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65.サプライズ・クリーン

 甲斐の虎、武田信玄。長生きしたら天下人は変わっていたかもしれないと称えられるほどの戦国武将です。その指揮能力の高さは武将たちの中でも屈指のものでしょう。


 しかし私は信玄の強さは指揮の強さだけではない。その軍団を作り維持する【経済力】にもあったと考えます。

 かつて悪徳の都とまで言われたウァーテル。今だその影がこびりつく町の正門にその集団はいた。

 少ない通行人、少なくない町への来訪者たちの通行を妨げて。 




 「ウァーテルの空を清々しくしたいか~!」


 「「「おお~~~!」」」


 「街路のゴミは通行の邪魔だ~!」


 「「「おお~~~!」」」


 「側溝の汚れは食卓の汚れだ~!」


 「「「・・お、お~~~!」」」


 「声が小さい!もう一度!!」


 「「「おおお~~~~~!!!」」」



 ウァーテルの町。そこには珍妙な集団がいた。白昼堂々と奇声・気勢を上げ、訳のわからぬセリフを路地裏にまで響かせる。

 まともな治安が維持されているならば、即刻衛士たちに捕縛されていただろう。


 「おい、アレって・・・」、「ヒソヒソ」、「まさか。ありえねぇ!?」


 しかし残念なことにその集団は現在のウァーテルにおける最強の戦闘集団だった。

 C.V.イリスと彼女の率いるシャドウの集まり。


 今はおとなしいが何時、略奪や無体を働くか知れたものではない。力無き民はもちろんゴロツキたちにとっても怪物に等しい存在だった。



 「それじゃあ、お掃除を始めるよ」


 「お待ちください」


 嬉々としてどぶ川の水路に飛び込もうとした主をシャドウの姫長が肩をつかんで引き止める。

 配下としてはあるまじき行為だが、扇奈たちにも譲れない限度があるのだ。


 『なにかな、扇奈。ボクはこれから悪臭の元を絶ちにいくんだけど』


 『おやめくださいマスター。そのようなこと聖賢の主がすべきことではありません』


 『そんなことあるよ。少なくとも部下たちに暗殺の汚れ役を押しつけるよりはね』


 少し冷たい視線によって発せられる信号会話・フォトンワードが瞬き光る。

 それが発せられた理由は扇奈たちシャドウ、イセリナたち騎士団の命令違反を止めるためだ。


 とはいえソレを暴走と断じるのも難しい。何故なら扇奈たちが計画したのは今までこの町を支配してきた連中がやらかした陰謀に比べればはるかにマトモだからだ。


 旧の支配勢力を抹殺する。ただし略奪は一切禁じ、独自の魔術によって余計な犠牲は最小限にとどめよう。

 略奪、暴行に殺戮の山賊行為を戦術と誇り。建物の破壊どころか放火で兵士の暴力衝動を満たす。そんな紛争、遠征や王位の争い続けさせる陰謀に比べれば。

 扇奈たちの作戦はお行儀の良い軍事行動とすら言える。


 『だけどそれが通じるのは普通の都に対して。広報戦に完勝した場合の話だよ。

  

  悪徳の都に通じないとは言わないけど。多分、みんなの予想より血は流れる』


 ここで言う血が流れるというのは《人死にが増える》という意味ではない。

 旧勢力との暗闘が続き破滅する者、巻き添えになる者が《継続して増える》ということだ。


 『まさか!見習いを脱したばかりのレッサーシャドウたちに蹂躙される賊ごときに。

  そのような力があるとは思えません』


 『まあ確かにあんなに弱いとは予想していなかったけどね』


 先のウァーテル攻略。実力者の幹部で戦闘になったのはイリス、扇奈のトップ二人のみ。他に迷宮で藤次と相方二人が自称魔神を討伐したのが戦闘に含まれるか。


 はっきり言って藤次はともかく女性陣の誰か一人で殲滅だけなら可能だった。それ程までの戦力差がつくのには種、仕掛けや相性もある。だがそれにしても闇ギルドの戦闘力は低すぎた。


 『だけど戦闘力が低いイコール〈継戦能力〉も低い、ということにはならないよ。

  黒幕だけでもそれなりにいるし、後釜を狙う策士が絶えることはないんじゃないかな』


 悪徳の都ウァーテル。かつて商都だった町は世界中の富を集めるのと同時にその闇も集め堕ちてしまった。

 既存の作戦、戦闘力頼みでその闇を祓うことは不可能に近い。


 『それではいかがなされます』


 『物語の英雄様なら悪の根を絶つとかできるんだろうけど。ボクには無理!


  しばらくは術式でサプライズアタックと時間稼ぎだよ』


 首をかしげる扇奈の隙をついてイリスは制止の手を振り払う。


 そうして清掃の対象となる汚濁の側溝へと身を躍らせた。


 「しまっ!?マスター!!!」






 扇奈の叫びはウァーテル中に響き渡った。

 

 武田信玄の経済力。それは金山や治水による作物増産など多岐に渡るでしょう。


 その中でも武田家の経済力で基盤となるのは《余計な築城をしなかった》ことだと考えます。現在に残る名城。一国の中心となる城は重要な拠点だったことに疑いはありません。


 しかし支城、砦の類は戦時の防衛拠点となっても、平時は金食い虫以下の不良物件です。軍勢を養い強化するための予算を浪費するのは当たり前。

 流通、産業にとって小城など迷惑な別荘でしかありません。


 防衛のため城は主要な道を塞げるように建てられ。バカ城主が奇襲対策のため警戒する行為は商人の移動も妨げます。これが流通のコスト・リスクを増大させ、経済成長をさせません。


 さらに小城でも維持費がかかります。警備の人員だけでも労働力を死蔵させ。城の修理は民家を建てるより優先されるでしょう。これでは開墾など夢のまた夢。

 しかし小城による最大の迷惑は水源関連です。よほど地形に恵まれない限り、民に迷惑をかけて城の水源を優先させるでしょう。

 水に苦労しないファンタジーなど戦国に存在しません。洪水、日照りに戦の時に何が始まるか。

 産業や開墾以前に人の命を脅かす。武士と民に亀裂を生じさせるのが乱立する小城ではないでしょうか。


 痩せた土地で海もない。経済力に恵まれない山国で強力な武田軍団が作られたのは「余計な城を作らない」政策が功を奏したと考えます。


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