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 修司の言葉を理解したメルがぱっと顔を輝かせ、抱きついてくる。そのメルを抱き上げて、優しく撫でてやる。頬ずりしてくる愛娘はとてもかわいい。どうだ、羨ましいだろう。


「勇者……。お前、こんなことをずっと続けていたのか……」

「ん……。罪悪感との勝負になる。覚悟しておくといい」

「ぬう……。よもや人族に気を遣う日がくるとは……」


 二人が何か言っているが、気にすることでもないだろう。


「さて、どうせだから昼飯でも行くか。二人はどうする? 一緒に来るか?」


 修司が二人へと問うと、少し悩んだ素振りを見せたものの、二人とも頷いた。それじゃあ、と二人を連れて歩き始める。向かう先は幼馴染みの店だ。


「ところで魔王。名前は? 名前ぐらいあるだろ?」


 よくある異世界の小説では、魔族の名前には特別な意味がある時も多いが、例えそうだとしても魔王なら関係ないだろう。あちらの世界のことはまた機会があれば聞くとして、今は魔王のことだ。これから何度も会うことになるのなら、名前ぐらい知っておきたい。


「ああ。ケイオスだ」

「それはまた……。らしい名前だな……」


 こちらの世界の意味と同じものかは分からないが、魔王らしい名前だと思う。彼らに通じているかは分からないが。

 魔王ケイオスはそうだろうと頷きながら、


「しかし少し女っぽい名前であることは残念にも思う。名付けてくれた両親には申し訳ないがな」

「…………。そうですか」


 どうやら魔族の名前は人間のそれとは変わりないようだ。それ以上に、魔族にとってケイオスは女にも使える名前らしい。判断の基準が分からない。


「似通ってるけど、かちかんの違いは多いよ」


 そう教えてくれたのはメルだ。メル曰く、人族も魔族もエルフも、妙なところで価値観が違うらしい。いずれ詳しく聞いてみたいものだ。

 そんなことを考えながら、幼馴染みの店へと急いだ。




 友人の喫茶店のドアを軽く叩く。するとすぐに、開いてるよ、と誠の声が聞こえてきた。少し呆れながらも、ドアを開けて中に入る。

 カウンターで本を読んでいたらしい誠は修司たちを見て、そして次に最後尾のケイオスを見て、訝しげに眉をひそめた。本を閉じて、ケイオスを観察し始める。


「何用だ?」

「いや、僕が聞きたいんだけど。初めて見る顔だね。シュウたちと一緒に来たってことは、そっちの関係者かい?」

「魔王だ」

「……はい?」


 短く答えた修司に、誠が目を丸くする。誠はしばらくまじまじと魔王を見つめていたが、やがて小さな苦笑を浮かべた。どうやら考えることをやめたらしい。


「いや、もう今更だね。勇者が探しに来たんだから、魔王も来るよね当然だね。で? ハンバーガーかい?」

「四人前。よろしく」

「はいはい。少し待ってて」


 軽く手を振って奥の厨房へと消える誠。修司はカウンター席に座ってから、魔王にも座るように促した。


「とりあえずケイオスは俺の隣だ。いいよな?」


 頷く魔王、そしてなぜか戦慄の表情を浮かべるアイリス。


「知らなかった……。シュウはそっちの人だったんだ」

「待て。どうしてそうなる。アイリスに気を遣ったつもりだったんだけど」

「うん。分かってる。ありがとう」

「…………。調子狂うな……」


 修司の隣にメルとケイオスが座り、メルの逆隣にはアイリスが座る。

 さて、と修司は他の三人の顔色を窺う。いつもなら、こうして待っている間は雑談に興じるのだが、メルがいつもより大人しいためか、静かなものだ。


 メルは、少しだけ困っているのが分かる、作ったような笑顔。おそらくこれは、何を話して良いのか分からない、というものだ。ケイオスの生活も趣味も分からないので、仕方ないとも言える。

 アイリスの方は、最初より警戒は緩んでいるが、それでもケイオスを見る視線は鋭いままだ。いざケイオスが誰かを襲っても、すぐに対処するつもりなのだろう。ないとは思うのだが。

 そしてケイオスは、興味深そうに室内を見回していた。何となく、子供っぽく思えてしまう。


「何か気になるものでもあるのか?」


 試しにそう聞いてみれば、ケイオスはいや、と首を振って、


「物珍しいだけだ。こちらの世界の建物に入るのは初めてだからな」

「ああ、なるほどね」

「ところで父上殿。俺はこの世界の金を持っていないのだが……」

「ああ、別にいいよ。今日ぐらいは。まあ、今後ともよろしくってことで」

「そうか。感謝する」


 小さく頭を下げてくるケイオスに、修司は苦笑しながら手を振った。どうにもこそばゆい。相手はこれでも魔族の王だ。その王様に、頭を下げさせているというのは、いろいろと問題があるような気もする。

 例えば、アイリス。頭を下げている魔王を見て目をまん丸にしている。普段が無表情のせいで、少し新鮮だ。


「ああ、でも、明日からは知らないからな。自分でどうにかしてくれ」

「無論だ。心遣い、感謝する」


 再び頭を下げるケイオス。もしかしてこいつ、アイリスをからかっているのではないだろうか。

 そしてまた静かになる。大した話題でもなかったので、続かせることはできなかった。

 そう思っていると、


「ケイオスさん」


 メルがケイオスを呼んだ。


「む……。何だ?」

「あのね、魔族の国って行ったことなくてね。魔族の人って部族で見た目が違うって聞いたけど、ほんと?」

「興味があるのか? そうだ。人に近しい姿の者もいれば、まるきり違う者もいる」

「へえ……」

「気になるなら是非とも我が国に……」

「魔王」


 じっとりと。アイリスがケイオスのことを睨み付ける。ケイオスは意地の悪い笑顔を浮かべて、


「なんだ? 無理な勧誘といったものはしていないが?」

「む……」


 ケイオスが提案しようとしたのは、おそらく移住ではなく観光だろう。観光なら問題はないかもしれないし、修司としてもそこまで禁止するつもりもない。むしろ、本当に観光だけで終わるなら修司も一度行ってみたいほどだ。

 日常ではなく非日常を、現実ではなく幻想を求める。今の日本人、特に若い者には多いかもしれない。異世界ファンタジー。修司もちょっとした憧れはある。

 もっとも、異世界の人間と知り合って、以前ほどの憧れはなくなってしまったが。


「できたけど……。なんだい、この空気」


 盆を持って厨房から出てきた誠に、修司はほっと安堵の吐息を漏らした。


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ではでは。

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