99.閑話~『水那』の始まり 4(推測、誓約)
『水那』の始まり、上中下の3話でまとめられませんでした。もう少し続けます。
神々からたくさんの装備を貸し与えられた英雄ペルセウス。それらが『冥界装備セット』だった。最悪、『呪われた装備セット』だった。
ペルセウスが好きな方たちにとって、中傷に等しい“暴言”でしょう。まして証拠がないとなればなおさらです。
しかし推測を裏付けるモノは夜の星座にしっかりとあります。『メドゥーサの首』とそれを握るペルセウスの『手』。それが危険な神具セットの存在を示しています。
【魔竜鬼】という魔術がある。端的に言えば魔力によって怪物を創造する魔術系統だ。
その術は千差万別と言うより、混沌としており。クリーチャーのコア・重要器官は魔力で構成し、外装は錬金術で製作するものから。集団の魔力を結集することにより、仮初めの神を降臨させる儀式系のドゥーガまで。
術者の発想から、無意識の具現化など様々な混沌から産まれる怪物が【魔竜鬼】という存在だ。
「それで?」
「『ティアマトの宝珠』からイレギュラーなドゥーガが誕生するのは運命というものよ」
[私のせいじゃない]と訳せる。C.V.クララの責任を放棄したセリフに対し、アヤメから殺気が放たれる。主君イリス様と同レベルの魔導師C.V.に対して無礼・無謀な態度だろう。
しかしそれを咎める者はいない。何故ならアヤメの尊厳という大事なものが穢される瀬戸際なのだから。
【お父様】
この一言は極めて重い。『くノ一』の言葉が死語になって久しいシャドウの一族にとって、姦淫は重罪であり。C.V.イリス様に仕えるようになって、その風潮はより強固なものとなった。
そんな中でうら若き乙女のアヤメが〈男性〉役を務めたかのような一言は大問題である。
[『混沌ドゥーガ』が相手だから仕方ない]などという理屈は通らない。“罠にはまったから”“魅了の術にかかったから”で淫行が許されるほど、アヤメの責任は軽く無いのだ。
『旋風閃』の師範、侍女シャドウを束ねる地位はそれ程に重い。
そんなアヤメに救いの手がさしのべられる。
「“魔導師クララ”ボクの配下をあまりからかわないでくれるかな」
「申し訳ございません“聖賢のイリス様”。奇跡に等しい事象に、つい浮かれてしまいました。
アヤメ殿。貴女が危惧しているようなことは一切ありません。
今回のことが淫らな行いだというなら。派生したホムンクルスの製作者たちは色狂いの烙印を押される。ドゥーガが誕生するたび修羅場が繰り広げられるでしょう」
「・・・そういうものですか」
魔導師団長クララはともかく、お館様は誠実なお方だ。そのお方が訂正しない話なら、アヤメとしては信じるしかない。
「そういうものよ。ただ私が関わる【魔竜鬼】にはある程度の精神、人格が埋め込まれており。
一般常識にズレがあることは珍しいことでは無いわ。
複数人の術者が関わった場合、〈生殖〉をしないドゥーガがその内の一人を【父親】と認識した。製作に携わった、最も強い術者を頼りにして【お父様】と呼んだのではないかしら」
獣には母親だけが子育てをする種もあり、その系統のドゥ-ガなら【お母様】と呼ぶ可能性もある。だが魚には雄が卵・小魚を守る種もあり、小魚が【お父様】を頼りにするのは当然のこと。
アヤメが気にする純潔うんぬんの関係は一切ない。その言葉に侍女シャドウはようやく殺気をおさめるのだったた。
「こんなことになってごめんなさい。扇奈」
「いいえ、マスターの責任ではありません。全ては私の不徳のいたすところ」
遠征から帰還した扇奈。彼女に対してイリスは深々と頭を下げる。
「だけど・・・ボクがユリナちゃんの『ドゥーガ』や『変わり身の術』を禁じなければ。
安易に『ティアマトの宝珠』を紹介しなければ、生命力を変換した魔力を注ぐなどという暴走は防げたかもしれない」
『ティアマトの宝珠』本来は術者の〈魔力〉と【可能性】を削り捧げることで【魔竜鬼】を創造する超魔竜鬼の欠片だ。使える魔術の種類、劇的な成長の【可能性】を代償に創造される【魔竜鬼】は即戦力として極めて有用だろう。
「いいえ。そもそもユリネに一族が使う水属性の『術式』開発を命じたのは私です。
それが負担となったのはユリネの力が足りないため。安易に生命力を削るなど未熟者の行いでございます」
様々な戦場に立つ者には、命を賭けねばならない【岐路】が存在する。
しかし半ば暴走して魔力を増幅した今回の件は、侍女シャドウとしての責任を放棄した失策であり。ましてそれが同僚への対抗心からくる“焦り”が原因となれば、処罰すべき愚行だろう。
魔力を求めて命を“燃料”にするなど、イリスと扇奈二人とも望むことではない。
「とはいえ自爆十字、ヘルノートには生命力をコップの水みたいに計量する秘術もあるとか。ユリネちゃんはそれを再現しようと挑戦したのかも」
「そうでございましょうか?」
「そうそう。それに【魔竜鬼】に知能を与えるため、記憶や思考をさらけ出して転写する術もあるとか。一発勝負の【魔竜鬼】創造なんてイメージトレーニングぐらいしかできないし。
一応けが人もいないし、重い罰は与えないでくれると嬉しいな」
