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長い間抱き合っていた親子は、やがてメルがもぞもぞと動いたことで離れた。地面に下ろしてもらったメルは、真っ直ぐに修司の元に戻ってくる。
「おとうさーん」
「ああ、うん。おかえり」
メルが嬉しそうに抱きついてくれて、修司としてもそれは嬉しいのだが、それはそれとして、ディーネがこちらを思いっきり睨んできている。嫉妬が怖い。そんな性格だったのかお前は。
「仲直りはいいことだね。うん」
犬が一匹だけで納得している。それが妙に腹立たしい。
「それじゃあ、ディネルース。君はこれから、エルフの里に帰りなさい。そこで、ここであったことを、しっかりと説明して。二度とこんなことが起こらないように」
「畏まりました」
ディーネが膝を突いて恭しく頭を下げる。ディーネはエルフの里に戻るようだ。では、メルはどうするのだろうか。ディーネとの確執はなくなったようだが。
「それで? メルはどうするの?」
犬がメルへと聞いて、メルは、
「え? おとうさんと一緒に帰るよ?」
何の迷いもなく即答した。してくれた。嬉しい。とても嬉しいのだが、そこのお母さん、殺意のこもった目で睨まないでくれ。
「いいのかな? 今ならエルフの里でも、不自由なく暮らせるなずだよ」
「おとうさんと一緒がいいの」
ぐりぐりとメルが頭をこすりつけてくる。かわいい。かわいいが、殺気がすごいことになっている。生きて帰れるのか不安になってくる。
「それに、お友達もいるから」
「あ……」
ディーネの殺気が霧散した。そしてすぐに自嘲気味に笑う。当然ね、と肩をすくめると、ディーネは犬へと頭を下げた。
「では、私はエルフの里へ向かいます」
「うん。送ってあげる。忘れ物はない?」
「はい。大丈夫です」
「ではでは」
犬が前足でぺちりと地面を叩くと、ディーネの足下に魔方陣が広がった。ゆっくりと、その光が強くなっていく。
「おかあさん。またね」
メルが小さく手を振る。ディーネは目を見開くと、すぐに柔らかく微笑んで、手を振って、
そうして、ディーネの姿は光と共に消えてしまった。
ディーネを見送った後は修司たちだ。修司とメルは一緒に日本に帰るのだが、アイリスとケイオスは一度自分の国に戻るとのことだった。エルフの脅威がなくなったことを報告するらしい。
「ということは、すぐに戻ってくるんだな」
いつものやつか、と修司が納得しかけると、しかし二人は同時に難しい表情になった。
「何とも言えない」
「エルフの脅威がなくなれば、それこそ愛し子を勧誘しているのは我ら二人だけだ。だが一年近くかけて成果がない以上、この先もうまくいくとは思えない、となるだろう」
「ん。そうなると、それならあちらに魔王がいない間に攻めてしまえ、となる可能性が高い」
「あー……。なるほど」
良くも悪くも、二人は相手国への抑止力でもあるわけだ。片方しかいなければ、あっという間に情勢が傾くのだろう。それなら二人で協力して平定できないのかとも思うが、
「それはそれでまた問題なんだよね」
犬がそれを否定した。
犬曰く、もともとこの世界は人族と魔族がそれぞれ領土を巡って争っていたらしい。小国が小国を潰しあう泥沼の様相だったとのことだ。ある日、比較的大きくなっていたどこかの国が、それではだめだと考えて、その結果、共通の敵を作り、団結を図った。
それが、人族にとっての魔族であり、魔族にとっての人族というわけだ。
「つまり、和平しちゃうと、また以前の戦争状態に戻りかねないんだよ。それならまだ、お互いに狭い場所で小さく戦争している方がましなの」
「ましって……。それで死ぬ人もいるだろ。その言い方は……」
「言いたいことは分かるけど、こればっかりはどうしても、ね。私も口を出してるわけじゃないから、いずれこの世界が答えを見つけてくれることを期待してるよ。それまでは、二人に頑張ってもらうことになるけど」
犬がアイリスとケイオスへと視線をやる。二人そろって苦々しい表情を浮かべていた。
