76.投石の機動~アヤメ
【本当に優れたスパイは上司ぐらいにしか存在を知られてはならない】
子供のころ読んだ《スパイ大百科》に記されていた金言です。秘密警察等を兼ねる。幹部が出世を望む軍の部署は普通に顔出ししている諜報部員も世界を見渡せば無数にありますが。
戦国の世、合戦の勝敗を左右する密偵集団ならば存在を秘匿するのは必須事項でしょう。でないと〈戦に勝つため〉忍者の拠点は敵国から真っ先に狙われてしまいます。
薄い空気を操る『小飛龍』の術式・結界によって優れた高地トレーニングを継続し。それによって鍛錬した心身をベースに身体強化の術を行使する。機動力に優れ、高速戦闘に特化したシャドウを作り上げるのが『旋風閃』だ。
身体強化の術を猿マネした魔術師はもちろん。盗賊ごときに『旋風閃』を使うのは不可能と言える。
そんな『旋風閃』の正統な上位互換である『旋風閃影』。カヤノ専用の『旋燐蛇』とは異なり。
大半の下級シャドウたちが次のステージに上がるため、『旋風閃』を進化させたのが『旋風閃影』の魔術能力だ。その戦闘力は推して知るべしだろう。
「だけど勝てなければ。死力を尽くすべき戦場に間に合わなければナマクラ以下よ」
同胞、戦友であり侍女シャドウの顔であるカヤノ。彼女の救援に間に合わない機動力など何の意味があろうか。この魔術能力は追いかけっこやチンピラを踏み潰すための小剣ではない。
困難な救出任務を果たす。かつてのシャドウが切り捨てていたシッポ(トカゲの尾)をつないだままにするための守り刀だ。
ならばやるべきことは決まっていて。そのための準備も既にこの一ヶ月で整っている。
『思考加速』
下級シャドウたちにやらせた屋根上の巡回。その効果は任務以上のものには成らず。
住民の人気取りな建物の応急修理と。主な建物の把握に、隠れている盗賊共の嫌がらせで終わってしまった。
“その程度に終始してしまった”
[カヤノの居場所を推測、そこに到着する経路を選択・・・さらに考えられる妨害を予測]
《屋根上巡回》その真の狙いは敵地であるウァーテルをシャドウたちの庭・結界も同然の場にするための地形把握だ。
平民の長屋でもあるまいし、建物にはそれなりの間隔がある。当然、シャドウの跳躍力をもってしても地面を疾走しなければならない巡回路はいくらでもあり。それらの移動を通じてあらゆる経路を瞬時に設定できるようにすることこそ、《屋根上巡回》で為すべきことだった。
アナグマ同然の賊に地上げまがいのことをして優越感にひたっている。
そんな愚行など聖賢の御方様に仕えているシャドウのすべきことではない
[妨害手段に魔術よる監視網。及び使役された小動物、鳥にモンスターが配置された可能性が大。
一部の待ち伏せ箇所を除き妨害への予測を停止。身体強化とそれに伴う術技を再構築]
下級シャドウたちの巡回ルートからチェックしていたアヤセとしては業腹な一ヶ月だった。
もしも《どぶ川のお掃除》という重要任務で成果を出していなければ。懲罰と修行のやり直しを課すべき怠慢と言える。
[下級シャドウたちを囮にして賊をさぐっていた私が言えることではないか・・・思考を救援経路の立案へと再始動。
風向き、着地点の選択を完了。投石兵器、風術による跳躍および投石術の技を・・・]
そこまででアヤセの凍える思考は限界を迎える。彼女は英雄ではなく、知性派の術者でもない。
せっかくの思考加速も弓矢の矢羽根、投石兵器の台車でしかなく。獣より凶猛な本性が強化した身体を突き動かしていく。
「ハッ!!」
『旋風閃影』により強化された身体のバネが足を起点にアヤメの身体を夜空に撃ち出す。
それは跳躍の形をとった狂気の投石だった。
『旋風閃影』は何をもって『旋風閃』の正統な上位互換と成り得たのか?その最大の理由は単純なスペックの差によるものではない。
