12 遊園地
トランポリンの次は観覧車だ。その大きな施設を、メルは口を半開きにして見上げている。
「これもメリーゴーランドと同じで速くないけど、どうする?」
「乗る!」
「うん。だよな」
さっそく受付を済ませ、ゴンドラの一つに乗り込む。しっかりと鍵をかけてもらってから、メルは窓にかじりついた。ゆっくり、ゆっくり上がっていく。メルは無言で外の景色を見つめている。予想以上の食いつきに、思わず修司の頬が緩む。
「その様子だと、あっちの魔法に空を飛ぶ類いのものはないんだな」
「あるよ」
「あるのかよ」
ならどうしてそんなに楽しそうなのか。不思議に思っていると、メルが教えてくれた。
「あるけど、難しい魔法だよ。せいぎょに失敗すると真っ逆さまに落ちちゃうの。そんな危険な魔法は覚えなくていいって言われたし、誰かに頼んでも危ないからだめだって言われちゃって」
「なるほど。じゃあ、こんなに高い景色は初めてかな」
「うん。すごい。魔法みたい」
「はは。そっか」
のんびりのんびり。ゆっくりゆっくり。景色が動いて、上っていって。メルはその景色を、飽きることなく見つめている。
そのまま半分ほど進んで、真上まで来たところで、メルが口を開いた。
「おとうさん」
「ん?」
「迷惑じゃ、ない?」
何を、とは聞かなかった。聞かなくても、分かる。だからこそ思う。何を今更言っているのかと。
「迷惑じゃないよ」
「本当に?」
メルが振り返る。そのまま、修司の瞳を見つめてくる。じっと、まっすぐに。メルの瞳の奥に、淡い光が宿っていることに気が付いた。何となく、そんな光があるかも、という程度の淡さだ。
「おとうさん」
真剣な声で、メルが聞く。修司は小さく喉を鳴らし、そして言った。
「迷惑じゃない。最近はメルのおかげで楽しいしな。俺はメルのこと、好きだぞ」
そうして頭を撫でてやる。メルは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに満面の笑顔になった。何らかの憑き物が落ちたような顔だ。メルは修司へと駆け寄ると、抱きついてきた。
「おとうさん、だいすき!」
「なんだよ急に。まったく……」
「えへへ……」
もしかしたら、今の問いはメルの過去に何らかの形で関わっているのかもしれない。しかし、修司には全く分からないことだ。情報があまりにも少なすぎる。
今は、メルが安心してここにいられるならいいだろう。そう考えて、修司は甘えてくるメルの頭を撫で続けた。
その後も修司とメルは一通りのアトラクションを楽しんだ。メルは動きのあるアトラクションが好みらしく、逆にお化け屋敷などは不評だった。これは怖いからというわけではなく、何が怖いのか分からない、つまりは何が楽しいのか分からないという理由のためだ。お化け役の人には本当に申し訳ないことをしてしまった。
昼食は遊園地内のレストランだ。少々値は張ったが、いつもとは違うご飯にメルはご満悦だった。食べたものはパエリアだ。作るには手間のかかるもので、二人が暮らす施設ではまず作らない。メルは気に入ったようなので、近場のレストランで食べられる場所を探しておこう。
そうして夕方。まだ名残惜しそうにするメルを連れて、修司は帰りの電車に乗っている。椅子に座って、メルを膝の上にのせて撫でていると、いつの間にかメルは眠っていた。
そのことに気づいた修司はどうしたものかと一瞬考え、まあいいかと寝かせておくことにする。愛娘の寝顔はいいものだ。
そうしてふと気が付けば。修司のいる車両には二人以外に誰もいなくなっていた。
「あれ……?」
帰宅ラッシュ、の時間では確かにないが、それでも学校帰りや仕事帰りの人はちらほらと見かけられる時間だ。少なくとも、席がこれだけ空いているのに誰もいないというのはあり得ない。事実、目をこらして隣の車両を見てみれば、それなりの人数が乗っていることが分かる。
何故か、この車両には誰もいない。
どうしてかと考える間もなく、唐突に、目の前に誰かが立った。
「ん?」
その目の前の誰かを見る。黒いフードつきのパーカーを着た、セミロングの銀髪に青い瞳の少女だ。外人さんかな、と思うのと同時に、その銀髪には見覚えがあった。
一ヶ月ほど前、町中で見かけた少女だ。たった一度見ただけだったが、他に見ない髪色なので自然と記憶に残っていた。
「あー……。何か用か?」
とりあえず声をかけてみる。少女は小さく頷くと、じっとメルのことを見た。
「寝てる」
「え? まあ、うん。遊園地に行ってきたからな。疲れてるんだろう」
「そう」
会話終了。なんだこれは。どうすればいい。
一人混乱しつつある修司だったが、次の言葉に完全に思考が停止した。
「遊園地。私も見てた。私たちの世界にはないものだった」
「……っ!」
つまりは、この少女は、メルの世界の住人ということだ。
何故、そんな人間がここにいる? 何をしにきた?
知らず知らずのうちに全身が強張る。魔法のある世界の住人だ。荒事になれば、メルを守り切れるとは思えない。
そんな修司の内心を知ってか知らずか、少女は無表情に修司を見つめている。修司と、そしてメルを。
その視線に気づいたのかは定かではないが、メルがわずかに身じろぎして、目を開けた。
メルの目が少女へと向く。お互いに見つめ合う二人。修司が、電車の扉が開いた瞬間に駆け出すつもりになったところで、
「あれー? 勇者のおねえちゃん。どうしたの?」
そんな、メルの間延びした声。
「え? 勇者?」
思わず目の前の少女を見る。少女は修司を一瞥して、小さく頷いた。
「自己紹介、忘れてた。ごめんなさい。アイリス。一応、聖剣に選ばれた勇者、らしい」
「はあ……。これは、どうも……。西崎修司だ。えっと、この子の保護者です」
「じこしょーかい! メルティアです! おとうさんの娘です!」
「うん。知ってるよ、メル。おとうさんは分からないけど」
もう何がなんだか分からない。勇者って何だ。本当にそんなものがいるのか。
混乱する修司の目の前で、目の前の少女が、アイリスが言った。
「迎えに来たよ、愛し子様」
アイリスがそう言った直後、メルの顔に拒絶の色が浮かんだのを見て、とりあえず修司は思った。
この勇者は敵だ、と。
壁|w・)今日はここまで。
ちなみに補足ですが、『淡い光』は洗脳とかじゃないのでご安心ください。
ようやく登場勇者ちゃん。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。