77.貧弱な風~アヤメ
源義仲、木曽義仲。平家を打倒しながらも京都で狼藉を働き、義経たちに討伐された将軍。京都で初めて暴れた軍を率いた武将でしょうか。昨今は欲にかられ傲慢になった戦バカと表記されているようです。
しかし私はこの説に反対します。あの織田信長ですら京都での食事が気に入らず料理人を処刑する・しないの騒ぎになった。勘気によって大勢を無礼討ちにした。
それを鑑みると、義仲の評価が低すぎると思うのです。
風属性の魔術には二種類がある。
一つは天に通じ大気の刃を操る。火属性より攻撃力の高い理不尽な英雄殺し。
もう一つは最底辺の攻撃力しか持たない偵察要員。毒、鋼線などで小細工を弄し戦場に立ってもネタが割れれば退場していく。弱小の代名詞とも言える微風属性だ。
そんな中でアヤメの風属性は後者である。実戦で使える威力の風の刃を放つ魔力などなく。
『旋風閃影』に伴う誓約により偵察能力には厳しい制限がかかっている。
さらに姫長の扇奈様、聖賢の御方様の側仕えとしてアタマのいい小細工を弄することなど論外だ。
よって風属性の術者としてアヤメは三流以下である。
『風星』
身体強化を維持しつつアヤメはかく乱の術式を二種類編み上げる。それらを一つは五指に、一つは短刀にこめた。さらに加速によって狭められた感覚で渇望したものをようやく捕捉する。
「・・・・・」「!?」「ッ・・・」「チィッ!」「クッ」
歓喜の想いを抑え、アヤメは戦いに集中する。まずはナマクラの風刃五連を邪魔者たちの感知範囲に投じて意識をそらす。
それによって生まれた隙とも言えない間隙に彼女は短刀の一撃を放った。
『我が名はアヤメ・ヴィダール!姫長、扇奈・セティエール様にお仕えする侍女にして刃の一振り!!』
その短刀から風の魔力とともに大喝一声の名乗りが放たれる。騎士や勇者ならば晴れの舞台が開幕する一声だろう。
だがアヤメにとってそれは陽動の一手であり。
「何者だぁ!!」「キサッ」「おのれっ!?」
安易に“研ぎ澄まされた感覚”を攻撃する魔術の一つでしかない。風刃五連によって警戒を強め、索敵を始めた聴覚に大喝の名乗り。
その連続魔術は賊連中に警戒陣形を忘れさせ。それぞれの自己防御と聴覚の回復に執心させた。
アヤメはその大穴に『旋風閃影』で最大加速した身体を滑り込ませる。その高速で動く体は飛矢のごとく賊たちの陣形に突き刺さった。
「ッグ、クッ!?」
そして背を向けカヤノに魔手を伸ばそうとしていた男の背に着地する。
本来なら衝動、跳躍の勢いのまま必殺の蹴りを叩き込んで不届き者を肉塊に変えてやりたい。だが今はカヤノを救出することが最優先事項だ。大事な彼女を巻き込み傷つけるリスクは可能な限り減らしたい。
「姫長、未熟な私に力をお与えください『魔鏡鐘・丙』」
よってアヤメはそのため一線を越える。プライドを投げ捨て、姫長の大器にすがりつき泣きつくも同然の行為に走った。
《音波・震動》も風属性と認識する姫長の扇奈様が有する旋天属性。
その術式を借りて着地した足から賊の背中に術式をかける。魔鏡の鐘は本来なら術式を発せられない足を魔術の発動体へと変えた。
「術式付与『防御増大』、続けて『怪力』」
本来なら戦闘力を高めるバフ系の魔術。それらをアヤメは着陸に利用したシーフに施していく。
その結果、賊の身体は魔術の鎧をまとい、筋力も増して能力が向上する。半ば蹴りに近いアヤメの着地した衝撃に余裕で耐える。
代わりに関節を封じられ、一切の速さを失った。
「^-…ーーーーーッ!!」
「なっ!」
「ばっ!」
そして一瞬、身体を膨らませてから沈黙する。
その様子に修羅場をくぐり抜けてきたシーフブレイバーたちは状況も忘れて硬直した。
当然、その隙を見逃すアヤセではない。
「『旋風閃影』!!」
今まで視覚以外の感覚を惑わしていた自身への隠密術式をアヤメは停止させる。そうして容量のほとんどを身体強化に振り分けた。
それはアヤメを《風夜叉》と呼ばれる化け物へと変じさせ。忌み名を知らぬ戦闘シーフたちを哀れな獣へと貶めた。
『ばっ、バケものがぁ!!』『ひぃ!?』「ひるむなっ!殺せぇ!!」
人間の強みである知力・思考を放棄した哀れな獣。アヤメの放った鬼気によって圧倒されたシーフたちは、彼女の撹乱の魔術『風星』によってそんな獣へと堕ちていく。
そんなシーフブレイバーに戦闘担当の侍女シャドウは襲いかかった。
『破っ!!』
アヤメの呪力を込めた呼気がシーフ連中の《皮膚》に吸い込まれていく。皮膚呼吸を介して身体に干渉した呪力は、それなりの術式を連中に追加していった。
