57.四凶刃の火~ミラーブレイク
魔術の世界。そこは魔力によって理を外れた動物が魔物化する恐ろしい世界です。
そんな世界でもっとも魔改造されている。他が巨大化するだけなのに、異常な変異を遂げている生き物は何でしょうか?
すいません、今回本文が4500字ほどあります。
「バカな!こんなことがあるはずがない!」
数回そう言って目の前の現実を否定しようとするミスラム。だがいくら否定しようとも藤次のダメージは軽く、致命傷にはほど遠かった。
その理由は藤次の使う身体強化の魔術能力『九炉身』にある。この今のところ【固有能力】は屋内戦闘に特化した戦闘力を得る・・・・・ということになっているが事実は少し異なる。
その正体は『旋風閃』というスピード重視の身体強化で回避できない範囲魔術を防ぐ。攻撃を避けることが許されない状況下で盾となり耐えることを念頭においた身体強化だ。
よって防御、魔術抵抗に優れているのは当然のこと。ぶっつけ本番の自殺志願者でなければ『ミミックキューブ』の火爆・火砲で修練ぐらい積んで然るべきだろう。
「種や仕掛け」などと言えるほどたいしたものではない。まあ藤次としては説明が面倒なので敵さんが納得しそうなセリフを吐いただけだが。
「ふっざけるなぁ~!!」
どうやらミスラムは納得してくれそうもなかった。激高しつつもコピー『ミミックキューブ』を複数展開してランダムに運用してくる。
その4分の1は火砲として援護させ、残りのキューブは部屋中をボールのように跳ねさせる。その内のいくつかは大岩のごとく藤次に降り注ぎ、残りはミスラムの姿を覆い隠した。
「おうおう。俺にもたくさんの魔力があればもっと色々できるのに。すごいぞ兄さん。アンタはオリジナルの術式を超えたっ!」
「死っねぇ~~!!」
称賛の言葉への返答は殺気と怒声の合唱だった。複数のキューブから声が聞こえてくる。風の幻声魔術でもセットしたのだろうか。素晴らしい応用力と言えるだろう。
まあそれが実戦で通用するかはまた別問題なのだが。
「ッ!」
「おお~。本命の攻撃は声を出さずに突く。感心、感心と」
キューブの一つを突き破って手刀が伸びてくる。だが藤次は余裕をもって皮一枚で凶手を避けその額に肘打ちをたたきこんだ。
所詮は才能と魔力のごり押しで振るう異能に過ぎない。藤次はすでにデモンズミラーのコピー能力・底を見透かしていた。
だから眼球・顔面の急所に肘をたたきこめば決着する一撃をわざと額の出血にダメージがとどまるように加減する。
これはスポーツではない。くだらない自尊心を満たす手加減など論外だが、本命の戦いを制するために布石を打たなければならないのだ。
「どうした?デモンズミラーとはこの程度なのか?」
「なめるなぁ!!」
ミスラムのキューブから増幅された数種類の攻撃魔術が次々と放たれる。
それらは酸、冷気に毒霧などで火術が藤次に効かないと当たりをつけたのだろう。なかなかに鋭い。
普通のモンスターや下級シャドウになら有効な攻撃と言える。幹部の四凶刃にとっては無駄なあがきなのだが。
そう思っていた藤次に対し、ミスラムが接近戦を挑んでくる。その構えは藤次と同様で鏡に映したかのようだった。
「シュッ!ッ、ハァッ!!」
「ほう。コピーキャットの動きで千日手に持ち込む。いや、俺の動きをより正確に分析して予測を確かにしたら、隙をついて魔術砲撃をたたきこむってところか?
