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 ――放課後。

 校門前で待ち構えていた和泉さんによってすぐさま病院に連行された私を出迎えたのは、

「来るのが遅い‼」

 という、私の三つ上、今年で二十一になる親戚の怒鳴り声だった。

和泉さんとは病院の手前で別れたので、その声が向けられているのは間違いなく私だ。

この病院に来るのは初めてだったのでぜひとも一緒に来てほしかったのだが、色々と忙しいようで置いて行かれた。案内役がいたので良かったものの、あのひとは本当に私の執事なんだろうかと、たまに疑問に思う。

まあ、そんなことは至極どうでもいいのだけれど。

「……大きな声出さないで下さいよ、ここ病院ですよ。周りに迷惑――って、人払いしました?」

 口に出している途中で気づいたが、不自然なほどにひとがいない。

 玄関に入ってすぐのエントランスホールにいるというのに、誰とも行きかわない。それどころか受付のお姉さんや医師や薬剤師や看護師といった病院関係者の姿も、まるで神隠しにあったかのごとくどこにもない。

恐ろしいほど、しんとしている。

「この病院は高遠系列の病院だからな。圧力をかけて人払いさせた。誰もいないほうが話やすくていいだろ」

「聞かれてまずいこと、話す予定ありますっけ?」

 そう言うと、彼――高遠久雪(たかとおひさゆき)は一気に不機嫌になった。

 久雪はもはや癖といってもいい腕組みをし、キリッとした眉を中央にぐぐっと寄せて、「おまえなぁ……」とかなんとか呟いたあと、すぐに表情を切り替えた。

 昔は気持ちの切り替えがうまくできないお坊ちゃまだった久雪も、ここ数年で随分大人になったようだった。やはり、家業を手伝い始めたことが良かったのだろうか。

 現役大学生でありながら、当主の第一秘書を数年前から務めている久雪は、今日もきちっとした黒のスーツに身を包んでいる。随分長い間顔を合わせていなかったので、その姿がなんだか新鮮に思え、私はじっと久雪を見つめた。


髪は烏の濡れ羽色、瞳も黒曜石のごとき輝きを放ち、少しキリッとした眉が特徴的な顔立ちは文句のつけようがないほど美しく、久雪の真面目で融通が利かない性格をよく表していた。

――親戚、と言っても、私と久雪の顔立ちは全く似ていない。

 久雪は当主の従弟であり、高遠一族は本家を筆頭として皆美形なのだが、その遺伝子は見事に私には受け継がれなかった。父は絶世の美男子であったが、母はちょっと変わった髪色をした、平凡な容姿の人だった。私は父の髪色(黒)を受け継いで、母の平凡な容姿を引き継いだ、

