83.閑話~グローリーゲーム
忍術、忍者の行動には後の世で創作・ねつ造されたものが多々あります。その中で私が“本当にあったの?”と疑っていること。
それは“火付け・放火”の類です。やらかした山賊同様の忍者が皆無とは言いません。
しかし少し頭のはたらく忍者ならそんな破滅フラグは立てないと思うのです。
「この勝負、ボクが預かる!!」
アヤメとマイア。シャドウとC.V.それぞれの切り札が交叉する寸前でイリスの光剣が一閃する。
それは一振りで二人の闘志を刈り取り、【模擬戦】であることを思い出させた。彼女たちは速やかに平伏し、自らの将が仕える絶対者に服従の意を示す。
「盛り上がっているところゴメンね。ボクも力を求めて激しい【模擬戦】をよくやったけれど」
しかしイリスは二人の戦姫が面従腹背であることを察していた。
アヤメの忠誠はあくまで扇奈と一族の利益に捧げられており。マイアに至ってはイセリナは契約主に過ぎず、C.V.として自らの鍛錬こそが優先だ。
よってイリスの横暴は二人にとって不満の種であり、交渉の材料に過ぎない。
そもそもイリス自身が決闘で身を立てたC.V.なのだ。どの口が“決闘は危ないから禁止”などと言えるのだろう。
だからイリスは説得をしない。
「【模擬戦】にもルールがある。実力差、賭けるものによって公平【感】が出るよう。ルールを調整するという決まりがある」
「「・・・・・」」
殺し合い、戦争と【模擬戦】は明確に区別されなければならない。
空飛ぶドラゴンvs棒きれを持つゴブリンなどという戦力差のあるモノは戦いではなく“処刑・蹂躙”の類であり。
代理戦争ではないのだから、決闘で賭けられるものは周囲を巻き込まないモノであるべきだ。
「だからこの領域で最上位C.V.であるボクは決闘に干渉する権利がある」
「承知しております」「御役目、ご苦労様に存じます」
もちろんこの決闘ルールを絶対厳守などしたら。上位C.V.は戦闘力が勝敗を決する決闘などできなくなる。そのため公平【感】のある競争になるよう、調整するのが上位C.V.に必要な器量だ。
「その上で問おう。君たちはこの決闘に何を賭けたのかな?」
「私は加速術式を鍛錬するのに必要な資金を求めました」
「・・・何か任務を受けた際の助力。勝者になればそれを要求するつもりです」
軍資金とマンパワー。シャドウとC.V.それぞれに足りないモノを融通する。それらは本来なら決闘などせずとも取引によって得られる。
なのに決闘を行ったのは〈ウァーテル攻略〉という大戦を控えて、準備を急いだのか。
もしくは主筋の扇奈、イセリナ二人の派閥争い。〈ウァーテル攻略〉の部隊配置について決闘の勝者〈側〉が優先的に決めるという取り決めがあった可能性もある。
それはイリスに隠れて密室会議を行ったということだ。上に立つ者としてそれを許すわけにはいかない。
「アヤメ・・・それはボクが鍛錬に必要なものを充分に支給していない・・・ということかな?
そしてマイア。君はC.V.修行の一環としてイセリナのパーティーに参加しているわけで。
事実上、人事に介入する行為を認めるわけにはいかないな」
「「・・・・・ッ」」
イリスの硬い声音に二人は身をこわばらせる。特にお館様の顔に泥を塗った側近シャドウは蒼白になった。
だがイリスとしてもここで甘い顔はできない。決闘が乱用されては配下が暴走する危険がある。
決闘は仲裁・裁判システムに組み込まれた手段の一つであり。司法権を握る権力の頂点から離れていいものではないのだ。
「アヤメ、君には罰を受けてもらう。危険な任務をこなすか、大きな手柄を立てるまで。
アルゴスの呪縛を受けてもらう。覚悟はいい?」
「・・・ッ、ハイ。否やなどあろうはずございません」
「いい覚悟だ
『金貨は蔵に、名声は忘却の彼方に
名誉の水は杯を満たさず、渇いた百眼は一時閉じる
開幕するは栄光愚弄の遊戯 グローリーゲーム!!』 」
「・・・っ」
「ッ!?」
本気の能力が発動し、呪縛がアヤメの両目・頭蓋に流れ込んでいく。それを目の当たりにしたマイアが動揺を隠せずにいるのを尻目に、イリスは切り札の一つ(グローリーゲーム)でアヤメの心身を書き換えていく。
《名声の類に価値観を見出せない思考を構築;*それを代価に加速に必要な感覚を強化、思考加速を増設付与》
洗脳にも等しいそれはアヤメを身体強化に適した心身へと換えていく。
扇奈たちのような先祖返り(イレギュラー)ではない。ただの人間集団が理不尽と戦う術を得るために必要な情報を得る実験体とするべく。イリスはアヤメに洗礼をかけていく。
