90.チャクラムモドキ
大英雄ヘラクレス。その冒険、戦いは数あれど。「最も珍しい内容は何か?」と問われたら何を連想するでしょう。私が推すのは[ギガントマキア]です。
巨人軍団とギリシャ神話の神々が世界の覇権をかけて争った戦争。援軍としてヘラクレスはこの戦いに参加し、『条件付きで不死身』の巨人を討ち取るなど多大な戦果を上げました。
ヘラクレスの逸話では十二の試練が主に注目されています。ですが死後、神の座を得られると【内定】したのは[ギガントマキア]で勝利に貢献したから。神々を信仰する人間世界をも救ったからだと思うのです。
カオスヴァルキリー、略称C.V.という戦争種族がこの世界には存在する。
彼女たちはヴァルキリーと同様に武術、魔術を巧みにつかう、女系種族でありながら。
ヴァイキングを祝福せず。世界中の文化圏からも魔術、武術を吸収しており。
そして何より神に従属する存在ではない。
よって6級闇属性であるマイア・セレスターのように密偵まがいの軽装をまとい。戦輪を大きくしたような円輪剣をそれぞれ両手に携えていても。
驚くようなことは一切無いはずだ。
「馬鹿なっ!あり得ん。こんなことはあり得ん!!」
「俺たちがどれだけ鍛えたと思っている!それなのにっ・・・」
都市ウァーテル。その闇夜の中で一人のC.V.と数人の密偵たちが相対していた。
密偵と言っても荒事担当で破壊工作も躊躇なく行う。チンピラ盗賊とは一線を画する殺気を放つ連中だ。所属は国の諜報組織か、はたまた盗賊ギルドの切り札だろうか。
だが精鋭と呼ばれていたソレもマイアにとって敵ではない。半ば作業と化しているチャクラム投擲を闇C.V.は行う。
「落ち着けっ!冷静にならなければ相手の思うつごぉ!?」
マイアの片手から離れた戦輪はセリフと共に、男の意識をあっさり刈り取る。そうしてチャクラムアームの効果によって持ち主の手元に戻る。
「おっと、話の途中だったな。“冷静にならなければ相手の思うつぼだぞ”・・・と貴様らのお仲間は警告したかったのだろう。その忠告を胸に刻み必死に戦うがいい」
「「「「「・・・・・」」」」」
“侮る価値もない”と言外に告げるマイアに対し、修羅場をくぐってきた連中から反論はない。
その理由はマイアが手に持つ大きなチャクラムのような武装にある。
飛び道具に対抗する訓練を行い。少なからず実戦もこなし生き残ってきた黒ずくめの集団。
彼らはマイアの投じる戦輪を今まで一つとして防げていない。回避、防御どころか命を賭して受け止めることすらできず。
チャクラム一投のたびに必ず一人以上が倒れ伏していた。
「そうしたら賊にしてはマシな連中を討ち取ったと、私の戦功に(ぐらいは)なる」
「なめるなっ、死ぃねぇぇぇ~~~!!!」
怒声から間を置かず、毒霧がその口から吐かれる。
続けて二人が跳躍しつつ空中を疾走してマイアに飛びかかった。
『チャクラムアーム』
それに対しマイアは戦輪を素速く投じる。戦輪は意のままに飛び、二人のちょうど中間に達し。
その場で魔術の円を展開する。魔術陣を守る円はその場のモノを拒絶し。たちまち空中疾走をしていた二人それぞれの片足を切り裂き、はじき飛ばした。
「がはッ!?」「ぐっ、まだ・・・」
かろうじて受け身が間に合った一人が立ち上がろうとする。
しかしその視界に入ったのは血しぶきをまき散らす仲間たちの姿だった。
「なっ、そんな馬鹿なコトが・・・」
「あるに決まっているだろう」
もう片方の戦輪・円輪剣が黒ずくめたちの間を飛び交い、息の根を止めていく。
いかにチャクラムアームにより高速で自在に飛び交うとはいえ。ここまで一方的な殲滅を行える仕掛けはチャクラムに刻みこまれた魔術円陣にある。
