84.閑話~終わる内紛、始まる内紛
大昔〈忍者装束などというものは無い。あんな目立つ服を着ては情報収集などできるはずが無い〉と教えられました。○ットリ少年が初忍者だった私はたいそう残念に思ったものです。
しかし忍者の役目は情報収集ばかりではない。防諜のため護り、敵の防諜を攻撃して突破する必要もあったでしょう。そもそも危険な戦国の世・裏社会で、自分たちの身を守れない集団など鴨がネギを背負っているに等しい。
戦闘担当の忍者は絶対に必要ですし。彼らは軍人同様に敵を威圧する装束、動きやすい戦闘服があってもいいのではないでしょうか。
多数の魔物が棲息する森林。そこでは巨体を誇る猪がその威勢を示していた。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ」
荒い呼吸を繰り返す数人のシャドウが疾走し。その後ろを魔獣の巨躯が枝葉をなぎ払いながら猛追する。
それは珍しくもない自然の摂理であり。愚かな人間が怪物の領域に侵入して返り討ちにあう。
魔物猪にとって繰り返してきた食事前の一幕だろう。
「今だっ」「・・・っ!」
しかしこの日は勝手が違った。
突然、進行方向に障害物が出現し。ほんの少しだけイノシシの突進速度を遅らせる。
あくまで少し遅らせただけ。だがその刹那で巨獣は捕食者から狩られる獲物へと転落した。
『『旋風閃!!!』』
魔猪の左右後方の両面からシャドウ二名が殺到する。そうして一人は短槍による突きを放ち。
「ガァァァ!!」
一人は強化薬を塗った鎌槍で後ろ脚を切り裂きえぐる。その強化薬が魔獣に効いたか、抵抗されたのかはわからない。
どちらにしても脚一本のみをシャドウたちの思惑で強化された。もしくは変化に抵抗するため負荷がかかった脚は巨躯を支えることを困難にさせる。
ふらつき、一カ所を周り、転倒を防ぐことに執心させた。当然、その隙を逃すシャドウたちではない。
『八鷹燐舞』 『八妖燐舞』
鷹のように高速飛翔する呪符が槍の傷をさらにえぐり。続けて魔力をたっぷり込められた飛刃が巨獣の頭蓋に突き刺さる。それは並のモンスターなら致命傷となっただろう。
「グッ、グッ、グッ、ルァァァ!!」
しかしこの領域を支配する魔猪は並の怪物ではない。周囲の魔力・精気を吸い上げ、傷を再生すべく“大きく息を吸う”。
風属性の旋風閃を使うシャドウたちと戦っている最中に。それを愚かと言うのは酷だろう。
「ここだっ、集中攻撃!!」 「「「了解っ!」」」
逃げていたシャドウ、距離をとって様子をうかがっていた影たちが身体強化による機動力で瞬時に巨獣への包囲を完成させる。
『八陽燐舞!』
そうして灯光魔術による目印をつけられた巨体の急所にタイミングを合わせて攻撃していく。
そのめった打ちとは一線を画する連係攻撃により、魔猪の心身ばかりか反撃手段まで削り取り。
やがて森林にシャドウたちの勝ちどきの声が響いた。
一人を除いて。
『急げ!ここで歓声をあげている暇はないぞ!!』
「ッ!?申し訳ございません!」
魔物の突進から逃げる役目を担っていた。幻惑術『風星』による偽りの荒い呼吸、臭いで魔獣を下級シャドウたちの陣に誘導したアヤメが指示を飛ばす。
一時的に魔力を帯びたその声は勝利の美酒を霧散させ。彼らに戦況を思い出させた。
「他の魔物が近づいてくる前に解体を済ませろ!」
「急げっ!魔術陣を組むぞ」
「配置よし」 「「「斬っ!」」」
狩った獲物を木の枝にぶら下げて血抜きをする。巨躯の魔獣にそんなことができる高さの樹木などなく。そもそも悠長に獲物の解体・運搬をしている時間などシャドウたちに有りはしない。
だから簡易な方陣を組んで太い血管を一斉に切り裂き。続けて巨体からすればごく一部の稀少部位を素速く切り取る。
側近シャドウのアヤメでは聖剣、大魔術の類が使える勇者の実力にはほど遠く。下級シャドウたちに至っては、ハイエナに獲物を横取りされるチーター以下だ。
よって彼らは魔物イノシシを狩った喜びにひたる間もなく退却戦に移行しなければならない。
「欲張るな。あきらめなさい!」
「そんなっ!?せめてこれだけでも」
「…………」
魔物の肉をふところに入れようとする部下の未練をアヤメは一にらみで断ち切る。
魔法の袋などおとぎ話でしかないシャドウたち。彼らにできることは魔術陣に大半の魔物素材を置き去りにして、囮にする。
