69.屋根上巡回と『燐舞爪』~ミヤホ
資料が豊富にあり、さらにそれを自由に閲覧できる現代。もはや大規模に情報の誤認は起きない。
意図的な情報操作が行われなければ〔カタール〕〔ラミア〕のような情報伝播の間違いは起きるはずがない。
そう考えている人は多いと思います。ですが私はそう思いません。
この《なろう》で今まさに本来の意味とは違うファンタジー系〈職〉が完成・確定しようとしています。その原因が全て《なろう》にあるとは思いませんが、先人を情報弱者と言うのは厳しいのではないでしょうか。
悪徳都市と言われ、今だその影が残るウァーテル。
その町を支配していた盗賊ギルドの一員である、シーフたちは賊であると同時にハンターの一面を持つ。
獲物である人間を観察し、その環境を分析して情報を積み重ねる。
そうして飛び道具や罠で優位を得てから、狩りに取りかかるのだ。
体力の浪費を避け、獲物の反撃を許さない。そんな状況を作るのも戦いの一環であり。
そんなシーフがシャドウという、機動性に勝る兵種を狙うなら。
「・・・ッ・・・ッ・・・ッ」
「いったか。急いで取りかかるぞ」
トラップを仕掛けるのが常套手段だろう。
飛び道具は回避され。複数人で包囲しても跳躍して脱出・逆襲されるばかり。
ならば上位盗賊を気取る連中の通り道にトラップを仕掛けるのが最適だろう。
「ですがお頭。屋根の上に罠を仕掛けるなんてどうすればいいんで?」
「黙って働け。考えはある」
勇者気取りでウァーテルに襲撃をかけたシャドウの集団。正義をカタる連中にとって、治安の維持は必須事項だ。平民どもに安心をもたらすのは、地味だが有効なアピール手段である。
そんな奴らは当然、巡回を行っており。さらに身体能力を誇り自慢すべく。家屋の屋根上を疾走・跳躍して、巡回警備を行っている。
"曲芸じみた体力の無駄遣い"と盗賊ギルドの幹部から、最底辺のチンピラまでもが嘲笑うモノ。
その『巡回』がギルドメンバーの笑みを凍りつかせるまで、時間はかからなかった。
〔シャドウ様。家を修理していただいてありがとうございます〕
〔気にすることはない。我々が独占している、通り道を整備しているだけだからな〕
〔それにしてもシーフの素速さはたいしたことなかったんですなあ〕
〔実戦で偵察をしているシーフなら、もっと身軽で感覚も鋭い。ただ都市のシーフはゴロツキ稼業に忙しくて、"ブタ"と化したからなあ。窃盗をしない、偵察冒険者と比べたら失礼だろう]
等々、こんな会話が静かに。だが確実に広まっていったのだ。盗賊ギルドの面子が侮られ、踏みにじられ挑発されているとも言う。
嘲笑している連中にとって、やり返されることこそ最大の侮辱だ。ましてシャドウからは歯牙にも掛けられず、斥候の冒険者“以下”という烙印を押されるなど、許せるはずもない。
「だから奴らの巡回経路となる家を爆破する」
「ッ!?」
それでシャドウを仕留められればよし。お得意の身体強化で逃れられても、周囲に被害を与えられれば充分だ。
住人の不安をあおり、情報操作を行い。盗賊ギルドの恐怖を思い出させればこっちのもの。
正義のミカタが手に余るほどの犯罪を起こしてやるか。あるいはシャドウ連中のセイギが暴走するように、誘導してやるのもいい。
できれば闇ギルドの秩序を取り戻しやすいよう。シャドウ共には是非とも、暴走してもらいたいところだが。
『さすがは悪徳の寄生虫。悪巧みを考える腐った性根だけは脅威に値するわね』
「ッ!?グッ、カッ、ガああアアアアアアアアアア!!!!!」
「頭ぁ!?」
不穏なささやきに反応する間もなく、喉笛から絶叫が絞り出させられる。
そうして悪夢が始まった。
「ッ!?グッ、カッ、ガああアアアアアアアアアア!!!!!」
「頭ぁ!?」
「我が名は『灯燐』のミヤホ。姫長、扇奈様の侍女にして聖賢の御方様に仕える僕!」
指揮官らしきシーフの背に短剣を投擲しつつ、ミヤホは高らかに名乗りを上げる。その名乗りに含まれた呪言によって、的に当たった短剣は『震動』を開始する。
そうしてシーフリーダーの傷口、および盗賊共の士気を削りえぐった。
本来のシャドウならこんな"演出"などせず、迅速かつ効率的に敵集団を殲滅すべきだろう。
だがウァーテルの女王に仕える者として。派手にザコ敵を撃退して、戦果をアピールして見せる必要がある。
何より屋根上巡回を行う、下級シャドウたちの安全のため。ミヤホは徹底的に”賊”連中のココロをへし折れと命じられていた。
「『燐舞爪』発動!」
『口舌』から発せられた術式『燐舞爪』と同時に、足のステップで『静音詠唱』を始める。
それにより発動する『灯光信号』は、数分で巡回中のシャドウを呼び寄せるだろう。
そのわずか数分だけが『燐舞爪』の猛威をふるえる時間だ。
ミヤホの編み込んだ『固有術式』に従い多色の光球が乱舞する。