コイン・リングを手指でコマのように回すと球体に見える。平面の硬貨を床に落とすと、弾かれ揺れ震え、一時的に立体的な厚みがあると錯覚するだろう。
マイアはそれと同様のことを魔術円で行っているのだ。念動手で操るチャクラムを核に、魔術円をコイン・リングのように回す。
その魔術球を通過させてもう片方のチャクラムを弾き、射出(加速)装置として利用したり。
「あるわけがない。あ、あ、あるわぇがっ!?」
「ずいぶんタチの悪い毒を吐き出したものだな。責任を持って貴様等で処理するがいい」
「…*;>`#<・・・!!」」
立体積層の魔術陣として、マイアの術式を大幅に増強できる。それにより感知能力を阻害する影の結界を秘かに展開したり。
邪法の毒霧を術者たちに送り返すことなど造作もない。
「くそっ、撤退だ!このままでは皆殺しにあ・・・っ!?」
手の平サイズで十数枚を携帯可能なチャクラムを円輪剣へと巨大化させ。空中に配置すれば刃の包囲網が完成する。戯れにそれらで円陣を作り、黒ずくめ集団の頭上を旋回させてやった。
「逃げられると思っているのか?」
マイアの問い掛けに対し、覆面からのぞく眼球におびえの色がにじむ。それは勝敗が決したことを意味していた。
「まだだっ!まだ終わっていない。我々には任務がある…それを果たすまっ!?」
「ギッ!ギャーーーーー!!!」
「なっ!?何がおこって…ガァッ!!」
「丸腰の民草たちを殺して治安を悪化させる。マヌケの策が失敗したときに、外道の手足となって中傷を行う。
そういう“下衆の凶行”を任務の美辞麗句で彩るな」
言の葉を口ずさみながらマイアは密偵連中の処刑を行っていく。
爪先ほどの装飾品サイズのチャクラム。先ほど刃による包囲で夜空に注意を引いた際に、マイアはそれらを足下から黒ずくめたちの着衣に潜り込ませており。
それらから魔術円を展開し、生きたまま引き裂いたというだけの話だ。
壊れた人形のようにでたらめな動きをする。元精鋭だった連中にマイアはとどめのチャクラムを投じてからつぶやく。
「やはりシャドウたちこそ、私の武力を高める貴重な機会だ」
正確には侍女シャドウである【アヤメ】こそが得難い好敵手だと確信する。
決闘を行ったあの日。マイアは彼女を殺さないよう〈手加減〉していた。
しかし【アヤメ】は能力を〈封印〉しながらも、チャクラムの脅威に対応していた。貴重な情報を奪い取るチャンスにすべく戦っていた。
「この密偵連中など比べるべくもない。となればまともに“戦闘”をしてやる時間も惜しいな」
闇属性の魔術とチャクラムを併せて瞬殺する。不届きな虫けらとして踏み潰す。
その決定を下したマイアは素早く魔術円の術式でチャクラムから血のりを除去しつつ。
戦輪に術式付与をかけて闇夜に同化させていく。闇属性C.V.の感覚を持つマイアにとっては蛍光塗料をぬっているに等しい行為である。
だが只人の感知能力では不可視の飛び道具であり。それがチャクラムアームによって操られれば黒塗り刃以上の凶器と化す。
それらを両手に携え、密偵狩りを役目とするカオスヴァルキリーは夜のウァーテルに消えていった。
そして何より【報酬】を求めなかったのが偉業でしょう。巨人殺しの戦功は大き過ぎます。
どのくらい大きいかと言うとギガントマキアが有名になれば、“ギリシャ神話を敵視する勢力”にも飛び火しかねない。
忍者が安易に木造城塞に放火などしたら、終わらない火付け合戦が始まるように。[ギガントマキア]を“半人が援軍にきた”とスキャンダルあつかいしてギリシャ神話を攻撃したら。終わらない中傷合戦で他勢力の神まで貶められかねません。
「ギガントマキア?何ソレ?」「ヘラクレスの戦いは十二の試練こそメインだ」
この状況はとても大事であり。マイナー戦争の救援で報酬を求めなかったヘラクレスはとても賢明だと考えます。




