19 メル
壁|w・)いつもの文字数だとちょいときりが悪すぎるので、今回はいつもより長めです。
修司の膝の上にお行儀良く座り、おかわりをもらったオレンジジュースを幸せそうに飲むメルを撫でる。そんな修司を、誠と奏が見つめていた。
「シュウ。そろそろ教えてもらえるかな? この子と、その子のこと」
誠が示したのはメルとアイリスだ。修司がアイリスを見ると、アイリスはいつもの無表情で淡々と告げる。
「任せる」
それはつまり、どこまで話すかも修司に委ねるということなのだろう。それならば、修司が話すことは、全てだ。
「誠。奏。信じられないかもしれない。荒唐無稽の話だと思うかもしれない。それでも、聞いてほしいことがある」
修司がそう切り出すと、誠と奏は姿勢を正した・
「本当に、にわかには信じられない話ね……」
全てを聞き終えた奏の最初の言葉がそれだった。そうだろうなとは思う。修司も、唐突にこんなことを話されると正気を疑う。
だが、それでも。
「それで? 僕たちは何をすればいいんだい?」
「できる限りは協力するわよ」
この二人なら、信じてくれると、信じていた。
「ああ、うん。今すぐに何かはないけど、どうしても俺の仕事が夜勤だからさ。もし俺がいない時に何かあったら、頼めないかなと思って。あと、俺が寝てる間も。いつも気を遣ってるのか、起きるまで待ってくれてるから」
話を聞いていたのだろう、メルがもぞもぞと動いて顔を上げた。
「お仕事、大事だよ?」
「ああ、うん。いつも助かってるよ」
義理とはいえ父親をしている立場としては、娘にこんなことを言わせるのはとても心苦しい。その気持ちを察したのだろう、誠と奏は笑いながらメルへと言う。
「メルちゃん。ここまでの道は覚えたかな?」
「うん! おぼえた!」
「すごいわね。まあ、最初は施設の人に付き添ってもらいなさい。シュウが寝てる間、遊びに来てもいいわよ」
「ほんとに?」
「もちろん」
「わあ! ありがとう!」
嬉しそうに破顔するメルと、釣られたように笑う誠と奏。
「ねえ、メルちゃんお持ち帰りしていい?」
「…………。なんか一気に不安になってきたんだけど」
「いや、その、あれだよ。僕が責任を持つから。責任を持って止めるから」
そう言って、笑い合う三人を。
アイリスはどこか遠いものを見るような瞳で見つめていた。
「意図は?」
喫茶店からの帰り道。疲れたのか船をこぐメルを抱いている修司へと、アイリスが聞いてきた。
「何がだ?」
「今になってさらに人を巻き込んだことについて。話す必要はなかったと思う」
「人に任せておいて文句言うなよ」
苦笑しつつも、大したことじゃないけど、と前置きしておから、
「避難先と、アイリスでも頼れる先を増やしておこうかなと」
「私でも?」
アイリスは意味が分からないといった様子だ。確かにあの二人を頼る状況などあまり考えられないだろう。だが、あの二人は院長とは別の方面で強い味方になる。
「もし、何らかの事情で仕事を失ったりとか、そういった金銭面で困ることがあれば、あの二人を頼るといい。きっと助けてくれる」
「ん……? 頼れるとは、思えないけど……」
「喫茶店はともかく、奏の方は金を持ってるからな」
あの喫茶店は利益をあまり上げていない。それでもああして続けていられるのは、奏のおかげだ。
奏は株をやっている。しかもかなり成功している。何となくで稼げてしまえる、と聞いた時は修司も頭を抱えたものだ。
それなら自分でもできるだろうと修司と誠も始めて、二人して大損して奏に呆れられたのは院長にすら言えない秘密である。
「ともかく、何かあったら遠慮するなよ」
「ん……。ありがとう」
「ああ。……まあ俺も結局人頼みなのが情けないけどなあ……」
まともな職を探さないとだめかな、と修司がため息交じりに零せば、アイリスは小さく首を傾げていた。
・・・・・
雨が降り続ける日のことです。学校から帰ってきたメルがお部屋をのぞくと、おとうさんはぐっすり眠っていました。起こさないように赤いランドセルを机に置きます。
このランドセルはおとうさんが買ってくれました。つい先日、喫茶店からの帰り道に、雨具と一緒に買ってもらったものです。小柄なメルの体にはまだまだ大きいランドセルですが、とても気に入っています。
静かにランドセルから宿題を抜き取ると、もぞりとベッドから音がしました。振り返ると、おとうさんが上半身を起こしていました。静かにしていたつもりでしたが、起こしてしまったようです。
「あー……。おはよう、メル……。おかえり」
「ただいま、おとうさん。まだお昼過ぎだよ?」
「あー……。うん……」
「だから、おやすみなさい」
「おー……。おやすみ……」
ぱたり。ぐう。あっという間に再び寝てしまいます。きっと疲れているんでしょう。それでも、帰ってきていることに気づいておかえりを言ってくれるおとうさんが、メルは大好きです。
