5.アルゴスゴールド 2
歴史・神話は改ざんされることが珍しくありません。特に敗者の優れたところは、誹謗中傷の標的にされます。
百目?巨人のアルゴスにはその疑いがあり。彼はヘルメス神に征伐されていますがそんなことは普通あり得ません。怪物退治は英雄の役目。そして神が破滅させるのは脆弱な人間です。
それなのにヘルメス神は権能をふるい、策を弄してアルゴスの首をはねる。
〔友好を装い、話しかけて笛を吹き。笛の魔力でアルゴスが眠ったところで、首を切る〕
正々堂々と正面から挑み、戦うならともかく。オリンポス十二神の一柱ともあろうものが〔酒を飲ませて、だまし討ちにする人間と同レベル〕のことを行う。暗殺者まがいのことをするのは、いかがなものでしょう。
大都市ウァーテル。その入り口では醜態がさらされていた。
「このっ、死ねっ、死ねっ、死にやがれ~」
「やーだよっ、というかここまで未熟だとなんか弱いものいじめをしてるみたいだね」
醜態を演じるのは二人。一人は大の男で魔性の槍をふるう衛士。もう一人は局部鎧を装備し短剣一本を片手で構える金髪の乙女だ。
装備はイリスのほうが整っている。だが槍と短剣のリーチさは明白であり。本来なら槍が圧倒する。短剣を持つほうが勝つには、槍使いのふところに飛び込んで急所を刺し貫くしかないだろう。
しかしそういうまっとうな戦闘を醜態とは言わない。はた目には槍の猛攻をイリスが回避し続けている。時おり槍の穂先を短剣の刃がたたくものの、それで武器破壊などできるはずもなく。槍の穂先がイリスの鎧を貫くのは時間の問題かに見えた。
「もしかしなくてもモンスターと戦ったことがない?暴力を知らない善人に襲いかかって、戦っているつもりのヒト?」
「だまれっ、だまりやがれーー!!!」
だがいつまでたっても決着の時は訪れず。大の男が汗だくで大型武器をふるう、暑苦しい時間がすぎていく。あるいは武装に依存したゴロツキをあしらう、可憐な演武が披露された。
中の下レベルのモンスターでも、槍よりリーチのある攻撃を繰り出すものなど珍しくもなく。ましてその上の次元にいる脅威と戦っていれば、槍と短剣のリーチ差など誤差にすらならない。
よってイリスは短剣で槍をたたき、長大な武器の重心をずらす。それだけで弱いランサーは疲弊していき。いつ懐に飛び込まれるかと、おびえながら武器の重さに翻弄されていく。
そんな二人の戦いに変化がおきる。
「邪悪なる闇よ。我が敵を食らい尽くせ!」
魔術による横槍。戦いに集中している者たちなら回避は不可能なタイミングで攻撃魔術が放たれる。その黒い魔力は衛士たちをかすめつつイリスに直撃した。
「やったか!!」
「そんなはずないでしょう」
イリスは闇の魔力に覆われて顔は見えない。だが従者である扇奈の表情を見れば、結果は明らかだった。光属性と名乗っていたから、対抗の闇属性なら有効だと考えたのだろうが。当たりはしたものの、イリスにダメージは通っておらず。
「すごい!ちゃんと味方をまきこまずに術式を唱えている!君の名はなんていうの?」
そんなバルムの予想どおり暗黒はあっさり消失した。言動からしてダメージがないのは確定。それ以前に敵と認識しているかも疑わしい声が響く。
「大いなる闇よ。我らの敵に災厄をもたらせ!ドゥーム・カノン‼」
そんな格の違いにひるむことなく攻撃魔術が放たれた。先ほどより高威力の術式。勇気を振り絞って唱えられた呪文は再び光のカオスヴァルキリーのみに破壊をもたらす。そうして小娘は沈黙した。
『ねえ、扇奈。ここはダメージを少しぐらい受けたふりをしてあげたほうがいいかな』
『そうですね。それなりに能力があるものになら、はっきりと現実を突きつけたほうがよろしいかと』
イリスにとっては光の魔術ともいえない、『光術信号』による意思疎通が、護衛の扇奈と交わされ。それによる会議が終了するとともに、沈黙も終わり。
「コホン。ああ残念だけど君の魔術は通じないよ。人間の魔術・幻想だと、よく光と闇の戦いをテーマにしているようだけど。
ボクの能力は光学情報への干渉と流用がメイン。だから一般的な攻撃術式が使えない代わりに魔力への耐性はけっこう高いんだ」
「「「・・・・・・」」」
いきなり暴露される能力の対価とステータス。その宣言にある者は困惑し、ある者疑う。そして従者は懸命に殺気を抑え。
『マ・ス・ター⁉いきなり何をばらしているんですか!それはアレですか。暗に周りの人間を口封じに虐殺しろと。あるいはこのソーサラーが配下にならないなら殺せと。そうおっしゃておられるのですか』
『物騒なことを言わな・・・。ああみんなにとってこれは発光通信か』
『・・・かしこまりました。とりあえずそこの下種槍から始末いたしましょう』
『待って!スト~ップ!落ち着いて!』
『端的にわかりやすい御説明を、お願い致します』
従者の短絡的な脅迫にイリスはあっさり陥落する。
『ごめん。ちょっとイセリナから〈フォトンシェード〉を借りたんだよ。だからちょっとリスクはあるけど大丈夫だって』
扇奈の要求した端的でわかりやすい御説明。それがなされたにも関わらず空気が凍った。あふれ出す殺気に、殺戮の始まりを誰もが確信した。
もちろん大神ゼウスの命とあらば、伝令の神ヘルメスに拒否権などありません。ですがヘルメス神は伝令だけではなく、『使者』を務めることもあり。“暗殺”は使者としての信用を失墜させる。デメリットが大きすぎる行為です。
それでもヘルメス神が暗殺まがいの行為をしたのは、単純に『アルゴス』が神と同レベルで強いから。もしくは『不眠』以外に厄介な権能を持っているため、“暗殺”を行ったと妄想します。