや! 問題ない!」
「ん。さすがだね、魔王。じゃあ行こう」
未だ怯えたままの魔王を連れて、勇者は愛し子の後を追いました。
・・・・・
いつもと違う、遠足用の、可愛らしいピンク色のリュックサックを背負っているメルは、隠れて着いてきている誰かさんたちにすぐに気が付きました。魔法で姿を消しているようですが、メルには通じないのです。
正確に言えば、メルも姿は見えません。ですが、感覚として、そこにいると分かるのです。おそらく神様が何かしちゃっているのでしょう。着いてきている二人と神様にちょっぴり呆れながらも、メルは気にしないことにしました。
学校にたどり着いたメルが教室に入ると、仲の良い子たちがすぐに気付いて声をかけてくれました。
「おはよう! メルちゃん!」
「おはよう!」
「うん! おはよう!」
今日もみんな元気です。メルもにっこり笑顔です。
ちなみにメルはよく五人で行動しますが、そのうち二人はこのクラスで、もう二人は別のクラスで、そして同じ施設の子です。最初はメルに友達ができるかと心配して一緒にいてくれていたようなのですが、いつの間にか五人一組になりました。
クラスの友達は、一人は活発な子のみいちゃん。もう一人はちょっと内気な、なのちゃんです。
「遠足だね! 大きな公園らしいけど、どんな公園かなあ」
みいちゃんが、見て分かるほどにわくわくしています。メルはなのちゃんと顔を見合わせ、苦笑いです。
みいちゃんは男の子と混ざって遊ぶほどに活発です。そして当然ながらそれにはメルたちも巻き込まれます。今日もなんだかそうなりそうです。
「メルちゃん、あかりちゃんとあずさちゃんは?」
あかりとあずさというのが、別のクラスにして同じ施設の、家族にして友達の子です。メルはちょっとだけ考えて答えます。
「えっとね、バスから降りたら合流するって言ってたよ」
「そうなんだ。公園、楽しみだね」
「だね!」
大きな公園。それだけで心躍ります。お父さん曰く、ちょっとした山にある公園で、大きくて長い滑り台があるとのことでした。楽しみです。
三人で話していると、すぐに先生が教室に入ってきました。みんなが席について、そして全員いることを確かめて、そうして出発です。
バスは学校の裏手側にある、車通りの少ない、けれど大きな道路にとめられています。一クラス一台のバスで、三台のバスがありました。
そのうちの一台にみんなで乗り込みます。できればみいちゃんかなのちゃんと一緒に座りたいところですが、座席は二人がけなので諦めます。メルは仲良し二人組に混ぜてもらった立場なので、こういった時は別の人と座ることにしているのです。
二人は、そんなの気にしなくていい、と言ってくれます。けれどやっぱり、仲良し二人は仲良しでないといけないのです。
というわけで。メルは先生の隣に座ります。先生は嫌な顔をせずに温かく迎えてくれました。
ここでも全員がいることを確認して、出発です。
メルは先生に譲ってもらった窓際の席で、流れていく景色を楽しみます。以前乗ったバスと同じで、何もしなくても勝手に動いて景色が流れていく、というのはすごいことだと思います。
ふと建物の屋根を見ると、二人が走っている、というのが何となく分かりました。屋根の上をバスを追って走る二人組。姿が見えていたらきっと大問題になっていたでしょう。テレビに出ていたかもしれません。それはそれで楽しそうです。
「メルちゃん。もう学校には慣れた?」
先生が聞いてきて、メルは先生へと向き直って笑顔で頷きました。
「うん! 慣れた! 楽しい!」
「そっか。良かった。何かあったら、いつでも言ってね?」
先生がメルの頭を撫でてくれます。その手が気持ち良くて、メルは頬を緩ませました。
バスに揺られること一時間。バスは山にある大きな公園にたどり着きました。駐車場からみんなで移動します。
公園にはたくさんの遊具がありました。そのどれにも、係員らしき人がいます。みんなが怪我しないように守ってくれているようです。
公園の奥にお父さんたちが言っていた滑り台がありました。大きい、本当に大きな、そして長い滑り台です。山の斜面を上手に使った滑り台で、ぐねぐねしたコースになっています。楽しむためにはちょっと歩かないといけませんが、それでもそれだけの価値はありそうです。
壁|w・)のんびりまったり遠足、開始なのです。
異世界組が留守番なんてできるはずがなかった……。
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ではでは。