極々普通の女子高生だ。

 そんな久雪と私に、血のつながりがあることを見抜ける人物(ひと)は皆無だろう。

 私でさえ時々疑いたくなる。

 久雪はあまりに綺麗な顔立ちをしているから。


「――おい、おい! 聞いてるのか?」

「……何か言いました?」

 全然聞いていなかった。

「全くおまえというやつは……! まあいい、ついてこい。案内する」

 そう言って久雪が歩き出す。

 久雪の身長は女子の平均身長より五センチほど背が高い私とそれほど変わらない。ほぼ水平線上にある形の良い後頭部を眺めながら、後に続く。

 誘導された先は、なんてことはない。エレベーターだった。

 ふたりして乗り込み、久雪が最も大きい数の書かれたボタンを押す。

 高遠榛希は二十七階建ての建物の、最上階におわすという。

 ちなみに他の階には何があるのかを訊ねたところ、病院以外にも様々な施設が入っているらしい。例えば宿泊施設とか、プールとか。高級ブティックとか、映画館とか。

 それはもう病院ではない、と思ったが、口には出さなかった。

 ……それにしても、二十七階までの道のりというのは随分長い。

 一秒の沈黙が永遠のように感じられて、つい口を開いてしまう。

「……ていうか、あんなに大々的にニュース流して良かったんですか? 株価とか下がりません?」

 すると久雪は、一瞬奇妙な顔をした。何言ってんだこいつ、というような。

 思い当たる節がない、という顔をしてみせたくせに、すぐに思い当たったようで、気まずげに目を伏せた。無駄に長い睫毛が、影を落とす。

「あれなら問題ない。あれは偽番組だ」

「は?」

「榛希が金に物言わせて、偽のニュース番組を作らせたんだ。で、収録したものをⅮⅤⅮに焼いて、おまえの屋敷で流させた。だから、正式にはニュースになってない。高遠の株価はいつも通りだ」

「…………」

「…………」

「…………」

「おい黙るな! 何か言え! おまえはほとんど表情動かさないから、黙られると余計怖いんだよ!」

「呆れてものも言えないだけなので、気にしないでください」

「言っておくが俺は止めたんだからな‼ 大体、ノリノリな榛希を止められるわけないだろ!――――……というか、おまえでも、高遠の株価とか気にしたりするんだな」

 は? という瞳めで久雪を見れば、隣に並び立つ男が、まっすぐにこちらを見ていた。黒曜石みたいな瞳が、純粋な輝きを放ってそこにあった。

「……おまえ、高遠一族嫌いだろう」

「そりゃ滅べばいいのに、とは思ってますけど」

「だったら、高遠の株が暴落するのは好都合だろうが」

 ……久雪はなぁ。こういうところが、私が心の中で久雪を呼び捨てにする理由でもある。

 要するに、根っからのお坊ちゃまなのだ、久雪は。

 お坊ちゃま過ぎて純粋すぎて、どうにも年下扱いしたくなる。いざというときの当主候補として大事に大事に育てられた、温室育ちのかわいい子。もっとも久雪もそれなりの苦労人ではあるのだけれど、純粋培養時代が長かったせいで根底は無垢さを保っている。頭の先からつま先まで綺麗な宝石。

「今、高遠がなくなったら、私も路頭に迷うんですよ。高遠のことは一生かかっても絶対好きにはなれませんけど、依存しないと生きていけないのは事実なので。ま、滅ぶなら私の代で滅べ、と思ってますけど」

「…………榛希がいる限り、無理な話だな」

 弱冠二十二の若さで当主の座についた高遠榛希は、歴代の当主と比べてもかなり評価が高い。恐ろしいほどの美貌と頭脳とカリスマで、一族を率いている。

「……あなたは、好きです?」

「何がだ」

「何がだって、話の流れから推測してくださいよ。このクソみたいな一族ですよ」

「…………」

 久雪は、答えに困った顔をした。解答を誤ったら地球が爆発すると言われたみたいに、ひどく答えにくそうな顔をしている。

「…………守るべき対象だ。少なくとも、俺にとっては。高遠の恩恵を受けてぬくぬく育った俺が、嫌うわけにはいかんだろ」

「……そうですか」


 沈黙が、数秒続いた。

 久雪がいきなりがしがしと頭を掻き出す。ワイルド系イケメンにはよく似合うだろう動作は、貴公子顔の久雪には全くもって似合わなかった。

「……俺はまた、おまえの地雷を踏んだか?」

「あなたが地雷を踏み抜くのなんていつものことじゃないですか。訊いたの私ですし、予測のつく答えだったので、別になんとも思いませんよ」

「……そうか」

……あのⅮⅤⅮの件だが、と、久雪が話題を転換させる。

「和泉はあれが偽番組だと知らないから、帰ってあいつを責めるなよ。あいつは今朝のニュースを録画したものが本家から送られて来たと思っているからな。……もっとも、おまえが無事に帰れるかはわからんが」

