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74.火蛇の脱皮~カヤノ

 戦いにルールはなく。神秘の世界にモラルはない。


 そんな意見もありますが、世の中には不文律というものがあります。それはモンスターの世界ですら変わりません。

 一例としてクモ、カメレオンや触手モンスターの戦闘方法があります。これをやれば戦いの幅が広がるはずなのに。混沌の凶悪怪物たちはけっしてソレをやりません。

 さてソレとは何でしょう?

 【思考加速】という術がある。走馬燈から有益な情報を引き出して起死回生の閃きが浮かぶように。短時間、刹那の間に情報を処理して行動・予測演算に活かす術だ。


 便利で秘奥に近づくための鍵となる術理かもしれない。そして同時に失敗例・未熟者が忘れられる術でもある。思考加速が必要な戦場でそういう者たちが生き残れるはずもなく、当然と言えばそれまでなのだが。



 「くっ!?『旋風閃』」


 大規模な攻撃魔術がカヤノのいる路地を焼き尽くそうとしている。それを『旋燐蛇』の研ぎ澄ませた感覚で捉えた彼女は瞬時に術を切り替えた。


 機動力、高速戦闘に特化したシャドウの刃・誇りの『旋風閃』

 『旋燐蛇』という独自魔術を会得したとはいえカヤノもシャドウの一員だ。だいぶ魔力を浪費するとはいえ移動レベルなら充分に有用な『旋風閃』を使える。


 そうして大魔術から逃れようとしたカヤノの思考に様々な情報が流れこんできた。



 扉の隙間からカヤノをのぞき見る複数の瞳。数十秒後にはそれらが炎につつまれる光景。そして魔術を放った連中を速やかに成敗して・・・・・。だが水路清掃を利用して儀式を発動したと知られればどうなるか。



 「違うっ!今は現状への対策を・・」


 現状を把握し対抗手段を模索すべき思考。それが〈未来の予測〉にトんでしまったカヤノは意識を切り替えるべく首をふる。

 そうカヤノは無敵の英雄などではない。与えられた任務に忠実な侍女シャドウであり、姫長をお守りする護り刀だ。


 だからこそ《どぶ川のお掃除》に積極的に関わった。

 匂いをある程度分析できるカヤノの能力は悪臭の源を突き止め、効率よく掃除をするのに大いに役立ち。もちろん普通の名声を上げることはできなかったが、扇奈様たちの表情を大いに和らげる。


 それは格下のザコを狩っていたときには得られない充足感だった。


 「フゥ。落ち着きなさい私」


 今度は数日前に思考がいってしまった。思考すべき情報・焦点に加速の狙いが定まらない。


 それはカヤノにとって初めての経験であり。同時に警告されていた『旋風閃』の終わりであった。

 火属性のカヤノは風属性の『旋風閃』を十全に活かすことはできない。だからこそ努力して『旋燐蛇』を習得したのだが。それは彼女の才能容量から『旋風閃』がこぼれ落ちるのを決定づけた。


 今までは器用に二種類の身体強化を運用してきたが。今後、加速の身体強化は刃こぼれした剣のように劣化していくだろう。

 というか既に強敵、難事に相対すればもろく折れてしまうリスクをはらんでいた。


 「・・・あ~、これはダメね」


 そんな考えを抱いたカヤノの身体から『旋風閃』のもたらす速さが減衰していく。完全に失われることはないが、もう実戦で使える練度は保てない。加速の術は衰えも迅速だった。



