99 帰宅
犬の魔法で修司たちは日本に戻ってきた。こちらでもすっかり夜が明けていて、施設に戻ると警察も幾人か来ていた。意味が分からずに首を傾げて、メルを見た皆が騒ぎ始めたところで、ようやく思い出した。そう言えばメルの行方不明は大きな騒ぎになっていたな、と。
「メルちゃん!」
職員さんや子供たちが集まってくる。メルは驚いたように目を丸くしたまま、職員さんに抱きしめられてしまった。
大勢の人が集まってくる。施設の人だけでなく、騒ぎを聞きつけたご近所さんも。それだけ、メルはこの町に受け入れられていたということだ。自分の娘のことながら、少しだけ誇らしい。
一歩離れた場所で見守っていると、院長がこちらへと歩いてくるのが目に入った。院長は騒ぎの方を一瞥しただけで、修司へと口を開いた。
「無事に見つかったようだな」
「ああ。一応は、だけどな。アイリスとケイオスはしばらく戻ってこれないみたいだ」
「ふむ……。そうか。その二人は無事なのか?」
「え? ああ、うん。紛らわしかったな。あの二人も無事だよ。あっちの世界でやることができただけだ」
寂しくなるな、という院長の言葉に、修司は苦笑いで頷いた。騒がしくて、時に迷惑にも感じていた頃もあったというのに、いざ会えなくなると思うと、ぽっかりと胸に穴が空いたような気分になる。
「まあ、今は寂しく思ってる場合じゃないな。警察になんて説明するかなあ……」
「ふむ。そうだな。そこからだな」
色々と追求されそうだ、と頭を抱えながらも、こういった苦労も悪くないと思えてしまった。
・・・・・
施設の自分の部屋で、メルはおとうさんの膝の上で、プリンを食べています。
あの大騒ぎのあとは特に何もなく、メルは二年生に進級しました。このプリンは進級のお祝いとしておとうさんが買ってくれたもので、なんと一個千円もする高級プリンです。とてもなめらかですごくおいしいです。
問題のあるエルフたちもいなくなったためか、今はもうとても平和です。のんびりまったり、おとうさんと一緒に暮らしています。
ただ、アイリスおねえちゃんやケイオスさんと会えないのは、とても寂しく思えてしまいます。元気、でしょうか。もしかしたら今も、戦っているかもしれません。けれどきっと、神様がどうにかしてくれているはずです。
のんびりとテレビを見ながらプリンを一口。とっても甘いです。
「おとうさん」
「ん? どうした?」
「あーん」
「え? いや……。あーん」
ちょっと遠慮したみたいでしたが、おとうさんはメルが差し出したプリンを食べました。メルも満足です。おいしいものはみんなで食べる方がおいしいのです。
「俺の娘が良い子すぎて辛い」
「なあに?」
「なんでもないぞー」
おとうさんが頭を撫でてくれるので、素直に甘えます。おとうさんに体を預けて、メルはのんびりプリンを食べるのです。とても幸せな時間です。
「おとうさん」
「ん?」
「あのね。もしも私があっちに行きたいって言ったら……。一緒に来てくれる?」
大人になるまで時間はもらいましたが、メルはいずれあっちに行かないといけないと思っています。種族などの問題とか、そういったこともないとは言えませんが、それよりも。あそこはメルの故郷で、やっぱりあのまま放っておくことなんて、できないのです。
でも。そう思っていても。おとうさんの温もりを手放すなんてこと、できるはずもなく。それならおとうさんと、と思ってしまうのは、我が儘でしょうか。
ちょっとだけどきどきしながらおとうさんの顔色をうかがうと、おとうさんは優しく微笑んで、メルの頬に手を触れました。
「もちろんだ。メルがその選択をしたなら、俺もついていくよ。……時折里帰りぐらいはできるかな?」
「おねえちゃんたちが行き来してたぐらいだから、大丈夫だと思うよ」
「それなら問題ないな」
おとうさんにも家族がいます。この施設の人や誠さん、奏さんといったたくさんの人たちです。もちろんメルもみんな大好きなので、里帰りする時は一緒にしたいと思います。できれば、月に一回、いえ二週間、いややっぱり週に一回……。とにかく、たまには帰ってきたいのです。