そうして鼻のきく魔物たちが巨獣の屍肉を貪っている間に。何としても人の領域へと逃げ込まなければ生き残れないのがシャドウたちの現状だ。
「ッ!!魔物の群れの接近を確認。種類はサル系と推測!」
「総員、撤収!!ミヤホ、殿は任せた」
「任されたわ。あなたたち。もう一仕事するわよ」
「「「かしこまりました」」」 「「「「承りました」」」」
この場を指揮するアヤメの命令に従い、副官ミヤホが『八曜燐舞』の班に指示を出す。
それは悪辣な罠の設置。近づいてきた魔物たちに対して、たった今血抜きした巨獣の血を振りかけて混乱を誘発する。できれば“動く囮”にしてシャドウたちの逃走をサポートさせる。
そんな狩人の罠とは違う“モノ”をミヤホとその配下は大急ぎで設置していく。
『『『『『『『『旋風閃』』』』』』』』
身体強化を使い、作業速度を高速化させてソレを作りあげてから離脱する。
かくして撤退戦は始まった。
そこに醜い派閥争いの影はなく。機動力に優れた者は、少し足の遅いシャドウの逃走をフォロ-すべく風の術式で気流を操る。
そうして一致団結して退却していていった。
神速のスピード。星鎧なら高速の拳打を放ち、雷装なら戦いのすう勢を決すべく疾駆しただろう。
しかしシャドウたちはそんなヒーローではない。雑兵よりは強くても、騎士のコストはかけられないのだ。そんな彼ら・彼女たちが加速重視の身体強化を活かし、生き残るにはどうすべきか。
マイアとの決闘騒ぎ。聖賢の御方イリス様に叱責されてからアヤメは考えた。
思考加速に加え、グローリーゲームの呪縛をも時には利用して彼女の出した結論。
それはシャドウが【馬】に学ぶべきということだった。
【馬】は足が速く、転倒して足の骨を折れば致命的だ。それは人間レベルの下級シャドウが使う『旋風閃』と共通する点は多い。
ならば軍馬、競走馬だけが【馬】では無い。農耕、運搬に携わる【馬】がもたらす富が極めて有用なように。
『旋風閃』も高速戦闘、伝令や強行偵察だけでなく。
敵の感知や状態変化をもたらす悪辣な罠を瞬時に設置する。工兵の真似事から救急、簡易アイテムの高速製造まで。
『旋風閃』にできること。やるべきことは膨大にあるはずだ。
「ミヤホ、私と取引をしなさい」
「戦力拡充の予算について?言っておくけど譲る気は無いわよ」
「そんな必要はない。・・・というか今回の開発予算は譲るから協力しなさい」
「ッ!?」
まともな将軍なら部下たちへの食事内容は均等にする。[同じ釜の飯を食う]というやつだ。
しかし軍備増強の予算はそう単純なものではない。本来なら勝利するため必要なことに【優先順位】をつけて予算編成を行うべきなのだが。
必勝の策などないように、【優先順位】の正解など簡単に確定できるものではない。加えてどの戦闘部門も手柄を立てたい。部下たちの生存率を高めたい。最低でも練度、装備の維持向上もしたい等々。
「だから『旋風閃』をふるう風属性シャドウの代弁者として。私は『八曜燐舞』の開発に予算を割くのに反対しなければならない。
新しく『八曜燐舞』開発するより。大勢が使える『旋風閃』を向上させたほうがシャドウの戦力増強につながる・・・とね」
「それは理解できるけど。今のままな高速の身体強化では・・・」
「ええ、いずれ対策を立てられるか。はたまた未知の魔術・怪物に対応策を立てられず・・・
脅威に対応する柔軟性、知識の蓄積がおろそかになる。そうなれば高速特攻を仕掛ける最期が待ち受けているでしょうね」
そんな敗北・破滅は何としても回避しなければならない。
「わかってくれて嬉しいわ・・・と言えれば本当に嬉しいんだけど。何があったの?」
ここ最近のアヤメにふりかかかったこと。お館様の不興を買い、グローリーゲームという罰を受けたことが最大の出来事だろう。
「私の感知能力がC.V.マイアに通じなかった。というか看破された可能性が高い」
「そんなっ!?」
アヤメの感知能力。『旋風閃』による疾走から転倒・再起不能の連鎖をもっとも警戒している。
そんな彼女が増設している魔術の感覚はいわば『風の鳴子』だ。
音波、電磁や制御下においた空気塊を鳴子・ムカデのように連結させ。その増設した感覚の触手を対象にからめぶつけて情報を得る。魔術を使ってのアレンジ反響定位だ。
「まあ格上のC.V.にコウモリまがいの手が通じるはずも無い。だから闘技場に張ったのだけど」
「それを見破られたと・・・」
「ええ、魔術円のチャクラムで消去されていったわ」