『旋風閃影』が隠密の能力を有しているから。
身体表層から放出される音、匂いや体内電流を滞留させることで受動型の感知にひっかかりにくくなる。コウモリの音波、カヤノの『火息』ような反響から感知を行う能動型の感知もエコーを停滞させることで詳細情報をつかませない。
「まあ、視覚をごまかす能力はないから、隠行能力とは言えないけど」
暗殺、潜入の能力としては三流にも劣る。
しかし偵察と〈通過〉ならそれなりの腕前という自負があった。
「・・・・・?」「キキッ」「ー~=-~=-~=」
今夜の作戦のために構築したであろう警戒網に陣形。その隙間をアヤメは巧みな体捌きと緩急自在の加速ですり抜けて行く。
人の視角は決まっており。よって首の可動域から視角の範囲を見定め、端を通過するのはシャドウにとって造作もない。
加えて獣の使い魔による嗅覚、聴覚の監視網も『旋風閃影』の特性ならたいてい難なく〈通過〉できた。
それでもアヤセの身体はおとぎ話の魔法のように風と化したわけではない。気配を完全に消したとしても。既に吹いている微風を遮り。跳躍、着地時に僅かながら震動が発生するのは防げない。
生物の感覚は通過できても未知の魔術による警戒を密かに通過するのは不可能なのだ。
そもそもカヤノの救援に向かおうというこの状況下で。隠密行動より機動力こそ最優先だろう。
よってアヤメは強行手段をとる。
「貫!!」
攻城用の投石器と同等以上の力で身体を撃ち出しつつ。勇士、古代狩人の投石術をその身に宿らせて狂気の飛翔を敢行する。
「ッ!?」「ギィ!」「-~=-~/^/-~/」
巨人、敵軍をも屠ったという投石の術技。それは単に速く、急所に的中させるだけで終わらない。投石に捻りを加え回転させる。刹那の重量を付与することで貫通力と破壊力を増大させる。
狂戦士の暴力が振るわれたのと同様の惨状を作る最小の凶器だ。
『惑え、怯え、そして竦めっ!』
そんな投石に等しい回転をして飛翔するアヤセが隠密行動を行うのは不可能に決まっている。
魔術を含めたいくつかの警戒網がその姿を目の当たりにして。
そして全員が光学情報の認識・理解を放棄した。
密林に住まう狩人たちが幻灯の劇に恐怖するように。知識を蓄え活かす術を身につけたはずの学者がオオトカゲに対して無力だったのと同様に。
アヤセの回転機動を視界に収めたモノたちは思考を停止させた。
何故なら高速移動だけでも転倒の危険は増すのに、回転まで加えるなど自殺行為だ。たとえ片道だけの特攻でも生物はそんなことはしない。
「だって平衡感覚がなくなってあさっての方に行ってしまうから」[犬死は嫌だし、訓練の時点で怖いから]
よって警戒を行うモノたちの半数以上は“アレは気のせい”と逃避し。
残りは“ナニかの魔術攻撃か陽動だろう”というまっとうな判断を下す。
こうしてアヤメはカヤノを救援すべく包囲網を突破していった。
そう考えると天下人三人のうち織田信長、豊臣秀吉の二人は配下の忍者たちを秘匿するのに成功している優れた大将と言えます。
〈単に金で忍者を雇っただけ〉〈地侍、商人に情報収集を行わせた〉と言えば簡単ですが。創作で織田・豊臣の忍者はマイナーネタと化している。それだけで両雄が広報戦で勝利し、かつ密偵たちを巧に用いた証だと思うのです。
もちろん徳川家の忍者たちも武士化して表に出てきたのは一部だけ。本命の忍者たちは武士、行商人に紛れ込んでいたのでしょうが。やっていることは各地の大名に対する破壊工作。
創作とはいえそういうイメージをもたれ悪党扱いされる集団は極めて稀でしょう。
〈火のない所に創作は立たぬ〉〈広報戦も諜報の一環〉そう考えれば徳川家康の忍者運用は他の天下人二人に大きく劣ると愚考します。




