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89.地属性の底辺

 大英雄ヘラクレス。無数の戦場を駆け抜け、怪物退治を成し遂げた。ギリシャ神話どころか世界でも有数の勇士。そのヘラクレスにとって転機ターニングポイントとなる戦いをあげるとしたら?


 私は【ヒュドラ退治】を推します。大英雄が戦ったモンスターの中で最もメジャーで、死因となった猛毒をもたらした多頭不死身の蛇。

 半神ヘラクレスが一度は退き。仲間と協力し、火を駆使してようやく討伐した。正確には完全抹殺できず、大岩で封印するにとどまった。

 剛力無双の力だけでは退治できなかったヒュドラとの戦い。これこそヘラクレスの転機だったと思うのです。

 悪徳の都ウァーテル。突然、襲来したC.V.によって攻め滅ぼされた。人間を裏切ったシャドウたちによって横取りされた、盗賊のための大都。


 そこを取り戻すべく忍び込んだシーフたちは不測の事態によって危機に陥っていた。


 「馬鹿な、話が違う!こんなことは想定外だ!!」


 路地裏を必死に駆けるシーフリーダーのザハス。その怒りが向けられているのはシャドウたちの戦闘力が桁外れだった。

 暗い夜空から降ってくる。建物の隙間を縫って射かけられた【旋矢】とかいう飛び道具の情報が伝えられていない。その曲射と高速機動の連携によって、“再び”手も足も出なかった。


 ある程度は覚悟していた戦力差より、はるかにザハスを激怒させている要因。


 「何故だ・・・何故、切り札のクスリが使えない!!」


 たった一夜で陥落させられただけでも大恥だが。その後も悪徳の都を支配していた連合組織は“色々な醜態”をさらしてしまい。その面子・権威を取り戻すには、同様に短期間でウァーテルを奪還する必要があった。


 そのためにザハスたちシ-フリーダーたちは決死の覚悟で今夜のウァーテル奪還作戦に臨んだ。

 当然、任務の失敗は死を意味する。その時のため『自害を条件に効果をもたらす魔術薬』携帯していたのに。


 「クソッ、クソッ、クソがぁ!!」


 ザハスたちの命と引き替えに力を得ようとする覚悟。それは無惨に踏みにじられた。

 魔術薬が不良品だったのか。あるいは裏切り者が淫売ヴァルキリーに情報を売ったのか?


 真実はわからない。だがこの情報は何としても持ち帰らなければならない重要事項だ。


 

 そう自らに言い聞かせて、駆け出そうとしたザハスは道の段差に片足をもつれさせる。


 「ちっ。道の整備もできないのか」


 悪態をつきつつ、体勢を整えようとする。だが片足は動かせず。暗がりで段差と思ったものは小さなくぼみであった。落とし穴と言うには浅すぎる。膝すら落ちない嫌がらせのようなモノ。


 その穴の周りで淡い光が円を描く。


 「ッ!?これはいったい・・・」


 「あら。もうひっかかったのね」


 その声を聞いたとたん、ザハスの背筋に悪寒が走った。数分前にザハスが率いる盗賊パーティーを壊滅させたシャドウ三人組。その中にこんな女がいなかったか。


 「何者だっ、名乗りやがれっ!」


 「盗っ人風情が吠えるわね。まずは口のきき方を教えてあげる。御力を・・・『地穿孔』」


 「ッ!?」


 糸車が回る。車輪が走る震動を感じ。そして貴族屋敷のドアノブがひねられた。


 

 「・・・ッ!!・・・ギ、ギャーーーーーーーーーー」


 痛い、痛い、痛い、痛イ、イダイーーーーー。恥も外聞もなく痛みを訴え、転げ回りたいのに。

 ザハスの身体は勝手に絶叫を絞り出し、冷や汗を流すのみ。その身体は激痛に苛まれる前と同様の立ち姿を強いられていた。


 その元凶はくぼみに過ぎないと思ったモノ。ザハスの片足を捕らえた浅い穴が、そのまま回って片足首をねじりひねり。


 同時にもう片足を地面からせり上がってきたトゲが貫く。回転しながらえぐり、貫き、あげく肉を巻き取る凄惨な地竜の角。その凶器は死に勝る激痛によって、流れるべき脂汗を凍りつかせる。