「まあ、何があろうと、メルが嫌がらない限りは一緒にいるよ」
「うん。ありがとうおとうさん」
「おう」
おとうさんがぎゅっとしてくれるので、メルも甘えるためにすり寄ります。
この世界に来て一年。色々なことがありました。全てが良いことではありませんが、それでもこの世界に来て良かったと、胸を張って言えます。
きっとこれからも、楽しい日々が待っていることでしょう。メルはおとうさんの温もりを感じながら、これからの日々に思いを馳せて目を閉じました。
・・・・・
メルが二度寝に突入したことを確認して、修司は薄く苦笑した。明日からまた学校が始まるので今日はたくさん遊んであげたかったが、寝てしまったのなら仕方が無い。お昼ぐらいに起こしてあげればいいだろう。
起こさないように気をつけて、ベッドに寝かせてやる。メルの頬を撫でて、修司は淡く微笑んだ。
メルが来て一年。異世界のことに巻き込まれはしたが、概ね充実した一年だった。メルが来るまでは何もやる気が起きずバイトしかしていなかったが、メルが来てその生活は一変してしまった。
もちろん、そのことについて不満があるわけではない。メルと過ごした一年は、騒がしくもあったが、とても楽しい一年だった。メルは修司に甘えてきてお礼なんて言ってくるが、修司こそ今ではメルが支えで、お礼を言いたいぐらいだ。
これからもメルを中心に騒がしい生活になるのだろうと考えながら、修司は立ち上がる。部屋の電気を消して、ドアを閉めた。
「ああ、修司。ちょうどいい」
院長の声。振り返ると、院長が階段を上がってくるところだった。
「なに?」
「お客さんだ。お前と、あとメルに。だがとりあえず、お前だけ話を聞いてこい」
「は? まあ、いいけど」
意味が分からない。分からないが、またメル関係だろう。
メルとアイリスの動画については、結局放置という形に落ち着いた。誘拐があったばかりだからか警察が頻繁に見回りしているのもあるし、時折視線を感じる以上の実害がなかったためだ。
メルは人前で魔法を使わない。それが良かったのだろう。魔法さえなければ、メルは耳が少し尖っているという特徴があるだけの、ただの子供だ。まだしばらくはエルフっぽい子供がいるという話題は残っているだろうが、それもいずれ別の話題やニュースに埋もれて忘れられていくことだろう。
事実、すでに視線も少なくなっている。これは警察の努力もあるかもしれないが。
しかし時折、直接施設を訪ねてくる人もいる。曰く、メルを引き取りたいと。まあ当然ながら拒否なのだが。多くの場合、修司という父親がいると知ると帰っていくのでそれも実害というほどではない。今回もその類いだろう。
そう思って玄関に向かうと、そこにいたのはしっかりとしたスーツを着た男だった。
「霧崎さん、でしょうか。初めまして。私、こういう者です」
男が恭しく名刺を差し出してくる。今までにない態度で少しくすぐったい。修司は戸惑いながらも、名刺を受け取る。名刺のマナーなんて知らないので、とりあえずどうもと両手で受け取っておいた。
名刺には、修司ですら知っている芸能事務所の名前と、男の名前と肩書き。
「え」
唖然と固まる修司へと、男は笑顔で言った。
「失礼ながら、件の動画を拝見致しまして。どうでしょう、アイドルに興味はありませんか?」
そんな、言葉。
「…………。え?」
思考が追いつかない。ひたすらに、混乱。
どうやら、エルフがいなくなっても、まだまだ騒がしい日々が続きそうだ。
引きつった笑顔を浮かべながら、修司は頭の片隅でそんなことを思っていたのだった。
壁|w・)最後は遊びすぎたような気がしないでもない。
次話からは『アイドルデビュー編』が始まります。冗談です。ないです。
次話はエピローグです。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