「……不吉なこと言わないで下さいよ」

「事実だろ」

 久雪は、すっかり元の調子に戻ったようだった。

 上昇を続けるエレベーターは、未だ停止する気配がない。

 沈黙の気配が、先ほどよりも色濃くなる。

 ――ねぇ晶ちゃん、と不意に耳元で囁かれた気がした。

 それは幻聴だ。

 神様はいつだって、一番高いところで待っている。


『ねぇ晶ちゃん。次に僕たちが直接顔を合わせるときは――僕たちが結婚するときにしよう。それまでに心の準備、整えておいてね』


 そう言われたのは、三年前。

 婚約という名の契約で結ばれていた私たちは、その間一度も直接顔を合せなかった。

 そして今日、ほとんど回避不可能な呼び出しがかかった。

 わざと遅い時間に来たのは、小さな反抗心からだった。

 正式に婚姻を結んでしまえば、もう本当に逃げられないから。息が詰まるこの世界で、ずっと暮らしていかなくてはならないから。少しでも現実から、目を逸らしたかった。三年なんかじゃ心の整理はつかなかった。

 でも結局、私が真綿で首を絞められることは決まっていた。そしてそれが私の人生において最良の選択であることも。

「榛希にはもう、おまえを逃がす気はないぞ。おまえはきっと榛希を好きでも嫌いでもないんだろうが、たぶん、おまえの相手は榛希が一番良い」

「……逃げられないのは、わかってましたよ」

 私の執事は和泉さんで、住居は〝薔薇の館〟。

 そのふたつには、高遠一族のみで共有される、特別な意味がある。

 和泉家の直系を傍に置けるのも、〝薔薇の館〟に住まうことができるのも、当主の妻かその婚約者、あるいは時期当主の妻か婚約者だけ。〝薔薇の館〟は数代前の当主が、愛する妻のために作らせた屋敷だったから、ただの住居にいつの間にかそんな意味が付与された。

「……――逃げたいときは言え。どうにかして逃がしてやる」

 そっぽを向いて、久雪が言う。

 私を逃がしたりすれば、たとえ当主の従弟といえど、ただでは済まないのに。

「……あなたって昔から、私に甘いですよね」

 そう言うと、だって、と久雪がくちびるを動かす。血のように赤い、赤いくちびる。


「――俺とおまえは兄妹だろう」


 三歳違いの、まるで似ていない兄妹。

 久雪は父似で、私は母似。

 母親が違うから、とんと誰にも気づかれない。


「……時間だな」

 エレベーターが停止して、扉が開かれる。

 私がエレベーターを降りても、久雪はその場を動こうとしなかった。

「邪魔をするなと言われている。ここで一度お別れだな」

 見返りかけた私に、久雪がそう言葉を投げた。

「……じゃあ、また」

「――さっきの話、本気だからな。逃げたくなったらいつでも言え。なんとかしてやる」

 私は振り返らなかった。

 ひらひらと手だけを振って、エレベーターの閉まる音をBGⅯに、ゆっくりと歩き出す。





 ――今より二十三年前。

 高藤家は高遠家の、最も力ある分家のひとつだった。

 そんな高藤の家が、一族の最底辺に転がり落ちたのはつい最近の話だ。

 私の母・翔子は、久雪の父・藤代(ふじしろ)に異常なまでに執着されていた。が、母は藤代を嫌悪しており、無理矢理婚約させられたことに反発。二十で家を飛び出し、五年もの間、見事に失踪しておおせた。

 母が失踪して二年後に、藤代は仕方なく別の女性と結婚。すぐに久雪が誕生。一方、高藤家は本家の顔に泥を塗ったとして降格処分。


 ――それから五年後。家に連れ戻された母は、謝罪に連れて行かれた先で藤代に強姦され、そのたった一回の行為で私を妊娠。

 そうして久雪から遅れること三年、高藤晶(わたし)が誕生。さらにその十三年後。



 十三歳という若さで、私は高遠榛希の婚約者になった。

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