73.火蛇の惑い~カヤノ
織田信長の比叡山焼き討ち。本当にあったのなら人の道を踏み外した非道な行為でしょう。
しかし織田家の当主としては戦略的に当然の軍事行動です。
敵勢力の多い織田家にとって京都、御所の陥落は滅亡への一歩。そんな最重要拠点の喉元に刃を突きつけ圧力をかけている、比叡山という城塞など許せるはずがありません。
ましてや京都から遠征するとタイミングよく敵武将が背後をついてくる。それで危機に陥り忠臣、血族が討たれたとなれば。その原因は報復・殲滅の対象でしょう。
盗賊ギルドのメンバーを無力化したカヤノ。彼女は捕らえた連中の移送を部下たちに任せて、夜の町を移動していた。
疾走の速度に緩急をつけ、屋根上に跳躍する。続けて燐光の術式を投じ、自らはその鬼火と直角の方向へ伏せながら進む。そうして屋根上から転落し地面に激突する寸前でアレンジした『旋風閃』を発動させた。
「『旋燐蛇』」
カヤノは蛇よりも柔軟性を高めた身体を路地裏の地面に叩きつける。その衝撃を柔の法で拡散し、僅かに底上げされた耐久力で乗り切った。
そうしてカヤノはそのまま行動不能を装いつつ、研ぎ澄ました感覚で辺りを探る。
機動力、速さに優れた『旋風閃』に対して。『旋燐蛇』は身体の柔らかさ、異なる感覚を強化する。怪物蛇の柔軟性と感覚を得るための身体強化だ。
呪術式『緋水晶』の対価として視覚を封じるカヤノにとって。瞳の代替となる感覚器は必須だ。
加えて側近として主君と姫長のお二方に侍るなら。平時ぐらい居室の環境は最高に整え、毒味しつつも温かい食事を提供できる技能が必要だろう。
鑑定・解析の超技能を会得しているメイドが現れるまでのつなぎとして。温度、匂いを知覚できる者として働く。そんなカヤノの願いが産み出したのが『旋燐蛇』という身体強化の術だ。
「とっ、やはりおかしい。尾行では無いようだけど」
侍女のお役目を兼ねる目的で編み出された『旋燐蛇』の戦闘能力は中途半端だ。
とはいえほぼ転落に近い動作をしても接近してくる気配は感じられず。『旋燐蛇』の嗅覚が捕捉するものはなく。路地に漂う匂いの粒はカヤノ以外の人間がいないことを示していた。
だがそれでもカヤノの皮膚感覚はまとわりつく何かを感じていた。体温の低下を感じると同時に霧のような何かがまとわりついてくる。
火属性のカヤノにとってそれは不快な煙も同然であり。死に体の擬態を解いて移動しようとした。
「ッ!?くっ」
そんなカヤノの挙動を抑えるかのように魔力が周囲を覆う。攻撃魔術の発動に伴う照準か、結界を発動するための地ならしか。
いずれにしろ迅速に離脱しなければ今回の〈お役目〉を果たせなくなる。
幸い『緋水晶』の代償である視覚の封印も解けてきた。ならば安全なルートを見定めて跳躍、疾走すれば良いだけのこと。
「・・・・・」「・・・・・」
「!?」
そう考えたカヤノの視界が扉の隙間から覗く二対の瞳とあってしまう。瞳の高さ、片目だけで見ないその視線は子供のもの。そして《どぶ川のお掃除》に参加した・・・・・
そんな思考が加速させた意識の中をよぎる。その瞬間にカヤノの頭上に魔術の球が出現した。
都市ウァーテル。謀略によって周辺国に不和の種をばらまき、生き血をすするその闇は深い。
表層の街路にあったアジト。地下水路の迷宮部屋をほとんど制圧された現在の戦況でも。悪徳の都には大規模な拠点が存在し、逆襲の機会を窺っていた。
そのうちの一つ。邪教を奉じる神殿において。今まさに異教徒、混沌乙女たちへの神罰が下されようとしていた。
『『『御身に仇為す者たちへ制裁の焔を。下僕の我らに供物を捧げる栄誉を与えたまえ』』』
複数人の神官、兼魔術師による儀式魔法。円陣を組む彼らの中央には球状の魔法陣が浮かび、その下には巨大な水盤が安置されていた。
その水盤の名を〔バロールの水鏡〕という。魔神の名を冠するこの水盤は遠方を見通す窓であり。
同時に奇跡の御技を放つ魔弓でもある。