これはなかなかコワいなぁ」
「ッ!?」
ウソである。藤次は危機感など抱いておらず。そしてその事実をミスラムも察した。
その瞬間にミスラムの体がゆらいでバランスをくずす。隙のできた身体に藤次は軽く掌底を打ち込んで弾き飛ばした。マリのようにはねて壁にたたきつけられるミスラム。
「バ、馬鹿な!これはいったい」
「あのなあ俺をなめすぎ。一般の攻撃魔術をアレンジしたものなら魔力増大でそこそこ強力になるだろうがな。身体強化でソレが通じるわけがないだろう」
それは半分がウソで半分が本当のことだった。
身体強化の術は身体の鍛錬と魔術習得が螺旋のごとくからまって成立する。どちらか片方だけでは片手落ちだ。さらにどちらかに過負荷をかけるとバランスが崩れたり、動きが雑になって相手に先読みされてしまう。
[まあ、御方様の仰りようなら相性も悪かったんだろうがな]
デモンズミラーは模倣・コピー系の能力だ。超常能力でなければそれは解析と同調の魔術が混合したもの。冷静に解析し繊細な共振を行う下位チートといったところだろう。
「おのれっ!逃げるなバケネズミ!正々堂々と勝負しろ!」
「おお、怖い怖い。幹部と言っても最弱のオレが神秘の鏡とまともに戦えるはずがないだろうに」
部屋という限られた空間内でミスラムの攻撃を食らいまくっている藤次に対するこの暴言。それが発せられたのは薄っぺらな神秘のネタ切れが近い・・・・・という理由だけではない。
藤次はミスラムの悪魔鏡をかわしている。正確には解析を行うのに必要な視覚、触覚に負荷がかかるように動いていると言うべきか。
【視覚】というものは単なる射程、範囲内だけで光学情報を得る単純なものではない。暗視、動体視力が追加された程度では赤ん坊が立って歩いているのレベルだ。
『遊戯の駒ですら体力、知力、筋力、敏捷に器用さのステータスが存在する。だったら人の未来を左右する情報を視る瞳。
理不尽な魔性の攻略法をつかみ取る目はもっと複雑になるよ』
主君であるイリスからの教え。
眼球の疲労具合に塵・水気・熱への耐性。開放時間、回復速度に損耗時の減衰視力。他感覚との連動に高速移動、立体機動中の射程・範囲・動体視力etc。
そして最重要となる【認識】能力。
それらを知った藤次は遠距離攻撃をさばくように、敵の感知・先読みに負荷をかけてストレスをかける術を身に着けていた。
「倒れろっ、死ねっ、屈しろぉぉぉ!!」
「ハイハイ、落ち着いてぇ~。熱血でコピー神秘を使えるのはヒーローだけだぞ~」
まあミスラムの場合、大量魔力の投入で魔鏡を使う仕組みがあるようだが。
とはいえやはりミスラム自身が解析を行う際の感覚は重要だ。視覚、触覚の片方か両方なのか。
どちらだろうと立体の像を結べる。魔鏡に映す精度の情報を視られ、目の負担少なく〈焦点〉を結べる範囲は限られている。
ならばそのレンジに立つ時は動きを抑え。レンジから外れた位置取りをしたときは動きを速く玄妙なものへと緩急をつける。藤次のミミックキューブでけん制をしたり、自爆まがいの行動をするのもいい。
動作コピーをする繊細な感覚を持ち主にとって自傷を伴う魔術と動作。その諸刃の剣は美しい鏡面を傷つける狂気の沙汰でしかないのだから。
さぞかしストレスも増大するだろう。
「まあ、戯れはこのぐらいにするか。それじゃあがんばって模倣しろよ~」
そう告げて藤次は右手に愛用のダガーを持ち、脇を占め肘を折り曲げたうえで肩、右腕を盾のようにミスラムへと向ける。その盾に身体を隠すように側面のかまえを取り防御を固めた。
そうして一挙動でミスラムへと間合いを詰めた。
「なっ!?」
「ほら行くぞ。『ミミックキューブ』」
展開した結界箱は藤次とミスラムを同時・二重に囲いこむ。あげく火爆の二連打まで発動。結界の中を高熱の衝撃波が荒れ狂った。本家の『九炉身』で火炎耐性を強化した藤次でなければ軽傷ですまないだろう。
「やったかっ!?」
「バカめっ!」
それに対しミスラムは無傷だった。耐火の護符があるいは魔術か。
ここはミスラムの領域であり魔術の技量も上なのは明らか。ならばこの戦況に導かれるのは当然のことだろう。
「おお、すごいすごい。さすがはデモンズミラー。おそれいったぜ」
そして右肩、右腕をたたみ盾と化したままでの超接近戦が始まる。わずかな突起の肩と肘を打ち付ける。押し合いと錯覚しそうな戦い。
「がっ!?こ、このっ!」
しかしその優劣は数秒でつく。血の雫を撥ねさせる藤次に対し、ミスラムは体の芯に受けるダメージを冷静の仮面で隠すこともできない。
「バカなっ!こんなことがっぁ!?私はウァーテル最強のごぉ!!」
