63.閑話~哭天の欠片
擬獣拳、象形拳。獣の動きを模した拳法は歴史があり、時代を経て進化し続けてきました。そのあら探しをするのは風情がなく、輝ける憧憬はそんな雑音に小揺るぎもしないでしょう。
しかしそれでも私は言いたいのです。
蟷螂拳はカマキリに似ていない!・・・と。
かつて港町・商都と呼ばれたウァーテル。
その都市が存在する大陸から海を隔ててはるか彼方にある大陸の戦場に彼女たちはいた。
『通信の魔術を終了。鎧魔の影を送る手間が省けてよかったわ』
「すみません、ルイリナ。お手数をおかけします」
「・・・ッ」
彼女たちの名はレイファラとルイリナ。それぞれ剣帝姫と月虹巫女の二つ名で呼ばれる上位C.V.である。
しかし二つ名と異なりレイファラは王の上に君臨する気はなく。ルイリナに至っては神に仕えるどころか敵対することも珍しくない。
ただ両者とも高い実力とそれに見合った功績を上げたため自然と二つ名がついのだ。
『もう少し貴女と話しをしていたかったけど。そろそろ〈続き〉に戻ったらどうかしら』
「そうですね。お待たせしました剣士よ」
「・・・ッ、なめるなっ!死にやがれ剣帝姫!!」
穏やかに会話を交わす上位C.V.の二人。その二人に噛みつくのは英雄のプライドを貶められた騎士ノイントの叫びだった。
「そうは仰られても。あなたがたの帝国では単純な戦闘力で劣ることは罪なのでしょう。
でしたら魔力の高い私たちがリスクを承知で自分たちの都合を優先させても問題ないはずです」
『フゥ。問題大ありよレイファラ。彼らは己に都合のいい二重ルールを振りかざして暴力の快楽に酔ってきた。
なのに貴女が〈大きな魔力〉で酔いを醒ましたら不満があるに決まっているじゃない』
〈大きな魔力〉彼女たちが認識するソレは魔力量のゴリ押しで急造した稚拙な障壁にすぎない。
だが帝国の勇者ノイントにとっては侵攻どころか迂回・撤退を封じる反則の檻だ。
"破壊不能な牢獄の壁が狭まってきたら殲滅されてしまう"
そんな恐怖も相まって帝国最強の剣とやらを振るう者の怒りは大きい。
「・・・・・とりあえず戦場で関係のない話をしたのは無礼というものでしょう。
謝罪の代わりに貴方が勝てばすべてを水に流しましょう」
「フンッ。そんななまくらで我の魔剣に敵うとでも思っているのか」
誰も幸せにならないやり取り・思考を打ち切ってレイファラは影の中から出現した剣を引き抜く。
その長剣は装飾どころか魔力もろくに発していない灰色の刃を帯びていた。
「ご心配なく。今だ未熟な工程の途中ですが芯はできています。この一騎打ちにふさわ・・・」
「なめるなっ!!絶対の閃をくらえっ!!」
「フゥ・・・」
レイファラのセリフを遮って激高したノイントが襲いかかる。それを剣帝姫はいなしかわしながら剣を舞わせた。
数分後
「貴様っ!ちょこまかと動いて」
「そうは仰いますが。当然のことでしょうに」
「なにぃ!!」
「下手に剣を打ち合わせたら武器を破壊されてしまう。ならばこのようにかわし、いなし、攻撃の起こりを押さえないと。
せっかくの一騎打ちなのですから華も欲しいですし。返し技で瞬殺など興醒めでしょう」
かみ合っていない会話の行き違い。それを修正すべく観客の上位C.V.が注釈を入れる。
『・・・あのねレイファラ。向こうの剣士は武装を破壊できるご自慢の剣でその瞬殺をしたいの。
奥義を極めて一撃必殺を成したと誇りたいのよ』
「ええっ!?一撃必殺など格下に性能差のあるけ・・」
『そこまでにしておきなさい。誰もが貴女のように求めて一閃を放てるわけではないのよ』
「あら、ルイリナ。私以外にも必要な時に求めた剣技を放てる娘はいますよ」
『ふうん。その人物とやらは当然、貴女の愛弟子数人を除いての話でしょうね』
「なぁっ!?も、もちろん当然のことでしょう」
戦いをそっちのけで雑談に興じる女二人。その態度は何よりも雄弁にこの一騎打ちが茶番に過ぎないと宣言していた。
当然、剣士として帝国将兵として。そして何より一人の男としてその口を永久に閉じさせたい。
だから彼はとっておきの切り札をきった。
「死ぃ、ねぇ~~~!!!」
身体強化と秘伝の歩法で魔物をも超えた速さで駆ける。そうして増長したオンナが剣を持つのと反対側から全てを切り裂く近接最強の斬撃を放つ。
「駄目ですよ」
しかし彼の全霊をこめた刃は通じなかった。
「魔力で無理な〈増強〉を行った一撃はより強い魔力の打倒はできない。剛力、速さに技巧。魔術による高熱、震音など属性刃も同じく。」
「なっ、ばっ・・・」
レイファラの言っていることは正論だろう。だが到底、納得などできるものではない。
何故なら彼の剣はレイファラのかざす手によってにぎり受け止められているから。
「・・・・・??・・・ああ、これですか?
