75.旋風閃影~アヤメ
織田信長が行った虐殺行為。その中の一つに天正伊賀の乱があります。戦国でも珍しい武士と忍者の戦い。話だけなら面白いのですが、天下人が身内の恥をすすぐため大軍団による蹂躙を計画した。
それは本来ならとても戦いと呼べるものにはならない。いくら忍者が夜襲を成功させても結局は物量に押しつぶされてしまう。絶望的な行程だったでしょう。
夜の帳に覆われた都市ウァーテル。人気のないその通りを複数の人影が高速で移動していた。
「急げっ、もたもたするなっ!」「うるせぇ、貴様こそ無駄口をたたくな」
連中はつい最近までウァーテルを支配していた闇ギルドの精鋭部隊だった。加えて周辺の権力者たちが送り込んだ密偵であり。今夜は邪教の走狗と化した戦闘特化のシーフたちでもある。
ウァーテル陥落の一日でシャドウとシーフたちに機動、戦闘力において隔絶した差があることは明白だった。加えてここ数十日で感覚の鋭さにも隔たりが大きいことが判明しており。
シーフがシャドウに勝っているのは「知識、知性を除いた悪知恵ぐらい」と陰口をたたかれていた。
実際、従来の情報収集を続けた下部組織が次々と壊滅させられており。住民の陰口が大声の嘲りに変わるのは時間の問題だった。
そんな不利な状勢で貴重な手駒である精鋭シーフブレイバーが動員された理由。それは半ば賭けであり、起死回生を狙った作戦を遂行するためだった。
「本当に予言なんて当たるのかよ」
「知るか。だが今は奴らの力に頼るしかない」
シーフブレイバーと言えど権力の闇にとっては上等な駒でしかない。命令を遂行し結果を出し続けなければ。そこらのチンピラと同等かそれ以下の悲惨な末路をたどることになる。
よって盗賊の勇士たちは怪しげな妖術の情報収集に従って移動していた。予定ではそろそろ時間のはずだが。
「っ!!おい、あれじゃないのか」
「確認する。周囲の警戒を頼むぞ」
そう言いつつ彼はソレに息があるか、死んだふりでないかの両方を同時に調べはじめた。
それは迷宮の宝箱を開ける時より緊張を強いる。擬態宝箱の中に頭を突っ込んで生死を確認するのも同然の行為だった。
ウァーテルが陥落したあの日。港でシーフブレイバーたちを圧倒した上位女シャドウの一人が無力に倒れ伏している。
同盟した組織の魔術道具、神託などという信用ならないモノの言いなりになって、ソレを回収する。
戦争担当の盗賊たちに課された任務はそんな危険極まりないものだった。
女シャドウが生きていれば逆襲される。身体を運搬中、他のシャドウに補足されれば殺される。組んだ相手が裏切っていれば、上司が自分たちを捨て駒にするプランを立てていればetc.
闇の世界で生きる以上、破滅はどこにでも口を開けている。だが今回の仕事は特にイヤな予感がしてたまらない。
「どうやらかろうじて生きているようだな」
「っ!そうか。速やかに拘束して運ぶぞ」
〔死んでいてくれたら運ぶのが楽なのに〕そんな考えが胸中をよぎるも、生きているシャドウを捕獲したほうが手柄は大きい。彼は素早く接近して力なく倒れるシャドウの女に手を伸ばした。
「へ?」
そして背中に軽い衝撃を感じる。そう思ったときには地面に倒れ伏し、耳朶を大音声が打つ。
『我が名はアヤセ・ヴィダール!姫長、扇奈・セティエール様にお仕えする侍女にして刃の一振り!』
【影】の名を冠するものが騎士の名乗りをあげるなよ。そんなことを考えつつ彼の意識は急速に闇へと沈んでいった。
その数分前
「カヤノ!?」
空気が震える。ウァーテルの夜空に魔術球が浮かび上がった時、アヤセは主君たちの懸念が的中したことを悟った。
悪徳が集っていたウァーテル。それを構成する組織の大半は賊の集団だろう。だが外法の魔術士に邪教徒の類いも少なからず存在し。奴等の情報収集には人知を超えた手段が幾つかある。
その中の一つが『神託』だ。只人どころか魔術による情報集めの過程をすっ飛ばし。進むべき道を示し聖者の人生に干渉することで神の威光を知らしめる超常の力。
本来なら情報屋よろしく啓示を与えるなど神の権威を下げかねない行為なのだが。悪徳の都という美味しい“狩り場”でなら事情が違ってくる。デメリットを補って余り有る利益を得られるだろう。
災厄をばらまき邪教の信者を増やすという莫大な利益を。
[当然、そんなことが認められるはずがない。だからお前たちにはオトリとなって奴等をあぶり出してもらう]
[[[かしこまりました、姫長]]]
そんなやり取りがあったのが数日前のこと。だがミヤホはともかくカヤノを囮役する気などアヤセには欠片もない。
同じ侍女シャドウではあってもカヤノは奥向きの担当者だ。芸事、物品担当のミヤホなら降りかかる火の粉をはらう戦闘力もある程度は必要だろう。
しかし危険な囮役など本来なら戦闘担当のアヤセに押しつけて然るべきだ。そう考えて隙を見せつつウァーテルの路地を徘徊していたというのに。
不穏な魔術球が顕現したのはカヤノが担当しているエリアであった。
「おのれっ!」
ソレが陽動かもしれないと警鐘を鳴らす思考がアヤセの胸中に一瞬だけよぎる。
「その時は全力で駆けるのみ。今はカヤノの安否が最優先よ『旋風閃影』発動!!」
戦闘担当のシャドウの中から厳選した者にのみ習得を許された『旋風閃』の上位互換に当たる魔術能力をアヤセはふるう。それによって周囲の空気が渦巻いてつむじ風と化し。
「ハッ!!」
アヤセの身体を投石よろしく撃ち出す。投石兵器のパワー、スリングによる回転付与を併行させた旋風によってアヤセという魔弾が闇夜に放たれた。
とはいえ天下統一を狙う織田信長にとって、伊賀の国を制圧することは必須の軍事行動ではないでしょうか。
伊賀忍者たちが実際どの程度の術者なのかにもよりますが。全国をまたいで諜報、暗殺を行う組織など凡百な戦国大名より脅威です。下手をすれば活躍の場を得るために戦乱の世を継続させようとするかもしれない。
そういう一派が伊賀忍者に存在し。そういう疑惑を織田家の武将たちが抱けば。不穏の種はいつになっても消えません。
何より非情な掟でくノ一、子供を諜報活動に利用したなら。ほとんどの武士たちにとって伊賀忍者=悪鬼に等しいでしょう。
そんな武士たちを束ねる。天下布武で仮にも平和をもたらす覇王なら。特定の大名に仕えていない忍者集団は何としても抹殺しなければならなかったと考えます。