ダイレクトに情報を得られる感覚の触手は『増設した感覚→アヤメ』というように瞬時に感知を行う。
そのムカデの節をバラバラに分離して戦闘領域に設置する。そうすることで戦場の空気を記憶させて情報分析を行う。『風の鳴子→情報を記憶した鳴子→回収→アヤメが分析』といった流れだ。
戦闘中に、加速しているアヤメが“こんなことをするはずが無いだろう”という心理の隙をつき。
敵能力を解析するのに必要な情報を蓄積する。分析は盟友に任せたこともある『名無し耳』を逆探知された。
「だから私たちが争っている場合ではない」
「ええ、妹君の配下まで情報戦の巧者がいるとなると・・・それに対抗するため団結の必要がある。お館様の臣下で派閥争いをするため。
風シャドウと少数派で争っているふりをしている場合ではないわ」
「ミヤホ・・・ソレは言わない約束のはずだけど」
「そうだったわね」
今まではお館様にシャドウの有用性を示すため。わかりやすい戦功を上げるのに必要な、装備を向上させるのに必要な【予算】の奪い合いを内輪でしなければならない。
それが不毛な内輪もめにならないよう、「代表格のアヤメ、ミヤホで争うから下級シャドウたちは仲良くしなさい。イヤなら特殊術式のカヤノに軍資金は没収される」という。
側近であるシャドウ三人たちで派閥争いをコントロールしている状態だった。
「だけどこれからシャドウは一致団結して妹君であるイセリナ様の派閥に対抗しなければならない。貴女は嬉しくないの?」
「相手は貴女の隠し球に対応する格上の集団よ。そんなのと争うのに嬉しいわけがないでしょうに」
「そんなこと言わないで。当分の間は『旋風閃』を向上させるための大事で重要な【師範】なのだから」
「・・・・・ハァ!?」
驚くミヤホにアヤメは続ける。
「せっかく『チャクラムアーム』という魔術の飛翔武具を見せてくれたのだもの。投げナイフの訓練だけでは怖い魔術、恐ろしい怪物に苦戦するのは必至だわ。
『旋風閃』をみんなが使いこなせるようにするため。戦輪使いを大金で雇い教官になってもらうのよ」
『予算の七割をマイアへを雇う資金に充てたことにして。残り三割。実際は予算の大半を燐舞や特殊術式の研究に振り分ける』
音響魔術の信号による秘匿会話。それをさらに高速化してアヤメは密談を行う。その内容にミヤホは必死に平静を装っていた。
「そんなことが可能なの?・・・というか無理でしょう」
「ああ大丈夫。決闘では完全に敗北したけど。マイア殿は私の能力に興味があることを隠す気なかったから。
私が頭を地面にこすりつけて頼めば喜んで応じてくれるはずよ」
人間ごときに初歩の『チャクラムアーム』見せても気にすることは無い、実力差がある。だからC.V.マイアは報酬が後払いでも指導役になってくれる。
旋風閃を拡張するためアヤメが心血を注いだ努力の結晶を“切り売り”するか。もしくは報酬を払う時になってアヤメが“不幸な事故”でいなくなれば。予算偽装・後払いの対価についても一挙に解決?できる。
「…………アヤメ、本気なの?」
「当然よ。これは確実に扇奈様の利益につながる。この取引には全てを賭けるわ。
それに私と貴女で決闘してシャドウ少数派側を勝たせる。最初の計画を破棄できて本当に良かったわよ」
『本気を出されればミヤホのほうが強いしね』
『どこが!?』
真実を言ったのにミヤホは必死になって否定してくる。その様子にアヤメは心からの笑みをうかべ。
何故か対面のミヤホは表情を引きつらせた。
忍者に忍び装束が必要だった理由。その中で最たるものは【貴族もの】小説にあります。
日本中の大名、武将が賢く忍者の重要性を理解していることなどありません。最初から、家中全員の理解があるなどということは、絶対無いと断言します。
そういう雇い主たちに忍者の有用性をアピールするため。加えて山賊・浪人とは違う存在がいると伝わるように。忍者独自の装束は極めて重要だったと思うのです。
そうして苦労して仕事を請け負えるようになっても。大将が亡くなり代替わりすれば、また有用性アピールをやり直さなければならない。跡継ぎが脳筋・バカ殿だとしても縁を切って他国に鞍替えするのはリスクが伴う。そもそも他の忍者集団がいて不可能ということもある。
これらの理由により。忍者は隠密活動をしつつも活躍アピールをしなければならない。そのために忍者装束は重要な忍具だと。貴族もの小説でボンボンに苦労し、名誉の重要性を読んで考えるようになりました。




