11 バスと電車
まずは施設の最寄りのバス停からバスに乗る。この時点でメルは瞳を輝かせていた。
「バス! 自動車!」
「あー……。そっか。メルは車に乗るのは初めてなのか」
「うん!」
買い物などのお使いは職員を含む複数人で徒歩で行く。今まで車は見たことはあっても乗るのは初めてなのだろう。見てわかるほどにわくわくしている。思わず頭を撫でると、メルはきょとんと首を傾げた後、嬉しそうに抱きついてきた。
しばらく待つと、バスがやってきた。一般的な市バスだ。座席数は少ないが、通勤ラッシュも終わった後のためか座ることはできそうだ。
メルの手を引いてバスに乗る。修司が乗車券を取ると、メルもその真似をして取っていた。ここの市バスは小学生は無料だったはずなので必要ないのだが、降車時に言えばいいだろう。
「わあ……」
それほど広くない車内だというのに、メルは何が楽しいのかそれはもう顔を輝かせている。あっちこっちに視線を投げては、乗り合わせた人に手を振られている。メルも元気いっぱいに手を振り返していて、なんだか見ていてほっこりする。
「ほら、メル。あそこの席が空いてるから座るぞ」
「うん、おとうさん!」
後ろの空いている席に座る。二人がけの椅子だ。メルを窓際に座らせると、早速窓の外の景色に見入っていた。
『えー。発車します』
不意に、車内に聞こえる男の声。おそらく気を利かせてくれたのだろう。
バスが走り始める。ゆっくりと流れ始める外の景色。わあ、とメルが歓声を上げる。
「すごい! すごい! すごい!」
何がすごいのやら。窓にはりついてはしゃぐメル。見ているこちらも楽しくなってくる。
バスでこれなのだから、遊園地でも楽しんでもらえそうだ。
十分ほどバスに揺られてから、最初の目的地である駅が見えてきた。
「メル。そのボタンを押して」
「これ?」
メルが手を伸ばして赤色の降車ボタンを押す。するとブザーが鳴って、メルは体を跳ねさせた。思わず噴き出しそうになるのを必死に堪える。
実は駅のバス停が一先ずの終点になるのでボタンを押さなくても止まるのだが、メルの反応を見たかったので押させてもらった。
「お、おとうさん! これなに!?」
「うん。次で下りますっていうボタンだよ。これを押さないとバスはどこまでも走るからな。忘れないようにな」
「そ、そうなんだ……。気をつける」
バスを降りて、次は駅に向かう。この町の駅はこぢんまりとした駅で、売店すらもない。無人の改札になっていないだけましかもしれないが。
切符を買って、改札に通す。それだけでメルははしゃぐ。ちょっとおもしろい。
「がしゅって! びゅって! とおってった!」
「うん。そうだな」
「そのあとすぐに出てきた! すごい!」
「あはは……。ちなみに、下りる時は切符は出てこないから、気をつけてな」
「はい!」
素直で良い返事だ。うちの子はやっぱりかわいい。
メル曰く、電車もやはりテレビなどで知ってはいるようだが、乗るのは初めてとのことだ。
ホームに入ってくる電車は青く塗装されたもの。電車が止まり、ドアが開くとメルがまたはしゃぐ。いい加減慣れてきた。
メルの手を引き、電車の中へ。やはり平日でラッシュも終わっているためか、人は少ない。余裕を持って座ることができた。
「外の景色を見るのはいいけど、靴は脱ぐように。あと、人が多くなったらお行儀良く座るんだぞ」
「うん!」
早速靴を脱いで、外の景色へと体を向ける。メルの目がすごく輝いている。よほど楽しいらしい。
「さっきよりも速い!」
おそらくバスのことだろう。あれに比べると速いのも当たり前だ。
そうして電車に揺られること三十分。ついに目的地になる駅に到着した。
遊園地は駅からだとすぐそこだ。歩いて三分程度でたどり着く。
出る時の改札でまたはしゃぐメルの手を引いて、ついに二人は遊園地にたどり着いた。
遊園地の入口は少し大きめの門になっている。その門で待ち構えているのは、この遊園地のマスコット。犬のような姿のそれに、メルは大はしゃぎだ。
「わあ! おっきい! かわいい! もふもふ!」
人が少ないのをいいことに、マスコットに抱きつくメル。マスコットも他に相手がいないためか、しっかりと相手をしてくれている。メルを抱きしめている。メルの笑顔はかわいいのだが、少しだけ嫉妬も覚えてしまう。マスコットに対して抱く感情にしてはおかしいのだろうが。
満足したのかメルが離れて、マスコットもぺこりとお辞儀をして。そんなマスコットに、メルは笑顔で言った。
「暑いのにご苦労様です! 頑張ってください!」
「……っ」
凍り付くマスコット。当然だろう、こんな小さい子に面と向かって、中の人がんばれ、なんて言われるとは思っていなかったに違いない。修司もびっくりだ。
「おとうさん?」
メルに呼ばれて、我に返る。販売所で今日限定のフリーパスを購入して、早速中へと入った。
予想通りと言うべきか、やはり客は少なかった。少ないだけでそれなりにはいたが、これならあまり順番待ちはせずに済みそうだ。なので、順番にアトラクションに向かうことにする。
最初はメリーゴーランド。メルの希望で、馬の乗り物に修司がまたがり、その前にメルを乗せる。動き始めるとメルは最初は楽しそうだったが、すぐにテンションが下がっていった。どうやらこれはあまりお気に召さなかったらしい。
「だって、同じ景色ばっかりだし。上下に動いて回るだけだったから……」
妙なところで現実主義というべきか。マスコットの時も思ったが、いまいち琴線が分からない。
次にジェットコースター、は身長制限にひっかかった。その隣の、小さな家に入る。ここには大きなトランポリンがあった。安全を考慮してか、あまり弾まないようになってはいるが、それでも子供にとっては十分だろう。
実際、これはメルも楽しめたようで、トランポリンで何度も飛び跳ねていた。他の子供とも仲良くなり、トランポリンの上で鬼ごっこなんて始めている。逃げる方も追いかける方も弾んで転げて、皆楽しそうだ。
「子供は元気だなあ……」
思わず修司がつぶやくと、
「いやあ、全くですな」
隣からの声。見ると、中年程度の男だった。その男が言う。
「どちらのお子さんの……あー……お兄さんですかな?」
「あの金髪の女の子です。あと、一応父ですよ。まあ、義理ですけど」
「おや、それは失礼しました。……深くは聞かないでおきましょう」
「そうしてください」
曖昧に笑う男二人。二人の視線は自分たちの子供へと。はしゃいで走り回って飛び跳ねて、せわしないことこの上ない。結局トランポリンで一時間以上も遊んでから、次のアトラクションに向かった。