62.密室のカオスヴァルキリー
私はクモ怪物が魔改造されている。臀部・尾から糸を放出すべきクモが、口から糸を吐き出す身体反転の魔改造をされている・・・と書きました。
しかし悪の組織、神秘といえどリソースは有限であり、マッドサイエンティストの趣味につきあう余裕はありません。もう少し低コストで試す価値のあるクモ怪物の創造方法はないでしょうか?
陥落した港町ウァーテル。その中心である政庁の最奥にある執務室の扉がたたかれる。
「ハイ、どなたですか」
そう告げつつもウルカとサキラ。主君イリスの側仕えである二人の女シャドウは不用意に扉に近づこうとはしない。それどころか術式を発動させて迎撃準備を整えるありさま。
その行動は政庁に突入した時よりはるかに殺気立っていた。
そんな二人の背後に薄闇が現れる。
「私が扉をたたいているのに応対もしないなんて。側仕えのくせに礼儀も知らないようね」
「「!?」」
その声に二人の女シャドウが振り向こうとしたところで今度は扉が打撃音とともに開かれる。音の挟撃にウルカ、サキラが動揺したのは一瞬のこと。
だがその刹那は実戦において致命的なものだった。その隙を突いて執務室に小柄だが殺気をまとった影が侵入してくる。
「そこまでだよ。遙和、ボクの部下たちをからかわないでくれるかな」
だが新たな部屋の主であるイリスの声によって殺気は霧散した。そうして影はその姿を露わにする。
「悪いわね。ゴロツキ共の山を攻略した程度で勝利の美酒に酔っているようだから。少し酔い覚ましを奏でてあげただけなんだけど『・・・・』『・・・・・・・・』」
影の正体は先ほどまで地下水路の転移ジコを観賞していたC.V.の遙和だった。黒髪を肩口で切りそろえた小柄な姿は童女でも通るだろう。
しかしその正体はイリスの客将であり、大半のシャドウからも忌み嫌われる童子姫の系譜だ。
「それなら普通に入室してから忠告すればいいだけだよ。そんなことばかりしていると、いつか誤射で討ち倒されるよ『・・』『・・・・!』」
イリスと遙和。彼女たち二人が組んで取りかかっている案件はC.V.に関することだ。家族、親友に関することならシャドウたち家臣にも協力させている。
だがイリス、遙和二人にとっても完全に上位存在のC.V.への対応に彼らを関わらせるのはまだ早すぎるというのが一致した意見だ。
そのためフォトンワードの秘匿を最高値にした二人は謁見の準備をする。
「ウルカ、サキラ。ボクは遙和と内密の話がある。二人とも席を外してくれるかな」
「ほらほら、行った行った。中の下シャドウには聞かせられない話があるののよ」
「くっ!」「かしこまりましたっ」
不満、不本意を隠せないでいる若いシャドウ。だが戦場に立つ者として上官・主君の命は絶対だ。
姉妹シャドウはしぶしぶ退席し、部屋の外からできうるかぎりの警備を続ける。
「さてと『アルゴスゴールド』」
「合わせて『灰神柩』」
忠実な配下を締め出したイリスと遙和。二人は続けてそれぞれの魔導の異能を合わせて発動させる。
魔導の異能。それは魔道と似て異なるものだ。
通常の魔術、並の魔性に対して干渉する。導き昇華させることもあれば、蹂躙し奈落へ堕とす。
限られた理不尽を除けば、最上級に近い魔術と言える神秘。それらを光と闇のC.V.が連動までして構築するのは単なる密談の場などではない。
「覚悟はいいかしらイリス」
「大丈夫。やれるだけのことはやった。期日にも余裕がある。きっとボクたちはできる」
「・・・・・まあ、ここまで来たら裁定を待つのみですからね。いきます!」
緊張を隠せないイリスから視線を外し、遙和は慎重に胸元から呪符を取り出す。そうして符丁の呪力をこめてそれに封印されているものを解き放った。
すると呪符から冷気と瘴気があふれ、ゆっくりと凝縮し二つの人影を形作っていく。
「六級、黒天の遙和。御方の二人に拝謁できたこと、真に恐悦の極みに存じます」
「五級、輝虹のイリス。剣の師、神秘の導き手に再会がかない恐悦至極に存じます」
その影が完成する前に遙和、イリスの二人は平伏する。