「マスターがそう仰るのでしたら」
シャドウや陸戦師団を束ねる将としてなら。魔術を暴走させかけたユリネには相応の罰を与えるべきだろう。
だが〈C.V.〉のイリスとしては『ドゥーガ』の評判を下げる、今回の件をあまり大事にしたくない。正確には『ドゥーガ使い』と言っても過言ではない、上位C.V.クララに配慮しなければならないのだ。
「それではユリネへの処分は侍女シャドウから降格にとどめます。謹慎は三日で、『ドゥーガ』の調整を急がせましょう。その能力が使えるか否か。
それによって役職、ウァーテル攻略への参加を決めます」
「それはっ・・・ううん、何でもないよ」
[扇奈の側近を降ろされる罰は重すぎないか]そう言いかけたセリフをイリスは飲み込む。
扇奈の遠征中に『ティアマトの宝珠』をユリネに与えた件だけでも、シャドウへの越権行為だ。この上、罰則にまで細かく口出しするのはイリスの器を疑われる。
ここはシャドウの、扇奈の判断を尊重すべきだろう。
「それで、ユリネのドゥーガはいったいどのような存在なのでしょう」
「ん~、【魔竜鬼】はボクの専門じゃないし、【誓約】があるから完全には診れないんだよね。
だいぶ推測が混じるけどそれでもいいかな?」
〔友人、大事な家臣の『解析』は慎重に行なうべき〕というのがイリスが課した【誓約】の一つだ。人の能力を見透かす『解析』は有用ではあるが、プライバシーを侵したあげく『夢や可能性』の芽を摘み取りかねない。数値化された能力が突きつける現実に、向上心を折られる者は少なくないからだ。
戦争に勝つため『解析』が必要な非常時。未熟な幼児・単なる手駒に対してならともかく。
成長を期待するシャドウたちに『解析』を乱用するのは“監視”を行なっているに等しいとイリスは考えている。
だが今回はその【誓約】がユリネへの対応を後らせてしまった。
「かまいません。マスターの御心のままに」
そう言ってくれる扇奈が不満を抱いている様子はない。だからイリスは『解析光術』で何とか走査できた情報を彼女に伝える。
「光が通る『両目』はあったし、体型は人型だったから『ホムンクルス』型のドゥーガだと思う。
ただし『ホムンクルス』と一口に言っても種類があるから。戦闘力を重視した『怪亜人』や『守護霊』。生活、製造のサポートもこなせる『万能人形』。
あとは『霊媒』や『予備の身体』というのもあるけど、これは除外していいと思う」
ユリネの魔力、シャドウの魔術技能では『精神体』に触れる最上級魔導の頂は遙かに遠い。それは扇奈も認めることであり、『ホムンクルス』に魂を移す線は除外していいだろう。
「そうすると『戦闘型』か『万能型』のどちらかですか」
「戦力は足りているし、ボクとしては『万能型』のほうがいいかな。
〈狩らぬアナグマレザーの利益計算〉だけど。ウァーテル占領後のことを考えると、話の通じる可能性がある『万能型』のほうがいいんだよね」
「・・・・・」
「だからと言って、ボクたちがユリネちゃんの【魔竜鬼】をどうこうするのは禁止だよ。
間違いなく『ドゥーガ使い』たちを敵に回すし。『可能性』を代償にしたドゥーガに他者が下手に触れたりしたら。最悪、彼女を廃人にしかねない」
「マスターのお気遣いありがとうございます。ですがシャドウを束ねる者として、このような失態を二度も繰り返す者を見過ごすことはできません」
「扇奈は硬いなあ。まあ、みんなに被害が行くようならボクが止めるよ」
未知のドゥーガにしてイレギュラーな存在。それでもイリスはそれを押さえる自信があるし、戦闘で負ける気はしない。
たとえ戦闘に特化したドゥーガだろうと。“初見殺し”“自爆特攻”などに苦戦するようでは、イリス本来の戦場で勝利を積み重ねることなど不可能だ。
その余裕があるからこそ、イリスはユリネの挑戦を今のところ認めている。
「いいえ。マスターのお手を煩わせることではございません。万が一の時には私が処断します」
「まっ、そんな暗い話はやめようよ。それにユリネちゃんは【繊維】の権威を高めたい。単なる暴力では為し得ない野望があるようだし。
信じてみようよ」
「ありがとうございます」
“もしも”が起こらないとい、条件付きとはいえ。イリスの信頼に、扇奈は安堵の息を吐いていた。側近を兼ねる侍女シャドウたちは姫長の扇奈にとって、親しい配下であり友人なのだろう。
その未来をつなげたいと考えるのは当然のことだった。
そんな主従二人にとってもユリネと『水那』という存在は予想の範囲を少しばかり超えていた。
いくら古代~中世に首狩りの風習があったとは言え。一度きりならともかく、頻繁に生首を掲げるのはやり過ぎです。邪悪な死霊術士ですら生首を利用する時は皿に安置すると言うのに。
加えてメドゥーサの頭髪は無数の『蛇』と化しており。まともな精神の持ち主なら、触りたくないでしょう。私なら絶対に嫌です。『蛇』が再生したり祟られそうですから。それとも有用なら死んだ石化毒竜の首を手で直接、持てますか?
『メドゥーサの頭髪』を持ち、首を掲げる英雄。手袋もなく、普通の腕甲でそれを行なうほうが大問題であり。『冥界』の装備セットでそれを可能とした方が、英雄の名誉は守られると考えます。