破軍の衝撃を放つ魔術の大剣。その柄に魔力を込めたり、操作を用意にするための腕甲と手袋です。
もともとは鍛冶場で作業するための道具でしたが。私の本業にも有用だと考えて腕甲に組み込みみました」
「卑怯者がっ!そんなガントレットで剣士の誇りを踏みにじるとは何事かっ!!」
『プッ』
帝国の剣ノイントの身勝手な叫びにルイリナは失笑する。自らや帝国騎士たちの使っている剣と剣術のことを棚に上げてよくほざいたものだ。
その嘲笑にノイントはますます激高する。
「おのれぇ、愚弄するか!」
平静を失いつつあるノイントを見かねた剣帝姫が無駄を承知で忠告する。
「そもそも《何でも切れる》剣や斬撃の技。
それに切られた戦士に武装。所属している軍団・武術体系や製造した職人たち全ての名は地に堕ちてしまいます。
ならばそのような名誉を一撃で葬って輝く剣や技をふるう者たち。彼らには相応の覚悟があって然るべきでしょう」
負けた時に失うものが甚大になる。秘術を駆使して負けた無能として、敵味方から嘲笑される。今まで倒してきた技術が巻き返すために袋だたきにされる。その程度のリスクは覚悟すべきだろう。
軟物、遠距離攻撃や炎拳などが切れない。不殺を誓い〈それなりに〉切れる刃ならよい。レイファラも本当の配慮をする。
しかし衆目のある一騎打ちで敗者をさらし者にするならば。相手の修練、文化に誇りまで一刀両断にしてきた愚か者を慮ってやる必要性があるだろうか。
『そもそも何でも切れる剣術などというものは他の剣術を呼吸するように葬る化け物剣士。
ならば卑怯な策によって狩られるのは当然であり、誉れでしょうに』
「あくまでこの文化圏での話です。貴女がいる東方の場合は存じません」
「くっ、このっ!離せ!つかんでいるその剣を離せっ、ギャaaaaaaaaaッ!!」
不利を悟り魔剣を捨ててでも離脱しようとする男の喉から絶叫をしぼり出される。その原因はレイファラが男の急所を剣で突いたからではない。
腕甲から硬化付与の魔術が発されて刀身、柄を伝い持ち手ごと呪縛し始めたからだ。それは激痛を伴う石化に等しい。
加えて強力な魔術の効果を行使する魔剣は便利だろう。だが魔剣は通常の剣にはない維持コストを要し、使い手には相応の技量を求める。魔力の暴走やドレインを抑える技もその一つだ。
昨今は鍛冶師、術士のたゆまぬ努力によってそれら技の必要性は大幅に低減したが。
「ですが皆無になったというわけではありません。
魔剣のリスクは職人たちの努力で封印されていますが。邪剣の血を目覚めさせたり、魔性の波動を用いて暴走を誘発することは可能です。
帝国どころかC.V.でもいまだ実用化されていない武器返しの技ですが」
暗にレイファラのオリジナルに近い術技だと伝える。
その情報価値は極めて高く単に剣帝姫の打倒に必要というだけにとどまらない。剣術、魔術や製造技術に革命を起こしかねない貴石だろう。
誇り高い帝国の英雄が降伏してでも持ち帰るべきものだ。
「ッ!?ゥゥゥゥゥ!!!、~~~~~!?」
しかしノイントに降参は許されない。硬化付与の呪縛は人体の固めていけない血流を止め、むき出しの神経に乾いた石を削るような激痛を与え続ける。精神力だけで話せるような状態ではないのだ。
「申し訳ありません。貴殿だけでなく帝国将兵は少しばかりC.V.と大事な者を殺しすぎました。
このままでは怒り狂った魔女・復讐の女神が暴走しかねません」
『悪いけど。それを鎮めるために英雄や帝国上層部の惨めな最期が必要なのよ』
一刀両断・一撃必殺の剣は降伏の宣言を許さない殺戮の技である。不殺を心得るならともかく安易に振るわれると報復の連鎖が発生するのだ。
穏健派や友人の多いC.V.をジャイアントキリングなどすると特に。
「ですが苦痛はここまでです。もう楽にしてあげましょう」
『心配しなくても同類と元凶もすぐに後を追わせてあげる』
二人の上位C.V.の言葉とともに全身を硬直化させられたノイントの身体が宙に浮いていく。その体がきしむのは抵抗を続けているのか、付与の呪いがうなりをあげているのか。
いづれにしろその未来は確定している。
「砕けなさい『フレッシュハンマー』」
死に体となったノイントの体が愛剣ごと大地に叩きつけられる。ひび割れる強化付与を施された肉体、装備がその衝撃に耐えられるはずがなく。
大地をわずかに震わせ帝国の英雄は粉々に砕け散った。
それが帝国崩壊の号砲となるとは。この時点で知るものは少なかった。
威嚇するため身体を広げ大きく見せている。狩りのためにカマをたたんだ【拝み虫】と呼ばれる状態。さらに獲物を《前肢の両カマ》で捕らえたポーズ。
どれも蟷螂拳からは感じられないのです。改良された蟷螂拳はともかく、最初のカマキリ拳法からも!
さらに蟷螂手と呼ばれる独特の手指も鳥のクチバシを連想してしまいます。カマキリの鎌ほど引き寄せていない。クチバシぐらいには引っ張るのでしょうが、突くほうを優先しているように見えるのです。
これでは双頭鳥の擬獣拳だと思うのですが。
それとも蟷螂が二匹〈縄張り争い〉をすれば蟷螂拳のような感じになるのでしょうか。




