厚生労働省秘密査察部
「厚生労働省秘密査察部ですか?」
飛騨亜礼は黒いスーツ姿で名刺を見ながら、ちょっと呆れている。
「そうです」
長い黒髪、切れ長の目、八頭身のすらっと長い美脚に黒色のミニスカスーツ姿である。
たまに脚を組み替える仕草が目に毒だ。
薬師御言という名前らしい。
査察部長という肩書である。
「秘密組織なのにこんな名刺があって、しかも、こんな人が一杯の場所で俺に用件を切り出すつもりですか?」
そこはネット小説投稿サイト<作家でたまごごはん>の京都本社事務所だったりする。
そこの応接セットで面談中なのだが、運営リーダーのメガネ君、運営総監督という名誉職についた神楽舞が興味深げに聞き耳をたてていた。
「お茶をどうぞ」
織田有楽斎の子孫で茶道を極めた織田めぐみが薬師御言に宇治茶を出した。
お茶菓子に京都の老舗和菓子屋さんの葛餅が添えられていた。
「まあ、うちの部署はいわゆる窓際部署で形だけの報告書が欲しいだけなの。全く内容は期待してなくて、できれば、何も問題はなかった的な報告書があると助かります。お役所仕事で申し訳ないけど、親会社の〈カレイドスコープ〉には話をつけてるので、よろしくお願い致します」
上級公務員にしてはかなりぶっちゃけすぎだが、飛騨の勤務するIT企業<カレイドスコープ>的には美味しい話なのだろう。
「とりあえず、仕事は受けます。調査次第ですが、内容や仕上げは相談して、またご連絡します」
飛騨も大人の対応をした。
そして、薬師御言は席を立った。
後ろ姿も惚れ惚れするほどいい女である。
「……飛騨くーん、ねえねえ、どうするの?」
神楽舞がデスクから立ち上がって近づいてくる。
短く切った髪、くりくりとした丸い瞳で好奇心丸出しである。
初夏だというのに春のようなふわふわの桜色のワンピース姿である。
「飛騨さんのことだから、徹底的に調べ上げるんでしょう?」
メガネ君もパソコンの向こうからメガネ越しに鋭い視線を投げてくる。
「ああ、決めるのはあっちだが、俺はちゃんと調べるよ」
飛騨亜礼はいつも調子である。
「それで、今回の案件は何なの?」
神楽舞は飛騨に渡された封筒に視線を落とした。
「――子宮頸がんワクチン薬害についての報告書だ」
飛騨は封筒を開けて書類に目を通しながら言った。
「それは厄介ですね」
メガネ君は何となくこの案件の困難さを予見しているようだった。