その水盤から都市の一画をにらみつつ司教のゴルダンは万感の想いをこめてつぶやいた。
「ようやく我らの力を示せる」
汚れた水によりその機能を発揮できなかった〔バロールの水鏡〕。
しかし運命を操る神の祝福によって衆生の穢れは取り除かれた。世界を統べるべき神の御意思は呪われたヴァルキリーたちに浄化の機会をお与えになり。
〔バロールの水鏡〕を使える程度の水が流れる環境を整えた。ならば敬虔な信徒として速やかに動かねばならない。
「褒美に奇跡の炎で焼いてやろう。水では消えぬ嵐の焔でな!!!」
『『『ブレイズ・スコール』』』
ゴルダンの号令によって球状の魔法陣が〔バロールの水鏡〕へと沈んでいく。
その先では赤毛の女が水鏡ごしに不遜な視線でにらみ返していた。
『旋風閃』という身体強化の術がある。
戦闘種族やその同門ですらなく。雷装ヒーローに比べれば装甲無しに等しい。弱者のシャドウたちが加速、機動力を得るリスク有りの魔術能力。
その最大のリスクは転倒、障害物に激突することだろう。
雷装甲なら軽傷で済む転倒も未熟なシャドウたちにとっては即、再起不能のダメージにつながる。普通に訓練の時点で死体の山ができかねない。
よってその対策は幾重にも練られた。感覚の一部を強化・増設して自己チェックを行い。障害物や足場の精査を【思考加速】によって行い【続ける】。それらはシャドウたちにとって基本であり必須事項だ。
怠れば転倒による破滅が待っている。
それは『旋風閃』をアレンジした『旋燐蛇』を使うカヤノも同様であり。
彼女の《蛇》に似た感覚はようやく異常の正体を突き止めていた。
「水の香り、水路の匂いが変わってきている!」
《蛇》の感覚は犬種の超嗅覚ではない。熱感知と双方向からの嗅覚だ。口舌と鼻、二つで匂いを感じとりその差異で匂いを分析する。
『旋燐蛇』により蛇の嗅覚を持つカヤノは強化の発動後、周辺環境の香りを分析し続ける。
その分析結果は掃除によって悪臭が薄れたどぶ川に、正体不明の薬液が流されていることを示していた。
「っ!!・・・・・」
薬の成分は?速やかに状況を報告しなければ。それより住人の避難が先か。
いくつかの選択肢を思考するカヤノの頭上で魔力が収束していく。それは文字列から球状の魔法陣と化して火属性の術式を紡ぎ始めた。
「っ!!」
加速させた思考がいくつもの選択を無意味と断ずる。術式、薬液どちらの正体もカヤノは鑑定できない。
だが仮にも火属性のシャドウとして“放火”の手順ぐらいは知っていた。
“燃やしたい場所に油をまいてから火を放つ”
“水路に魔術の触媒を流してから攻撃魔術を放つ”
そんな知識が混在するカヤノの思考に光が戻ってくる。
その光は『緋水晶』の対価から回復してきた視覚であり。スラムの住民たちと、それらを焼き尽くす魔術の球が襲来することを彼女に伝えてきた。
とはいえ比叡山の焼き討ちはあまりにも有名過ぎます。伊賀の国、本願寺の支城で行われた虐殺と比べても有名な比叡山の焼き討ち。
理由はいくつか予想できますが、この理由で焼き討ちが行われることは無いと思いたいです。
その理由は比叡山がいつものノリで祈祷をやらかしたためというモノ。
「織田家に味方するもの。織田家の将兵は地獄に落ちる」
こんな祈祷を生臭坊主がやらかしたら。外交のため、将兵の士気を維持するために。織田家を率いる者として生臭坊主は全滅させるしかない。というか戦死した忠臣を大事に想う人間として怒り狂って当然です。
坊主集団としては長年続けてきた生業の加持祈祷なのでしょうが。戦場に生きる将兵にそんな理屈は通じません。
武将を多く従えていた本願寺も当然それは理解しており。「勇敢に戦えば極楽浄土にいける」としか言いません。だって報復が苛烈になるから。
そんな比叡山と本願寺の差。それが戦後のあつかいの差につながった。この推測が大ハズレであること。焼き討ちが誇張された内容であることを願うばかりです。




