7.アルゴスゴールド 4
魔術師の法則。星探しのメイジが「王になれ」と言うフリーナイトに反論した言葉です。
いくら強くても野犬の群れのボスに狼はなれません。ライオンの群れを率いるライガーやキマイラを想像することは幻想世界でも困難です。
同様に魔術の使えない人々は手の内を理解している(つもりになれる)戦士が王になることを望むのは当然でしょう。
視覚に含まれた魔力に干渉して魔術を乗っ取る魔導能力『アルゴスゴールド』。恐ろしい異能だが手の内が分かればやりようはあるものだ。そう考えたソーサラーが目をつぶって術式を放ってくる。
「くらいなっ!インプファング!」
ましてソーサラーが唱えるのは闇の魔術。光のないところでの戦闘はお手のものだ。暗闇の中も目を閉じた状態もそう変わらない。追尾か効果範囲の広い呪文を唱えれば的を外すこともない。
「う~ん。その手は悪手だよ」
「いえ、賊の飼いイヌにしては考えているほうでしょう」
それに対するは平常運転の涼しいやり取り。あるいは無情な実力差だった。
闇の牙、術式の爪がイリスたちをかすめていく。それはもう少しで当たるという可能性が無い。武術でいう『見切られ』ている状態だった。
「まっとうな人間の文化、術式は視覚に依存している。だからちょっと目をつぶっただけでもその構成が甘くなるんだよ。武術でいう“腰のひけた”状態と言うべきかな。干渉の難易度も下がってしまう」
「マスター。はっきり仰ったほうがよろしいかと。
〔子供のケンカではないのだから付け焼き刃が通用するわけない〕・・・と」
奇襲、弱点攻撃が通用するのは備えていない弱者に対してだ。自らの能力を得意げに吹聴する愚か者とは一線を画す。イリスは世間話の気安さで自らの手札語る。
〔蹴りが得意〕という武術の情報を得て勝てるなら誰も苦労しない。
「奇襲なんてだいたい付け焼き刃だよ。だけどボクの『アルゴスゴールド』にはちょっと相性が悪いんだよね。実際、扇奈たちだって昔は・・・」
「昔のことはお忘れください!!それよりも今はこの者たちの処遇です」
その言葉に緊張が走る。生殺与奪が握られた状態で平静でいられるものは少ない。ましてやこの場をやり過ごしても、都市上層部が〔失敗した者には死を〕などということになれば終わりだ。
「別に見逃してもいいと思うけど。この人たちからすれば私は同僚の門番たちを切り殺すワルモノ。普通に職務をまっとうしている人にこれ以上、剣をふるう必要はないでしょう」
「情けをかける気かっ!後かっ、べっ!」
「武器を向けたわたくしたちの命を助けていただきありがとうございます。寛大な御心に感謝の念がたえません」
余計な意地で拾った命を捨てようとするソーサラーが黙らせられる。悪徳都市ウァーテルにおいて、騎士の誇りなど一銭の価値もない。ただし暗黒街の理不尽、鉄の掟はある。
〔命が助かってラッキー〕などと喜んでいる場合ではない。
「それでおふたり、お二方はせん・・・布告を伝えに来られた御使者様だとか。ただいまお取次ぎいたしますので少々お待ちを」
「無理に敬語を使う必要はないんだけど。う~ん、どうしようかなぁ」
「・・・・・」
急に考え始める軽騎士鎧のイリス。何を思案しているかは余人にはわからない。だが傍らの従者が期待するように瞳を輝かせているのに悪寒を感じたのはバルムだけではないようだ。
「おい、何をする気・・・」
「よし、決めた。やっぱりウァーテルの闇はボクたちだけで祓おう。戦力的には余裕だし何より略奪ギルドが呼吸を続けるだけで不幸がまきちらされるからね」
「かしこまりました、マスター。ただちに取りかからせていただきます」
「・・・・・はぁ!?」
こうして悪徳都市の落日が始まった。
もっともリアルに近い、生態のライオンの群れが出てくるファンタジーはまずありえない。そのためキマイラ、ライガーがボスになることを想像するのは困難かもしれません。そもそも幻想のライオン=強い雄ライオン一匹ですから、群れを想像するには動物記が私には必要です。
作者としてこういう偽物語を書くのはこれで最後になります。ただし登場人物は容赦なくダミーの説明をしてきます。広い心で受け入れてくださるようお願い申し上げます。