「この二人が先頭で戦っていれば、とりあえずは被害は最小限にすむ、かな」
「あー……。面倒なことになってるなあ……」
戦争なんてやめて、話し合いで解決すればいいのに、とは思うが、それで解決できるならこんな戦争なんてやっていないだろう。地球でも、未だに紛争は絶えないし、日本も今は平和だが、この先何かに巻き込まれないとも言い切れない。どこに行っても、争いはなくならないらしい。
「無理矢理解決することはできるけど」
不意に犬がそう言って、全員が犬を見た。犬は、じっとメルを見つめている。
「もしもメルにその気があれば。よければ、私の代弁者として立ってもらいたいなって。世界の統治なんてしなくていい。大きな争いが起きないように、見ているだけでいいよ」
「えと……」
メルが不安そうに修司を見上げてくる。修司はメルを撫でて、犬へと口を開こうとして、
「あ、でも、今はまだいいよ。まだまだ君は子供だからね。大人になってからの話。子供に全てを背負えなんて言うつもりはないし、やるとしても、全ての責任を私に押しつけていいから。ただ、私が直接出ると、色々と問題があるってだけの話なの」
神様にもルールがあるんだよ、と疲れたような犬の声。意外と苦労しているのかもしれない。
「それは、今すぐ答えないといけないことか?」
「いや、別に。だめならだめでまた何か考えるから。あっちで学校を卒業する時に、進路の一つとして考える程度でいいよ」
犬とすれば、引き受けてくれるなら助かるかな、という程度のものらしい。むしろ断られる前提でいるとのことだ。その程度なら、修司も言うことはない。この先、大人になってからのことを考えるのはメルの意志だ。
そうして納得しかけた修司だったが、メルは少しだけ不満そうだ。いや、メルだけでなく、アイリスやケイオスも顔をしかめている。三人の様子を修司が怪訝に思っていると、アイリスが小さくため息をついた。
「ん……。シュウはよく分からなくて仕方ないと思う。ただ、神様。少しずるいよ。それは、拒否権がほとんどない」
「どういうことだ?」
「ん。メルは、ハイエルフ。ある程度成長したら、そこで止まる。地球にエルフなんていない以上、いずれこの世界に戻ってこないといけない。そしてこの世界でも、一切成長しないというのは、あり得ない。選ばせているようで、選択肢なんて存在しない」
「うわ。気付かなかった」
そう言ったのは、他でもない犬だ。この世界の神も性格は悪いのかとも思ったところだったので、その犬の反応に思わず面食らってしまった。修司だけでなく、アイリスたちまで固まっている。
「ああ、なるほど、そうなるのかあ……。そこまでは考えてなかったよ。どうしようかなあ……」
「ええ……」
思わず絶句してしまう。メルだけが、仕方ないなあ、とばかりに苦笑いだ。
「うーん……。うん。メルが卒業する時に、その辺りも考えるよ。普通の生活を望むなら、どんなことをしてでも叶えてあげる。約束するよ」
犬がそう言うなら、きっと本当にどうにかすることだろう。それは信用できる気がする。この神様は、メルを絶対に裏切らないはずだ。
ともかく、それらは全てメルが成長してからの話であり、まだまだ先のことだ。今すぐどうにかできる問題でもない。
そう話を終えて、そろそろ行く、とアイリスが言った。
「まあ、うん。できるだけ早く、そっちに行けるようには、する」
「うむ。一年ほど戦えば、また業を煮やしたやつらが愛し子を求めたりもするだろう。しばらくは行けないだろうが、またいずれ、だ」
二人とも、日本に来る意志はあるようだ。きっとこの二人なら、メルとも仲が良いことだし、きっといずれ来てくれることだろう。
「おねえちゃん。ケイオスさん。また来てね。約束、だよ?」
メルが二人へと言う。二人は苦笑しながらも、約束だと頷いて、転移していった。
それを見送った犬が一言。
「約束か。守らせよう」
自分は何も聞いていなかった。そういうことにしておいた。
壁|w・)設定の羅列!
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ではでは。