さらに中級シャドウたちにも開示していない本当の等級、属性を名乗り上げた。
それに対して二つの影も威厳あるカオスヴァルキリーの美貌を完成させる。
「待っていたわ二人とも。その様子だと任務は問題なく完了したようね」
ねぎらいの言葉をかけてきたのは銀髪に冷気、清浄の長衣をまとうC.V.の朧影だった。
極東の礼装をまとうその姿にヴァルキリーらしさはない。ただ遙和とイリスの二人に敬意を払われていることが、彼女の地位を示している。
その神々しい姿は最低でも祭司長、普通に女王で通るだろう。隣に同格のC.V.がいなければの話ではあるが。
「・・・・・・・・・・」
「どうしたのかしらレイファラ。役目を果たした戦姫と愛弟子に何か言葉をかけてやったらどうなの」
そのC.V.は禍々しい全身鎧をまとっていた。だが瞳は理性の光を放ち、長く伸ばされた金髪は輝く美貌を彩っている。ウァーテル周辺の文化圏なら隣の銀髪C.V.よりも美女と言えるだろう。
本来ならば。
「・・・・・そうですね。貴女たちが戦果を上げ、約定を果たしたのは確か。
レイファラの名と剣に賭けてそれを違えるような恥知らずはいたしません」
しかし暗黒騎士のような装備をまとった彼女の瞳は憂いを帯びていた。
「ですが、よろしいのですかイリス?
今の貴女の能力では私に勝ち目はありません。もう少し条件を緩和してもいいのですよ」
「かまいません。イリス・レーベロアの名と剣に賭けて交わした約定。その前言をひるがえしては誇りも望みも叶うことはないでしょう。
ボクに剣帝姫レイファラ様に挑む機会を。その勝利を持って復讐の剣をふるう権限をいただきます」
イリスが敗れればその刃をふるう権利はレイファラのものになる。
加えて今までウァーテル攻略のため費やしてきた労力、配下からの忠誠など失うものは甚大だ。勝ち目のない賭けを独断で行うだけでも将の責任に欠けるのに。敗れて攻略した都市を奪われるなど言語道断だろう。
「・・・やむを得ませんね。私としては配下のヴァルキリーを闇討ちにした組織・国々を速やかに壊滅させる。魔剣によっての断罪を行いたいのですが。
貴女たちのこれまでの功績を考慮してここは大幅に譲歩しましょう。
私が戦場から帰還するまで決闘はお預けです」
「寛大なご処置。ありがとうございます」
愛弟子イリスの手柄に報いるどころかそれを奪い人生を台無しにする。
そんな非道を行ってまでレイファラは復讐に固執しているわけではない。闇討ちされた部下のことは残念だが、【戦争種族】である以上、弱さは軽い罪なのだ。
本来なら竜殺破軍を日常とするレイファラの魔剣で報復すべき出来事ではない。
「寛大なご処置、ね」
その言葉を銀髪のC.V.が不本意な吐息と共に繰り返す。
「だけどイリス。貴女の望む処断もどうかと思います。
盗賊どもの恥をさらし、非力をつまびらかにしたあげく、誇りをも奈落へと沈める。
栄光の剣をふるう貴女がふさわしい行為とはとても思えませんね」
「ご心配には及びません。頼りになる臣下に手伝わせ、妹たちに面倒は押しつけますから。」
「「「・・・・・・・・・・・」」」
そんなイリスの宣言を信じるものは誰もいなかった。置物と化している遙和も含め只の一人も。
身体反転の魔改造よりは少しマシなクモ怪物の製造方法。
それは[芋虫]を合成融合させることです。口で食物をかじり食べ、口から糸を吐き出す。その機能は芋虫こそが元祖でしょう。
黒雷装でクモと蚕幼虫の怪物を見比べてみてそう考えるようになりました。動物二種と人型をかけ併せた怪物人も数系統いるので、蜘蛛+芋虫+ヒトのモンスターがいてもキメラ合成の枠内でしょう。
それに芋虫は怪獣王に一矢報いた最初の巨獣です。その力を我が物にしたいと試みる狂科学者がいるのは当然のことではないでしょうか。
なおこれらの考察はあくまで筆者の独りよがりによるものです。真実は雷装などの英雄者を製作なされた先達の胸中にありますので。
そのことをご理解のうえ「まあ、そういう解釈もあるかな」と広い心で受け止めていただくようお願い申し上げます。