 「ダメだから。もう疾走して脱出するのはムリだから。


  だから私は『火と踊り、蛇と舞い。そして火蛇と成り惑う』」


 同時に『旋燐蛇』の魔術能力が強化・増強されていく。

 それは風に踊っても消えない燐であり、蛇の脱皮でもある。

 火竜、翼持つ蛇には成れない。ただ惑いうごめく火属性の妖と化しただけ。


 だからあふれる魔力、必勝への流れなど無い。何故ならカヤノが噛みつくのは魔物ですらない。

 未知の魔術攻撃なのだから。


 「『火息』」


 そんな脅威にカヤノが放ったのは下級の火魔術。火炎と言うのもおこがましいそれは脅威にとどくことも無く宙消えた。

 そして同時に大魔術の影を明らかにする。


 術者が見当たらない長射程の魔術球。

 それは一種の魔法生物に等しく。必ず狙いをつける感覚器に相当する術式部位があるはず。


 もしも無ければ無駄死にしかねない。その賭けはかろうじてカヤノが勝利した。『火息』の残滓が漂う空気が魔術球に吸い込まれていく。彼女は『旋燐蛇』の感覚でそれを捉えた。


 「照準術式は受動型。これなら私でもっ・・・」


 侍女シャドウとして扇奈様に仕えるカヤノは聖賢の御方から教導を受けている。

 その中には『アルゴスゴールド』による術式干渉、照準の操作も【知識だけは授けられて】おり。

 敵の目を封じる『緋水晶』の呪術式はその下級劣化版と言える。


 「効いてっ『緋水晶』!!」


 カヤノは得意の呪術式を魔法生物に見立てた魔術球に放つ。それは対人用の〈視覚封印〉とは似て異なる術式。

 切り札である蛇鞭を代償に、自らの視力を賭け金としてテーブルに乗せた覚悟の牙だ。『緋水晶』が効かなければ瞳に続いて頭部にも致命傷を負ってしまう。同僚どころかお優しい主たちにも秘密にしているカヤノの牙は狙った獲物に喰らいつく。


 『まぶたは牙に、瞬きは顎に、涙は毒の燐火と化して災禍に噛みつく   緋蛇水晶!!』


 かくして呪術式による広域殲滅の魔術式への干渉は成功する。破壊の対象を指定する術式は赤い牙によって噛み砕かれた。




 そしてその矛先を身の程知らずの侍女シャドウへと向ける。蛇鞭を導火線?、誘引の仕掛けとしてカヤノに襲いかかったと言ってもいい。


 『旋風閃』で強化した反射神経、速度があれば銘品の蛇鞭をしっぽ切りにして逃れることもできただろう。あるいはカヤノが『緋水晶』の呪術で一方的に攻撃し《逃走》することに慣れていれば離脱できたかもしれない。


 だが才能容量を『旋燐蛇』一本にしぼった。『旋燐蛇』を進化させたばかりのカヤノに余裕などあるはずもなく。『旋風閃』の残滓を活かすにはそれなりの時間が必要だった。


 「っ!?・・・・・!っ・・、・・・・・・・!!」


 悲鳴を上げることも許さぬ炎の渦がカヤノを覆う。その業火は数百人を焼く代償とばかりに一体の人型に対して執拗にまとわりついた。




 


 

 ソレとは糸、触腕です巻き状態、がんじがらめに縛ったエモノ。それをそのまま地面に叩きつけることです。

 人食いの怪物は捕らえた獲物を飲み込む。もしくは動きを封じてから一刺しの類いを行いとどめをさしたり生き血をすする。

 それら捕食行為をする人類の敵はいくらでもいます。ですが拘束した敵にさらに関節技を仕掛けたり落下技を仕掛ける怪物、悪党雷装は聞いたことがありません。敵が戦意を失っていない以上、追い討ちの投げ技をかけても良いはずなのに。

 

 せいぜい投げ縄かそれに近い触手で身体の一部をつかんで投げる。ゆるい拘束をかけて力技で投げるぐらいでしょうか。それも怖い攻撃ですが、怪物の捕食に比べればマシというもの。


 その理由を追及するとタブーの地雷を踏みそうなのでこの話はここまでさせていただきます。

 とりあえず“頭のいい冴えたひらめき”の《クモ竜爪獣(竜牙兵)》でやらかしそうになったことを懺悔します。

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