「何だ、これはっ!?」「光が舞って・・・」「違うこれはっ。怪火っ!!」
ミヤホの操る光球の色は、明るい虹を構成する『彩』ばかりではない。火事後の灰色に毒々しい紫。
そして闇より黒い影が鎌首を持ち上げる。
そんな燐の舞踊にある者は見惚れ、ある者は情報を得ようと目をこらした。
ミヤホという中級シャドウの眼前で、戦闘行動より魔術の彩を観ることに集中した。
当然、その隙を見逃してやる理由はない。ミヤホの手がひらめき、放たれた短剣が二名・二カ所の急所に突き刺さった。
「グッ!」「ギャガッ!」
怪物と同じ叫びをあげる仲間の声に、”盗賊ギルド”の連中は目の前の刃に意識を向ける。
「なぁっ!?」「ばっ!」「ヒィッ!!」
そして恐怖と驚愕の叫びを、それぞれあげた。
何故ならそこには『首無し』の人型がたたずんでいるのだから。
その動揺につけ込んで、ミヤホはさらに短刀を投擲する。喉笛に突き刺さった刃は、悲鳴をあげさせることなく永劫の沈黙を盗賊に強いいき。
「バ、バケモノッ!」「死霊騎士かっ!だったら魔術のダガーを!」
「来るな、くるなぁ!!!」
「そんなわけないでしょう。ミヤホと名乗ったはずだけど」
そう告げてミヤホは顔の前に浮遊させていた、闇色の『光球』をずらし。シーフたちから素顔がよく見えるようにする。
トリック・手品というのもおこがましい、その種明かしに数人のメンバーがアゴを落とした。
その醜態を踏み潰そうとするかのように、巨漢がミヤホに突進してくる。
「死ねぇ!!!」
怒声をあげる暴力担当の首へ、影の右手が伸び。左側では連携するように、陽色の光球が明滅する。
オトコはその怪奇に対して両腕を交差させて防御態勢をとり。
「なっ!?グッ、ゲボラァ!!!!!」
ケモノの断末魔を上げて倒れ伏した。
上半身の急所をかばう体勢を取ろうとした間隙に、無防備な太腿に短剣が刺さって。
〔その短剣ごと砕けよ〕と、ばかりにミヤホの放った蹴りが、急所を破壊しつくしたのだ。
「「「「「「・・・・・」」」」」」
「どうしたの?そろそろ『燐舞爪』が単なる多色彩の輪舞だと見破ったころでしょうに。
この"暴行魔のオトコ"のように、腕力を生かした攻撃をしてみたら?」
「「「「「「・・・・・・・・・・」」」」」」
『燐舞爪』:その正体は間違いなくミヤホの言ったとおりの術式だ。駆け引きで虚言を織り交ぜているわけではない。何よりその必要もない。
何故なら視覚に依存したヒト・シーフたちは、『燐光』から目をそらすことはできない。
騎士を真似て突撃をかけたつもりでも。情報を集めて生き抜いた裏社会の性で、『燐舞爪』を完全に無視することは不可能だった。
そのためミヤホは『燐舞爪』に視覚と意識を向けている、敵に対してやりたい放題である。
身体の一部を隠せばゴーストもどきと化し。
動作の起こりや飛び道具の軌道に鬼火の帳をかけ。
間合いを見誤らせれば、連鎖的に攻防のリズムも狂わせられる。
燐光の乱舞・光彩に瞬き。それらフェイント狂騒を、敵の『視覚』は処理仕切れず。『視覚』に依存している、意識まで干渉されることになる。
「ひるむなっ!こんなのはまやかしだ。痛みで意識を覚醒させれば!!」
「・・・バカ?」
『ライト』『灯明』の魔術は初歩の術式であっても、『幻術』ではない。
砂粒、髪の欠片ほどの実体があり、そこから派生した『燐舞爪』も同様だ。
よって痛みはもちろん、単なる視覚増強のアイテムを使っても。
『燐舞爪』がもたらす、『光学情報』の奔流を防ぐことはできないのだ。
「人の言うことはちゃんと聞きましょう。上の方からそう教えられていないのかしら?
ああ、教えられていない、聞いてないからこんなにも弱いのね」
「おのれっ!」「・・・・・」
怒った盗賊に向けて、赤色の光球を右手から放つ。
それを受けてもダメージはないと判断した男は、ミヤホの全身に目をやって動きを読もうと試み。
ミヤホが右手に持った短剣によって刺し貫かれた。
「そんなのアリかよっ・・」
ミヤホの言葉を信じるか否かに関わらず、敗北は確定している。
そんな事実を突きつけられて、数秒とかからず戦闘は終了した。
本来の意味とは異なるファンタジー系〈職〉。それは【錬金術師】です。
本来は〈金〉を錬成?、化合する学者系の職種だった【錬金術師】。それが今やマジックアイテムを製作し、魔力持ちが珍しくなくなった。チート持ちの主人公がこれほど出現し、貴金属に触れないアルケミストが標準になるなど。
私の青年のころは想像もできませんでした。「ホムンクルス育成」や「賢者の石は金が材料」だった大昔の錬金術師。彼らはもはや原典ラミアと同レベルな遺物なのでしょうか?
もっとも「換金しやすい物(薬他)を錬成?する」「賢者の石に至るまでには金策が必須」であろう錬金術師。そんな事情は今も変わらないのでしょうが。




