18 喫茶店
どれほど待っていただろうか。
最初は楽しみに待っていたメルも、今では修司の膝の上でぐっすりだ。時折アイリスがこちらを羨ましそうに見てくるので、にっこり笑顔を浮かべておく。撫でるぐらいならいいぞ、と言ってみれば、遠慮無くとアイリスの手が伸びた。ゆっくりと愛おしげにメルの頭を撫でる。
「ふわふわ……。やっぱりメルはかわいい」
「ああ。全力で同意するよ」
整った寝息を立てるメルを二人で見守る。そうしていると、背後に誰かが立ったのが分かった。
「あんた、いつの間に結婚なんてしてたの?」
「してないから」
返事をしながら振り返る。そこにいたのは、ショートカットの黒髪に鋭い目つきをした女だ。年は修司の一つ下で、現在は誠と一緒に暮らしているはずだ。名前は奏。修司と誠を含めた三人グループのリーダー格だったりもする。
「初めまして?」
アイリスがぺこりとお辞儀をすると、奏はアイリスをじっと見つめ、そして言った。
「なにこの子かわいい。お持ち帰りしたい」
「それさえなければなあ……」
思わず頭を抱えたくなる。誠の苦労が忍ばれるというものだ。
奏はかわいいものが大好きで、ぬいぐるみはもちろんのこと、男の子も女の子もかわいければとりあえず愛でる。なお、当然ながら性的趣向というわけではない。
「あたしは奏。あんたは?」
「ん……。アイリス。よろしくね」
「無口クール! かわいい! ねえ、ぎゅっとしていい?」
「え? あの……。い、いいよ?」
「じゃあ遠慮なく!」
本当に一切の遠慮無くアイリスに抱きつく奏。アイリスは修司へと視線だけで助けを求めてくるが、こればかりは修司にもどうしようもない。誠を待つべきだ。
「ほんっとかわいい! シュウ、どうしたのよこの子。彼女?」
「いや。ちょっとした知り合い、かな?」
口で説明するのは難しい関係だと改めて思う。幸い奏は気にした様子もなく、ふうんと流してくれた。
「お待たせ。あと、おはよう、奏。ハンバーガー、食べるかい?」
タイミングよく誠が戻ってきた。誠の持つ盆の上には、できたてだろうハンバーガーが五つ載っている。そのハンバーガーを一瞥して、奏は頷いた。
奏はそのままアイリスの隣に座る。誠はカウンターの奥で立ったままだ。
「メル。ご飯だ。起きろ」
メルの体を揺すると、メルが小さく欠伸をして目を開けた。目をこすろうとしたので、それをやんわりと止める。むう、とメルは不満そうだが、目をこするくせはない方がいい。
「なに、その子」
奏の声。どうやらメルには気が付いていなかったらしい。メルも奏に気が付いて、首を傾げている。こちらは知らない人相手にどうすればいいのか困っている、といったところだろうか。
「ああ。俺の娘のメルだよ」
「初めまして!」
最初の挨拶は大事だ。普段からそう教わっているからだろう。にっこり満面笑顔の挨拶だ。思わずだらしなく頬が緩む。よくできましたと褒めてあげたい。
「すっごくかわいい! ねえ、お持ち帰り……」
「あ?」
だから、冗談だと分かっていても少しだけ頭にきて声が低くなってしまったのは仕方ないことだと思う。
「あ……。じょ、冗談だから……」
「シュウ。落ち着け」
誠に窘められて、はっとに我に返る。悪い、と奏に謝れば、奏は首を振っただけだった。
「でもその様子を見ると、その子がシュウの娘っていうのは本当なんだね。親はその子?」
アイリスを見ながら誠が言う。アイリスが首を振ると、おや、と誠は首を傾げた。修司を見て、アイリスを見て、次にメルを見て。ふむ、と腕を組む。
「まあ確かに、髪の色からして違うけど……。どちらかと言えば、母親似じゃないかな?」
「だからアイリスは母親じゃないって。あと、食うぞ?」
「ああ、どうぞどうぞ」
一先ず話はご飯を食べてからだ。せっかくの作りたてのハンバーガーが冷めてしまうし、何よりメルの視線がいつの間にかハンバーガーで固定されてしまっている。親が話しているから食べるのを我慢している、というのが手に取るように分かってしまう。
「ほら、メル」
修司が促してやると、メルは顔を輝かせた。
「いただきます!」
手を合わせて、食べ物に感謝をこめて。教えたことをしっかり覚えてくれていて、修司としてはそれだけでも嬉しいものだ。
メルのハンバーガーは他のものより少し小さめに作られている。メルの口の大きさに配慮してくれたらしい。大きく口を開けて、かじりついて。ゆっくりと、しっかりと噛んで食べて。
「おいしい!」
そうしてから言われたメルの感想。とても短く、ありきたりなものだったが、誠はとても嬉しそうだ。誠はその言葉で十分らしく、それは良かったとこちらも笑顔になっている。
さて改めて、修司も食べることにする。
誠が作るハンバーガーは修司の好物の一つだ。ほどよく焼かれてぱりぱりとした食感が楽しめるパンに、レタスなどの野菜がたっぷりと入っている。ハンバーグは厚めの大きさで、噛むと肉汁があふれ出る。チーズはほどよく、けれどしっかりととろとろに溶けていて、こちらも食感を楽しませてくれる。
「やっぱり美味しいな……。来て良かった」
「誠のハンバーガーは世界一よ」
「褒めすぎだよ」
誠は苦笑しているが、修司も、そしておそらく奏も本気で思っている。ただ問題があるとすれば。
「シュウ」
アイリスの声。どうした、と隣を見ると、途中まで食べたハンバーガーを睨み付けるように見つめているアイリスがいる。その表情に、誠が不安そうな表情になった。
「その、口に合わなかったかな?」
恐る恐る問いかける誠に、アイリスは首を振った。
「すごく美味しい。でも、そのせいで他のハンバーガーが食べられなくなる。これを食べると、あの安いお店に行けなくなる」
「ああ、まったくだ」
「よく分かるわ」
修司と一緒に奏も頷いた。比較する方が悪いとは思うが、けれどやはりこれを味わってしまうと、あの安いハンバーガーは食べようとは思えなくなってしまう。
全員がハンバーガー食べ終えたところで、今度は食後の休憩だ。誠が持ってきてくれたオレンジジュースを皆で飲む。メルとアイリスはとても楽しみにしながら口をつけたが、すぐに少しだけ期待外れ、といった顔をしていた。
きっとオレンジジュースもすごく美味しいものだ、とか期待していたのかもしれない。それを察した修司と誠、奏は揃って苦笑した。残念ながらオレンジジュースは市販品だ。
壁|w・)今日はここまで。
……ハンバーガーしか食ってない……!?
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ではでは。