「えへへ……」
にまにま。機嫌良く笑いながら、宿題と、そして雨具を持って階段を下ります。そうして玄関に向かえば、そこでアイリスおねえちゃんと院長先生が待っていてくれました。
「お待たせ!」
「ん。シュウはまだ寝てる?」
「うん。ぐっすり。でもちょっと起こしちゃったけど……」
「それぐらい気にすんな。それじゃあアイリスさん、メルのことを頼む」
「ん。任せて」
靴をはいて、持ってきた雨合羽を着ます。猫のフード付きの雨合羽です。最初は、定番だからとカエルの雨合羽の予定だったのですが、メルが猫の雨合羽に一目惚れしたのでこれになりました。
小さいかばんに宿題を詰めて、おねえちゃんと一緒に出かけます。目的地はあの喫茶店です。
ぱちゃぱちゃと、時折見かける水たまりを踏みながら歩きます。この音がなかなか楽しいのです。
おねえちゃんとは、あまり会話はありません。ただ、気まずいというわけでもありません。無口な性格なだけのようです。
そう思っていたのですが。
「メル」
今日は珍しく話しかけられました。
「なあに?」
「楽しい?」
何が、とは言ってくれません。ですが、何となく分かります。だからちゃんと答えます。
「うん。楽しいよ。学校も、この世界での生活も」
「ん……。そっか」
おねえちゃんが何度か頷いています。どうやらそれだけを聞きたかったようで、それ以上は何も言ってくれませんでした。
喫茶店に到着です。外の席には、やはり雨のためでしょう、誰も座っていません。普段なら、優しいおばあちゃんが座っています。いつもあめ玉をくれるおばあちゃんですが、雨の日は会えないのでちょっと残念です。
喫茶店の扉を開けて中に入ると、こちらには数人のお客さんがいました。誰かと話していたり、すまほというものを使っていたり、ケーキを食べていたりと様々です。
共通しているのは、メルを見るとみんなが頬を緩めることです。何なのでしょう。
「ああ、いらっしゃい、メルちゃん」
にっこりと。カウンターの奥にいる誠さんが笑ってくれました。
誠さんの誘導で、すでに定位置になってしまったカウンターの隅の席に座ります。ちなみに雨合羽は、お店に入る直前に魔法で乾かして、綺麗に畳んでいます。不思議に思っている人もいるかもしれませんが、見られなければセーフです。
メルは早速かばんから宿題を取り出します。隣でホットココアを飲むおねえちゃんに見守られながら、早速宿題に取りかかりました。
宿題は三十分ほどで終えることができました。いくつかの算数のプリントと文字の書き取りだけなのでとても楽です。おとうさん曰く、高学年になったらもっと色々出てくるのだとか。ちょっと楽しみです。
宿題を終えたら、おやつの時間です。誠さんがチョコレートケーキのお皿を置いてくれました。
「どうぞ」
「ありがとう!」
いただきます、と手を合わせ、フォークを手に取ります。ぱくりと一口。濃厚な甘さが口の中に広がって、とても幸せな気持ちです。
へにゃりとメルが相好を崩すと、誠さんは満足したように頷きました。
この喫茶店に来るようになってから、こうしておやつをもらうようになりました。最初は遠慮していましたが、誠さん曰く食べて貰わないと捨てることになると言われて、受け取りました。
その帰宅後におとうさんに相談したところ、遠慮無くもらって構わない、とのことでした。姪っ子にお菓子をあげてる気分なんじゃないか、ということです。よく分かりません。
そんなわけで、今では毎日もらうようになっています。楽しみになってしまっています。ちょっとだけ反省してそう言うと、何故か誠さんは喜んでいました。
「アイリスさんの分もあるよ」
「ん。もらう。いくら?」
「いつも言ってるけど、別にいいよ?」
「私まで払わないわけにはいかない」
「真面目だなあ……」
そんなやり取りが隣から聞こえてきます。おねえちゃんも同じものを食べるようです。
おねえちゃんは好き嫌いはないそうですが、甘いものは大好きだそうです。あちらの世界では砂糖は高級品だから、手軽に食べられて嬉しいと言っていたのを覚えています。
おねえちゃんはいつも無表情ですが、ケーキを食べるとほんのちょっぴり、頬が緩んでいます。気づいているのはメルだけのようなので、その笑顔を見るのがメルだけの楽しみです。
ケーキを食べ終えたら、ごちそうさまをして帰ります。誠さんだけでなく、このためだけに下りてきた奏さんやお客さんたちに笑顔で手を振られて、おねえちゃんと一緒に施設に帰ります。施設に帰り着くと、おねえちゃんは帰ってしまいます。ちょっとだけ仕事をするのだとか。
その後は以前と同じように遊んで、お手伝いをして、起きてきたおとうさんに挨拶をして。
今日もとても楽しい一日でした。
壁|w・)ひっそりと第二話終了だったりします。
次は魔王様来訪です。