 「・・・・・たいしたものね。普通、これだけ激痛を与えられたらショック死してもおかしくないのだけれど。魔術薬で怪物化しても耐えられるよう、既に改造されていたわけね」


 〔これは数体標本を確保しないと〕


 そんなつぶやきから間を置かずにザハスの首筋に冷たいものがはしる。それが普通の痛みと認識したときに、意識は闇へと沈んでいった。



 



 かつて暴食、美食な竜滅(はじまり)の女魔導師は考察をなされた。

 『魔術で地面を掘った際の土はどこに消えたのか』と。


 女魔導師の世界には魔術による空間干渉が存在していたものの。穴掘り魔術が消費する魔力で空間操作などできるはずも無い。

 にもかかわらず魔術で地面を掘ると、その分の土砂・泥石は“どこか”に消失してしまう。


 そもそも地属性の十八番である防御魔術、土石の防壁。あれほどの質量を支える、【土台】をいったいどうやって都合しているのだろう。

 防壁の質量を操る魔術だけでも充分に理不尽ではある。だがその土台は“建築学への冒涜”と同義であり。大半のまっとうなシャドウ(風属性)たちは城壁の存在意義を見失ってしまった。



 [だったら質量保存の法則にそった地属性の魔術を編み出せばいい]


 [[[[・・・・・・・・・・]]]]


 扇奈様がそうおっしゃられた時。

 侍女シャドウとして止めるべきだったのではないか・・・などと時折思う時がある。


 『地穿孔』

 風属性の音波波動によって地面に隙間を作り、魔力で再結合させて土石のきりを作る『地角竜』の上位互換・・・ということになっている【旋天】の地属性術式。


 その術理は片方の地面を低くしたぶん、もう片方の地面を隆起させる。〈くぼみ〉を作ったぶん〈でっぱり〉を作成する。質量保存の法則にのっとった、扇奈様が言うところの【地属性の最底辺】な術式だ。


 もっとも〈くぼみ〉とやらが人食い壺(トラップ)を型作り、中に入った身体部位を捕らえねじり砕く。同時に発動する地竜角でっぱりが残酷な槍と化して骨まで穿つ。

 そんな凶悪魔術を最底辺と言える蛮勇など元侍女シャドウの彼女にはないが。


 「とりあえず片割れの『地竜角』を最小の大きさに分散して発動すれば・・・外聞を取り繕うことは可能よね」


 これは人間に対しては使ってはいけない類の禁術だ。戦場どころか暴行魔な亜人に対しても使用は控えたほうがいいだろう。他にいくらでも攻撃手段があるならなおさらだ。


 瞬時に結論を出した彼女は扇奈様に対し、その意見を持たせて使い魔に運ばせた。

 そもそも【ヒュドラ退治】は先祖であるペルセウスの偉業を再現する。多頭蛇の女怪(メドゥーサ)退治をなぞり英雄ペルセウスの再来を連想させる好機チャンスでした。

 それなのに英雄ともあろうものが、“毒矢”を作るとはどうしたことでしょう。刺客や魔女でもあるまいし。たとえ当時の弓兵、狩人たちが毒矢を使っていたとしても。

 最終的に王へと上り詰めた英雄ペルセウスを継ぐ者としては失格ではないでしょうか。

 


 とはいえこんなことを言えるのは後出しジャンケンだから。“天の川”のせいで大神庶子の中でも断トツで女王神に嫌われており。他のギリシャ英雄たちのように装備・○具を神々から与えられなかったヘラクレス。

 半人ヘラクレスにとって自前での武装獲得は急務であり。自らの剛力が通じない相手への対策手段を得ることは必須事項だったでしょう。

 その後の十二試練である魔鳥の群れ殲滅に備えるならば。凶悪な飛び道具を用意することは先見の明があるとも言えます。

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