「・・・・・」
アヤメの身体から力が抜け。それを左手で支えつつ、右の手から呪力の照射を続ける。
その光景に蚊帳の外に置かれたC.V.はたまらず叫んだ。
「そんなっ!貴女様ならそのようなことをせずともっ!」
「彼女たちぐらいの才能が有る数十人なら勇士の強さを得られるよう育成することはできる。
なのに彼女は・・・彼女たちはみんなで勇士に成りたいと欲深いことを言ってね。
だったらボクは可能性を代価に力をあげる。
その有様をよく見てボクと契約するか判断してもらうことにしたんだよ」
「バカな・・・人間ならおとなしくヴァルキリーの盾に隠れて、守られていれば良いものを・・・」
傲慢とも言えるC.V.マイアのつぶやき。確かに魔力その他のステータスが優れているだけの魔人“程度”なら人間を侮りすぎたセリフだろう。
しかしカオスヴァルキリーは魔力を視れる。異文化、他種族の技術を観察して取り込む混成文明の戦争種族だ。魔人・ドラゴンすら獲物の一つでしかないC.V.たちにとって。
【人間と交流する】イコール【護り慈しみ寛大であり続ける】ことなのだ。
「その傲慢が今の状況を作り出した。ウァーテルという悪徳都市の跳梁を許したと理解できないの?」
「盗賊団どもが六級C.V.までをも闇討ちしたことですか。それは出産の時期が近づいて無防備になったところを・・・」
「フゥ・・・その議論は何時までたっても平行線だね。
とりあえず今は忠義の士にエッジを仕上げるので忙しいから」
“出てけ”とイリスは言外に告げる。それに対しマイアは愛用武器を構えつつ脱力した。
それは力を求める戦乙女が本気の戦闘力を発揮する構えでもある。
「どういうつもり?」
「まだ拙への処分が下されておりませんので。ここで待たせてもらいます」
その言葉とともに二つの戦輪だったものから魔術円が展開する。その魔術円は決闘の場を車輪のように走り、空中にまで術式の渦を描いていく。そして半球型の立体魔術陣を構築した。
平面より一段上の魔術陣がイリスに足りない属性の魔力を供給していく。
「つまりボクがアヤメちゃんの未来を奪うのに協力するから減刑しろと」
「そのようなことは申しません。六級闇属性のカオスヴァルキリー、マイア・セレスターとして。《絶望の剣たるイリス・レーベロア様》に決闘を挑ませていただきます」
「ふ~ん。それで?」
殺気が皆無なマイアの宣戦布告に対し、イリスは楽しそうに続きを促す。
「決闘に賭けるものはウァーテル攻略時における拙の心からの全面協力。
そして勝負?の方法ですが・・・彼女が貴女様の心身改造を受けて望む結果が出せるか。求める力を得られるかどうかというのはいかがでしょう」
「その決闘を受けよう。七級光属性のカオスヴァルキリー、イリス・レーベロアとして。
彼女たちシャドウが望む勝利を得られることをボクは信じる。
決闘に賭けるものは・・・チャクラムの鍛造に必要な素材、職人への紹介状でいいかな」
「承知いたしました」
こうして茶番が始まった。誰もアヤメたちが失敗するなどと思っていない出来レースが始まる。
マイアとしては愛用武器の新調はそれなりに魅力的ではあるものの。C.V.としての成長を望むなら装備強化で得られるものなど微々たるものに過ぎない。
だからこそアヤメと決闘してシャドウと関わろうと試み。今なおイリスの改造儀式に協力するのだろう。
それはけっこうなのだがイリスとしては言わなければならないことがあった。
「それはソレとして。ボクを通さず人事に干渉した罰は受けてもらうから。それと余計な通り名をさえずるのはやめて欲しいな。そのあだ名キライなんだよね」
「・・・・・承知いたしました」
アヤメへの儀式が終わったら制裁する。イリスの宣告に対し、マイアは叙情酌量を求めてサポートに全力を傾けた。
忍者が城塞・要衝に火付けを行えば大変なことになります。城に火を付けていいのは勝敗が決した落城の時だけ。忍者が拠点に潜入して放火などしたら、消火技術が発達してない建物は全焼しかねません。
それでは武将から雑兵まで楽しみにしている略奪の財貨まで灰になってしまいます。加えて侮られている間者が城を落としたら武士の面子は丸つぶれになるでしょう。
さらに“敵が火攻めをしたなら、こちらも同じように放火で反撃しよう”などとなったら。日本中の城、館が燃やされるか、火付けを行う忍者をあぶり出す魔女狩りが始まるのか。あるいは忍者の潜伏先ごと殲滅でしょうか?
そういう地獄になっていない以上、忍者が火付けの任務を請け負うことは少なかったと考えます。