「散開っ!!」「くっ!?」「オンナをゴッ!?」
不穏な指示を出そうとしたモノの顔面を肘打ちで粉砕する。
その光景に生存本能、戦闘経験の両方から死力を尽くす決断をシーフブレイバーは下したのだろう。身体強化の魔術を瞬時に発動させていく。
「「「「「なあっ!?」」」」」
そして半数が宙を舞い。半数が地面と建物の壁を削りつつ、身体をひしゃげさた。
「・・・・・ッ!!!」
そんな死に体の連中をアヤメが見逃す理由はない。空中のシーフたちの間を音も無く舞って短刀で切り裂き。
「グッ!」「ゴッ!?」「やッ・・」
倒れ伏す者たちの急所を容赦なく踏み砕いた。
加速能力を使う戦士は人間をやめたヒーローである。常人が高速移動を行った場合どうなるか。
バランスをくずしただけで転倒し、必殺の投げ技をかけられたも同然に五体を叩きつけられ。
狭まった感知能力は自らの位置を見失わせ器物・地形に激突させる。
他にもスタミナ配分に思考速度。平常時との切り替え等々。
些細なはずのことが加速によって致命的な諸刃の剣と化してしまうのだ。
「呪術式『魔旋鐘』・・・・・よし、生き残りはいないな」
アヤメが先ほど使った『魔旋鐘』は、それらのリスクを増大させたに過ぎない。
〈皮膚呼吸〉を通じて身体強化の術を敵にかけ、バランスを崩し暴走させる。言葉にすればそれだけだ。
ただし正気の人間が使う魔術ではない。
大半の強化魔術が術者を自壊させないのは人体の神秘のためである。身体が無意識下でその機能を制御しているように。
無意識に暴走要因となる強化の術に抵抗し、その恩恵だけを受け取るようにしている。耐魔能力で危険要素をふるいにかけているのだ。
そしてその制限を取っ払ったのが〈狂戦士〉の一歩と言える。
「生き残りはいるわよ」
「カヤノ!!」
「また『魔旋鐘』を使ったの?そんなもの使わずとも貴女なら・・・ッ、ッ」
「しゃべらないで!まずは呼吸を整えて」
咳き込む同僚のシャドウにアヤメは駆け寄る。そうして彼女、本来の風属性の術でカヤノの身体を走査した。
「とりあえず火傷は軽微。肺は・・大丈夫と」
アヤメの魔術。それは【皮膚呼吸】を感知・解析することで人体の走査に特化した風の術だ。
これによりアヤメは身体強化の限界を見極め、他者の身体強化を読み取ることを可能としている。
それによりタイミング、技をかける箇所・部位の点を【加速中】にも見極め事実上の投げを仕掛けることが可能だ。
「私なら大丈夫。それより私たち侍女の長が“火遊び”をするのはいただけないわね」
ただし実戦で使う『魔旋鐘』の危険は加速、狂戦士の比ではない。敵の皮膚呼吸を読み取るために、全身の皮膚感覚が鋭敏になり。
それと同時に痛覚も増大し、ダメージも倍加する。そのダメージは強化されたアヤメの体力を情け容赦なく削るだろう。
人を嬲り殺しにできる激痛を伴って。
カヤノでなくとも苦言を呈したくなるというものだ。
「今はそんなことを言っている場合ではない。敵は馬脚を現したのだし、私たちが囮を務めるのはここまで。急いで離脱しましょう」
それを理解しつつもアヤメは正論でカヤノの忠告をかわす。
その態度にため息をつくカヤノが呼吸を整えるのを待って。
「ッ!?」
急速に接近してくる存在を感知した。『旋風閃影』を使った時の自分よりはるかに高速で移動し、姫長や聖賢の御方様の魔力とも違うモノ。
「カヤノッ!急いでここから離れて!!」
「アヤメ?」
短いやり取りをかわす間もなくソレが飛来する。そしてアヤメの視界が光で覆われた。
こんなエピソードはご存知でしょうか?義仲が貴族を屋敷に迎えた時、故郷のご馳走キノコ料理に大盛りご飯でもてなしました。ところが都人の貴族はそれを食べられず、ほうほうの体で逃げ出しました。あげく義仲に乱暴されたと報告・吹聴して回り・・・・・
聞くだけなら笑い話ですが、外交的には致命傷でしょう。さらに木曽出身の兵士たちは方言があり、都の貨幣を渡されていたかも怪しい。これでトラブルが起こらないはずがありません。
その原因が義仲にないとは言いません。織田信長は【不満を抱きながらも頑張って】京料理を食べていた。〈京都ですごしたことのある〉義経は対応していたのですから。
しかしまともに恩賞を出したという話を聞かない貴族連中。そもそも出す気、出せるモノがあったかも怪しい連中に落ち度がないと言うのは理不尽にもほどがあると思うのです。