「やっぱり鏡か。こういう押し合いは初めてなんだろうな」
鏡に姿を映す適正距離は中距離だ。よってその名を冠する魔術が十全に発揮できるのも中距離となる〈確率〉は高いと藤次はあたりをつけていた。
もちろん遠距離魔術を反射するマジックミラーが存在する可能性は無視できない。だが地下水路に併設される部屋で撃ち合いと立体機動を同時にできる空間を作るのにはそれなりの理由が必要だ。
建設コストや迷宮の目印にされるリスクを上回るメリットという理由が。
まあ藤次に全知の能力はないから今まで探りを入れつつの戦闘を行っていた。〈勝率の高い賭け〉をしてもいいと考えたのは接近戦で武術の動作を真似てきたところだろう。
あの時飄々としていた藤次に対しミスラムは動揺しスキを見せて一撃をあびた。それは不気味な魔術によって敵を動揺させたあげく、その心の隙につけこんで追い詰めていく。
タチの悪い妖術師の類。《賢い自分は愚かな敵を嘲笑い無傷で倒す》のを喜びとする奴だと【目】からも藤次は読み取った。
「まあ最悪ハズレたら密着して関節技でもかければよかったし」
「ぐっ!こ、このっ」
だったらミスラムの嫌がることをしてストレスをかければいい。自傷確定なミミックキューブの火爆に肘、肩だけをぶつけあう異様な近接戦闘。
「なめるなぁっ!!」
「そう言われてもな。二番煎じのビックリミラーなら最期まで真似を続けたらどうだ?」
そうつぶやいて藤次は振り下ろされた短剣を最小限の動きでかわしつつ肘をたたきこむ。その手には魔力を充填しつつも振るわれることのなかったダガーがあった。
悪徳都市、裏社会の住人としてダガーはミスラムにとっても慣れ親しんだ武器だろう。それに魔力まで加え続けるとなれば、肘・肩のぶつけあいより刃をふるいたくなるの当然だ。まして火の魔力で高熱化した柄が皮膚を焼いてくればなおさらだろう。
その結果、デモンズミラーを放棄して短剣で攻撃したミスラムは神秘の行使者ではなかった。
「『九炉身』〈崩岩衝〉」
「ッ!?」
藤次の身体強化における特化は防御と速さ。攻撃力は本来劣る。
だが結界箱で補強した壁を利用できれば対人の殺傷力は充分高い。盾のようなたたまれた右腕・肩と壁の間でミスラムの体が打たれ弾み往復する。
そうして破砕の響きにさいなまれ死に体となったミスラムに藤次の短剣が振り下ろされた。
「・・・・・おいおい。もう終わりかよ。まあ狡猾が売りな連中の最強ではこんなものか」
だが赤熱した刃がミスラムに突き立てられることはなかった。
コピーキャットに必要な共振できる身体は柔らかい強靭さもあるのだろう。
だが藤次の自傷を対価にする狂人の技はその柔らかさを固く脆く変えた。その結果、ミスラムは壁との反響を受けた時点でこと切れていた。
「さて、どうしたものか」
とりあえず遺体に高熱短剣を突き立てる趣味は藤次にない。とはいえコレは鞘に戻せるものではないのだ。しばらく迷った末に藤次は破壊を避けるべき部屋の石壁にダガーを突き立てる。
「異能者は倒したと思ったのに襲いかかってきた。とっさにダガーを突くもかわされて刃は壁に沈む。あわやこれまでというところで敵はこと切れた」
くだらない三文芝居をつぶやき藤次はその場を立ち去った。その背は小さく勇士のそれではない。
それは『蜘蛛』だと思います。
本来、腹部・臀部から糸を出すべき蜘蛛が口や指から糸を吐き出す。上下逆転のこれを魔改造と言わずしてなんと言うのでしょう。
それでも人面を持つ大妖の土蜘蛛レベルなら口から糸を吹き出すのもいいでしょう。ですが少し巨大化した程度のクモにはデメリットが多すぎます。
食事をとっている。もしくはとったばかりで糸を吐いたらリバースの惨事。嘔吐感も苦しいです。
そもそもクモは口から酸を出して獲物を溶かし喰う。それを捨てて牙を持つのはいいですが、粘着性の糸がはりついたりしないのでしょうか。糸の粘着力を下げたり、口にアブラの類を塗って粘着糸がはりつかないようにする。それは面倒なコストだと思います。
そして一番まずいのが天井からぶら下がれないこと。クモがそれなりに強いモンスターならいいのですが、中ボスあたりがせいぜいでしょう。そんなクモがアクロバットな動きで逃走する手段を失うのは自殺行為だと思います。
しかも口からの糸では首・顎に負担がかかり緊急脱出後に大ダメージとなりかねません。
デメリットが多い魔改造をされて、どこに不具合あるか知れたものではない。それが大半のクモ怪物ではないでしょうか。
まあ近年は糸を全く出さないハエとりクモ系もいるようですが。




